三十三話
愛理SIDE
天下は、
ただいま反董卓連合軍以来、最も緊張感溢れる状況を迎えようとしていました。
「以上の罰に異議がある者は?」
長時間続いた口論の末、華琳さまが下された結論に会議場の皆は沈黙を守っていました。
「では、今回の事件の責任を問い、官職と、私の許可によって与えられたあらゆる免責特権を剥奪し、尚許可が降りるまで謹慎すること」
罰の項目をもう一度言った華琳さまは、ご自分の目をまっすぐ見上げている、壇の下で濁った目の人物に向けて息を飲んで言いました。
「以上の罰をこの者に与える。異論はあるか。
北郷一刀」
「ない」
<pf>
時は今より少し遡ります。
<pf>
「あなたに今回の戦での責任を問いなさいという無名の投書よ」
西涼から帰ってきて間もないものの、いつものように仕事を始めて早数日経った頃、華琳さまに呼ばれた一刀様は、何故か私のことまで連れて華琳さまに会いに向かわれたのでした。
華琳さまが渡された巻物をちらっと読んだ一刀様は私にその書をぽいっと投げ渡しました。
「名前を書いてないということはそれだけ自分がやっていることを自信がないということ。責任を問われることを恐れる臆病者に、他の者の責任を問う資格はない」
「それでも、今回の戦で誰かが責任を問われなければいけないことは確かよ」
渡された投書の内容を読むと、要は一刀様が今回の征伐を軍議で起案したにもかかわらず、軍師であった稟さまの指揮を無視して軍の動きを混乱させたり、五丈原で奇行を行い華琳さまを連れ敵陣に何の準備もなく潜り込み華琳さまと多くの兵を危険に晒したことなど、軍令からすると何度首を刎ねても済まされない多くの罪を犯したにもかからわず何の罪も問われず、その上に多くの特権を持ち、軍の雰囲気を濁している。これは華琳さまの明らかな贔屓があるからのことであり、これは信賞必罰、能力第一主義を唱える曹操軍を基礎から揺さぶる問題であるという内容でした。
一部曲解があるにもかかわらず核心をついた正しい投書ではないでしょうか。
もちろん近くで一刀様を見ていた私としては、一刀様の行動があったからこそこれだけの成果を上げたと思ってはいるものの、事情を知らない人たちからすれば一刀様は軍律を荒らすにもかかわらず華琳さまの贔屓があるから勝手にしている、もっとひどく言えば佞臣の類でした。
あくまで建前上でのお二人の関係で言えばの話ですが。
「総責任者は奉孝だったはずだが?」
「彼女は良くやってくれたわ。こんなことで新しく得た娘の芽を断つようなことはしたくないの」
「現場に居たお前が悪かったと言えば何の問題もない話だ」
「それこそがこの投書にかかれていた問題の一つじゃないの」
誰でもない華琳さまでした。一刀様のことを誰よりも理解してくれる助力者である華琳さまが今、一刀様を罰すると言ってきているのでした。
一刀様は少し華琳さまを見つめた末、ため息をつきながら言いました。
「好きにしろ。俺は自主的に謹慎でもしているからな」
「臨時的な罰になるわ。すぐに何か名分を立ててまた復権させたら良いだけの話だから」
「そんなのゆっくりやっても良い。どうせ直ぐにまた静まる。もっとも、俺がいなくなったところでこういう連中が次に噛み付く奴を探し回るだけだが」
余談ですけど、一刀様は陳留に帰ってきて早々都心から離れた所に屋敷を買われました。今までずっと城の中で住み込みだったのにどうしてだろうかと思ったら実はこういう状況を想定してのことだったみたいです。
「お前との妙な噂も消せるし、丁度いい所だろう」
「……」
一刀様がさりげなく言った言葉に華琳さまはピクリと動きましたけど、言って直ぐに背中を向けた一刀様はどうもそれに気づかなかったみたいでした。
「それじゃ、今日はこれで退庁する。後は勝手にすれば良い」
……あれ?でも一刀様が謹慎することになったら、私はどうなるんでしょうか。まさか一刀様がやっていた仕事が全部私の方に来るとかそういうことはないですよね?
