三十話
愛理SIDE
「本当に何があったのか言ってくれないんですか?」
「言っただろ。城壁の上においた酒瓶が落ちて頭にぶつかって気を失った。ただの事故だ」
朝、二日酔いでずきずきとする頭を抑えて前屈んでいた私は、ふと座って寝ていた所が一刀様の膝の上ということに気付きました。それで顔を見上げると一刀様が寝ていて、頭から城壁の上に血が流れ落ちた痕跡を見て私の二日酔いはさっぱり消え去りました。代わりに顔を真っ青になりましたけど。
何度呼んで返事がないからまさかそんな事じゃありませんようにと脈まで確認した所ちゃんと生きていることを確信してやっと胸をなでおろしました。その後、朝の巡察を回っていた兵士さんに手伝ってもらって一刀様を部屋まで運びました。包帯とお湯を持って帰ってきた所で一刀様が目覚めました。私が寝てる間に何があったのかと一刀様に聞いたんですけど、一刀様はただの事故だと本当のことは話してくれませんでした。酒瓶が偶然落ちて打たれたなんて、いくらなんでも馬鹿にしてます。
昨日に続けて、私には本当のことを言ってくれないんだと心の傷が深まりました。
「それじゃ、私は朝議に行ってきます。一刀様は休んでいてください。華琳さまには私がなんとか大事にならないように説明します」
「元直」
私が一刀様の治療を済ませて部屋を出ようとしたら、一刀様が私を呼び止めました。
「なんですか」
「……お前は、結婚と言われたらまず何が浮かぶ」
「はい?」
何ですか、その前振りもなく飛ばしてくる質問は?しかも質問の意図がわかりません。
「結婚と言われたらって…誰かが結婚するって言われたらという意味ですか。それとも結婚しなさいって言われたらという意味ですか」
私まだそんな年でもありませんし、そんなこと言ってくれる母親ももういらっしゃらないんですけど。
「どっちでも良い。結婚という概念をどう思うかについてだ」
とても一刀様が聞きそうな問題ではありませんでした。頭の打ったところが悪かったのでしょうか。でもあまり患者さんを刺激したくなかったので思うがままに答えました。
「そうですね。めでたい事じゃないですか。誰かが愛する人と結ばれることを知らせる、人生に一度きりの儀式なのですから」
「…そうか」
一刀様のその返事は『納得』したというよりは更なる『疑問』が深まったかような返事でした。
「何故そんなこと聞くんですか」
「なんでもない。早く行け。既に時間過ぎてるぞ」
「…分かりました」
釈然としませんでしたが、とりあえず朝議が大事だと思った私はあとで深く追窮することにして会議場に向かいました。
<pf>
もう朝議が始まってる時間だったので急いで会議場に向かったのですが、どういうわけか到着した会議場ではまだ会議が始まっていませんでした。上席を見るとまだ華琳さまも陛下もいらっしゃらないようでした。
席に行くと長安で太守として頑張ってくださった、沙和さんが隣に資料などをたくさん置いて黙々と読んでいました。今日はこれまでの長安の復旧の進展などの報告あるのでそれの準備なのでしょう。
そういえば昨夜はちゃんと挨拶もできていませんでした。
「沙和さん、おはようございます。太守の仕事、大丈夫でした?」
「……あ、愛理さん、おはようございます。はい、最初の頃は大変でしたけど、皆さんの助けもあって、なんとか慣れて来ました」
「……あう?」
沙和さん、こんな人でしたっけ?私はもっとこう…
『あ、愛理ちゃん、おはようなの。ねえ、聞いてよ、愛理ちゃん。沙和、皆も居ない長安で一人で頑張ってたから、皆が帰ってきたらちょっと休んでもいいでしょう?なのに華琳さまが「明日報告できるように準備しなさい」って言うんだよひどいでしょう?』
みたいなことを予想していたんですが。
「さ、沙和さん」
「報告する時に説明しますけど、愛理さんが立ててくださった救恤案が、現状において適用不可能な所がいくつがあったのでチョイさんと一緒に再検討して修正て適用しました。あとで愛理さんに確認してもらってもよろしいですか」
「は…はい…」
「それじゃあ、私が報告の準備があるのでこれで…」
そう言って沙和さんは眼鏡をぐいっと上げ、資料を持って朝議の進行を務める稟さまの所へ向かいました。
…沙和さん、激務の末に壊れてしまったんでしょうか。
「…真桜さん、沙和さんって」
「……聞かんといてや。ウチにもわからへん」
「はい……」
沙和さんが座っていた席の更に横に座っていた真桜さんが沙和さんが行く姿を寂しそうに見つめるのを見て、私はそれ以上何も言わないことにしました。
もう、私たちが知っていた不真面目で、サボり好きで、新装のお洋服が大好きな沙和さんは居ないんです。
さようなら、昔の沙和さん……。
「陛下のご入殿です」
その時稟さまの陛下の入場のお知らせがあったので、私と真桜さんを含めた場内の皆さんが席を立ち頭を下げました。
「座って良い」
陛下がお席に座られて皆に席を勧めると、皆さんも礼をやめ、席に戻りました。
「今日は丞相は訳あって不在になる。余だけで朝議を進めることになった」
陛下の言葉にすぐに場に騒ぎが起こりはじめました。陛下が朝議に参加されないことはたまにあっても、華琳さまが欠席なことなんて今まで一度もなかったからです。
一番驚いたのは朝議の進行役の稟さまでした。
「どういうことですか、陛下。私はそんな話は聞いていません。華琳さまの具合をよろしくないのでしたら今すぐに軍医官を…」
「体の調子が悪いとかそういうものではないから安心して良い。ただ、余が皆のものに相談したいことがあって、無理を言って休んでもらっただけだ」
陛下から相談とはなんでしょう。そのために華琳さまが不在なのだとなると、何か華琳さまに深く関わりのある話だと思いますけど。
「陛下」
皆さんが一体どういう話なのかと騒がしい中、陛下の前に出たのは春蘭さまでした。
「華琳さまのいらっしゃらないこの場で我々に仰ることとなると、華琳さまに関わる話なのですか。まさか今回の戦争にて華琳さまの行いに不手際があると仰るのですか」
春蘭さまのお言葉に驚く方々も多いでした。確か今回の西涼攻略において、天下に失われたものは多く、その責任を戦争を起こした華琳さまにあると責めることも出来るでしょう。戦には勝利したものの、長安及び西涼は荒れ、復旧には多くの時間と財の投入を避けられない状況でした。もちろん華琳さまのおかげでむしろ被害を少なくして済んだという評価もありえますし、何よりも秋蘭さまよりの縁で五斗米道との同