「帰るぞ、元直」
「ちょっとまって、まだ話が…」
華琳さまは一刀様を止めようとしましたが、一刀様は聞かずに華琳さまの執務室を出てしまいました。
「あ、あの、私もこれで失礼します」
私も一刀様の去った後呆気とられている華琳さまにお辞儀をして一刀様の後を追いかけました。
・・・
・・
・
「所で、何お前は普通に一緒に付いてきてるんだ?」
退庁した一刀様は真っ直ぐ屋敷に帰るのかと思いきや、付いてくる私を振り向いて言いました。
「はい?…だって一刀様が居なければ諮問部は休業でしょう。だから私も自動的に強制休職です」
とても出鱈目な主張ですがこうでも言って置かないと私に残った仕事が全部飛んできそうなので私なりに必死でした。
ちなみに諮問部というのは名目上で一刀様が長を務める華琳さまは直下の部署で実際の仕事は監査部署みたいなものです。構成員は例によって一刀様を除けば私しか居ません。
「…ふむ、それも悪くはないな」
あれ?これってもしかして割りと通るんですかね?
「その間給料は出ないはずだが大丈夫なのか」
「あ、うっ……半年ぐらいならなんとか貯金で…あ!それに西涼征伐中に精算されてない給料もありますから」
遠征中では給料は内務中と同じく出ますし、危険手当も追加される上に寝るのと食べるのも軍費に入るので、金は余りまくってます。
「寝る所はどうする気だ。休職中は城の宿は使えないぞ。外の宿で寝るとなるとそれだけで相当な金が飛ぶことになるはずだが」
「…はっ!」
そ、そこは盲点でした。登用されてから、ずっと城の中で住んでいたからお金も溜まっていたんですけど、宿屋に毎日なんていたらお金がガンガン削られてしまいます。
やっぱ休むのはまずいのでしょうかね。いっその事凪さんに警備隊に入れてくれと言ったら…いや!だからどんな形でも軍に残っていたら仕事がこっちに全部回ってくるからまずいですって…!きゃーこれ詰んでません?私桂花さまみたいに仕事中毒になるのは嫌です。
「……うちに来るか」
「…はい?」
悩みが悩みを生んで頭を抱えていた私に一刀様は心やすくそう提案して来たのでした。
「え、い、良いんですか」
「まあ、余分の部屋ぐらいはあるからな。空かしていても埃が立つだけだし」
「ぜひお願いします!」
宿代さえなんとかなればあと一年は遊んで暮らせます!
…あれ?なんか私が働きたくないみたいになってません?
<pf>
一刀様が買ったと言う屋敷を実際見るのはそれが始めてでした。
豪華で立派な所ってわけではなく、池つきの小さな庭があって、建物は接見室と食堂つき厨房を除き部屋が五つぐらいのものが一つぽつんとある屋敷というにはとても素朴な所でした。もう普通の民家よりちょっと増しなぐらいでしょうか。
「一刀様だったら買おうと思ったらもうちょっと良い所も買えたんじゃないですか」
「広くなった所で掃除が面倒なだけだろうが。これでも俺の感覚だと広いぐらいだ。部屋は好きなのを選んで良いぞ。廊下から一番奥のは俺の部屋だから除いてな」
部屋と言っても外から見た感じどれも一緒みたいですけど。
だったら
「じゃあ、一刀様のお隣が良いです」
「……まあ、好きにすれば良いんじゃないか」
一刀様は興味なさそうに言って歩き出しました。
私が後についていくと、一刀様は一番奥から二番目の部屋の門を開けました。
城に用意されてある文官のための宿って安っぽい寝床に、椅子と卓、服と入れるためのたんすと鏡が置いてあるのが全部です。
でもこの部屋の中にはなんとパッと見ても豪華な絹の布団が敷かれた寝床が見えて、壁の方には全身鏡に、その横にある化粧台の上にはなんか七色光ってる装身具を入れるための箱がありました。そして横にはまた虹色に光る箪笥が見えました。
「あ、これって、あれですよね。なんでしたっけ…小さい頃偉い人の部屋に置いてあったのに…」
「螺鈿細工の箪笥だ。貝殻の内側の皮を向いて散りばめるものだな」
「凄く綺麗です。これって凄く高くありません?前に住んでいた人が置いて行ったんでしょうか」
「どうだっただろうな…」
「自分で買ったんじゃないんですか」
「別にどうでも良いじゃないか」
あれ、一刀様ってもしかして凄くお金持ちだったんですか。
「帝の所においてあるの適当に持ってきたから」
「なんてことしてるんですかああ!?」
大変です!これ下手すると触っただけで同罪にされちゃいます!
「ちゃんと許可は取ったぞ。このように証拠もあるしな」
そう言って一刀様は普段使っているすまーとふぉん(私が見た限りは主に他の部署の観察の時にその場面を直座で描き入れたり、内緒話盗み聴きする時に使われてます)を取り出しました。そしてそのからくりを弄るとこんな声が聞こえました。
『持ってっていい!持ってって良いから殺さないでくれ!!余が悪かったから!謝るから!』
「なんかご乱心だったみたいだがまあ良いだろう」
ちっとも良くないです!陛下まだあの時のことから立ち直れて居ないじゃないですか!
「じゃあ、これはどの部屋も置いてあるんですか」
「寝台は全部同じだが、このぬすんで…もらってきた箪笥はここだけだな」
「今盗んだって言いました?」
「気のせいだろ。とにかく気に入ったなら使えばいい」
「…まあ、別にこんなのあっても入れる装身具なんて持ってませんけどね」
でもアレです。なんかこんな良い部屋に住めると思ったらちょっと舞い上がっちゃいました。しかもタダで。
「で、家賃の話だが」
「あう!金取るんでか!」
「冗談だ。その代わりに、朝食作りはお前がやれ」
「そ、それぐらいなら…というか他に誰か雇ったりはしないんですか」
「知らない奴にうろちょろされるのは嫌いだ」
あ、そういえば一刀様って城の女官たちにも自分の部屋の掃除させないんでした。たまに典韋さんが来て片付けてるみたいでしたけど。
「じゃあ、しばらく部屋で待ってろ。俺はちょっと用事があるから、それが終わったら昼食に行くぞ」
「はい」
一刀様が部屋を出た後、私は部屋をもう一度見渡しました。明らかに城の部屋よりも良いですし、高級な宿屋並の部屋です。こんな所で住もうとしたら宿屋のお代で一ヶ月で私の貯金が全部飛んじゃいます。
「布団も新しいのっぽいですね」
寝床に行って布団を押してみるととてもやわらかい感じで、押してもまた膨らんできました。
……良し、アレをしましょう。
と思った私は数歩後ろに離れた後、思いっきり飛び上がって布団の中に身を投じました。ドーンとする感覚と一緒に一度身体が宙に飛んだ後、再び布団に戻ってくるととてもやわらかい感じが全身を包みました。
「うひひ…幸せです…」
布団からお日様の匂いがします……真っ昼間なのに眠ってしまいそうなぐらい心地いいです。
「いいな~いいな~ず~っとこのまますごしたい~な~♪」
あまりの幸せさに(あ、甘いものを食べる時の幸せには劣りますけど)足をパタパタしながらなんか変な歌っぽいものを口ずさんでいたら、
「何してんだ、お前」
「…あう?」
埋めていた顔を上げると一刀様が呆れた顔で私を見ていました。
「か、一刀様…用事あるって」
「ちょっと着替えただけだから…というかお前」
「うあ!うわああ!うあああああ!!!!忘れて!今すぐ忘れてください!!」
<pf>
流流SIDE
るんるん飯店は今日も正常営業中です。
「典韋ちゃん、ここ今日の献立四つお願い!」
「はーい、って、注文は前の店員さんたちにいってくださーい!」
店はこの前チョイさんが手助けをしてくれた後盛況していて、最近は店の店員さんを増やして、私は厨房に専念してるんですけど、それでも敢えて厨房の私にまで聞こえるような大きな声で注文してくる人たちも居ます。
「こうでもしないと典韋ちゃんの元気な声聞けないからな」
「もう!またやったら今度からは特別料金払わせますよ」
「くーっ、典韋ちゃんも俗っぽくなっちゃったな。おじさん悲しい」
と、実の所厨房にばかり居ると食べてる皆さんの声があまり聞こえなくてちょっと寂しいとこもありますけどね。
「でもなんかここ数日典韋ちゃん元気になったな。何かあったのか」
「多分、遠征が終わって常連さんが帰ってきたからだろ」
「常連さんって…あ、あの天の御遣い様か。そういえば予約席が空いてるな」
そう、数日前、兄様が陳留に帰ってきたんです。それでいつも兄様が食べていた予約席も復活しました。今日もそろそろ来る時間です。
「店長、常連の二名様が来られました」
「はーい!」
外の店員さんのお知らせに私は直ぐに厨房を出る準備をします。この時ばかりは私が自ら出ます。
厨房の手前にある鏡を見て、厨房に居すぎて服や髪が乱れた所はないかと確認した後厨房を出ていつもの席へと向かいました。
「兄様、こんにちは」
「ああ」
「お早うございます、典韋さん」
お二人ともいつもここでお昼を食べています。長い遠征の間は会えなかったんですけど、遠征が終わった後は当然のようにまたこうして私の料理を食べに来てくれました。やっぱり兄様が帰ってきたら忙しいお昼時間もいつもに増して力が湧いてきます。何にせよ、今の私が居るのは全て兄様のおかげですから。
兄様を初めて会って以来、嬉しい時も辛い時もありましたけど、最後はやっぱり兄様のおかげでもう一歩踏み出せるようになって、少しは大人になれたと思います。兄様に出会えたことは私にとって一番幸運な出来事でした。
兄様が帰ってきた初の日、秋蘭さまに付いて聞きました。
秋蘭さまとは、兄様が居ない時期結構一緒に行動してました。秋蘭さまはとても姉想いで、それ以上に華琳さま想いな人でした。だから今回の出来事は秋蘭さまにとても良かったと思いました。
私が軍を出る決定をするきっかけをくれた人も秋蘭さまでした。洛陽で兄様にまた出会ってこれからも今までのように兄様に尽くそうとしていた頃、謀反謀議に巻き込まれた秋蘭さまのおかげで、私は兄様に尽くしたいだけなんだ、軍には居なくても良いんだと気付きました。むしろ軍に居たら兄様に美味しい料理を作って上げられなくなっちゃうと思いました。だから私は今ここに居るんです。兄様だって、陳留に居る時はいつも私の店に来てくれます。
一緒に居られる時間は減ってしまいましたけど、軍に居た時、いつも私が兄様を追いかけていたのが、今じゃ兄様が私の所にいつも来てくださるようになって、その方が何倍も幸せだと思いました。
「今日は特に食べたいものってありますか」
「いや、いつもみたいに任せよう」
「元直ちゃんはどうするの?」
「私はえっと……麻婆豆腐でお願いします」
「はい」
「甘味でお願いします」
「へへっ、はい、はい」
兄様は言わずもですけど、元直ちゃんもそれに負けじな甘党です。初めてお菓子を食べる様子を見た時のことは今でも忘れられません。思えば任官せずに逃げようとしていた元直ちゃんを捕まえられたのも私がここで店を開いたせいなんですよね。
……でももし、元直ちゃんがこの店じゃなく、他の店で働いていて、それで元直ちゃんがそのまま徐州に帰っちゃってたら、今でもずっと兄様は一人で私の所にご飯を食べに来てくれたんでしょうか。
いえ、でも、そうだったらそれもそれで兄様に申し訳ないような気もします……だって、元直ちゃんと一緒に居る時の兄様ってなんだか一人の時より楽しげですから。兄様本人は知ってるかどうか判りませんけど、兄様って元直ちゃんがお菓子を食べるを見守ってる時とか、元直ちゃんをからかってる時凄く表情豊かになるんですよね。それこそ華琳さまと一緒に居る時よりもっと感情に露わになってる感じでとても微笑ましい光景です。
料理が出来上がった後、私は元直ちゃんの甘口麻婆と兄様用の回鍋肉を持って席に戻ってきました。
「じゃあ、夕食以外の家事全般はお前に任せる代わりにお菓子代は全部俺持ち、これでどうだ」
「良いですけど…別に母様と一緒に暮らす時は全部私がやってましたし。でもなんかここでそんな包括的な条件を飲み込んでしまったらあとで痛い目に合う気がします。私に庭の手入れなんてしなさいと言われても無理ですから」
「そういうのは良いから、家事全般と言っても…俺とお前の部屋の掃除と洗濯、それぐらいだろ。別にお前に壊れた屋根を直せとは言わないから」
「え、どこか壊れてるんですか。雨漏りとかするんですか」
「どうだろうな。結構古いらしいからな。あの屋敷」
なんかお二人が話してる内容が普段二人の中で考えられない内容だったので料理を運んできた私は聞かざるを得ませんでした。
「あの、何の話をしているんですか」
「あ、ええっとですね」
「同居してる間家事はどうするかって話だ」
ガシャーン
思わず私は盛っていたお盆を手放してしまいました。
「ひっ!」
「…い、今…なんて?」
「だから、同居の間家事の分担をどうするか議論していた」
聞き間違いじゃ…ありませんでした……。
「同居って…どういうことですか?」
「しばらく休職することになった。で、こいつもしばらくすることないから城の宿に居られないから今回買った屋敷に一緒に暮らすことにした」
何が…一体何があったのですか。確かに今さっきまでこの二人をみていると微笑ましく思えるって言ったばかりですけど、でもいきなり何故この二人が同居することになってるんですか。何時の間にそこまで進んでいたんですか。というか華琳さま、何があったんですか!
「ひぃぃ…一刀様、典韋さんがなんか怖いです…!」
「……」
周りのお客さんたちが騒いでる声が聞こえます。でも兄様は何事も起きてないような顔で私を見つめていました。
「料理、作り直して来てもらえるか」




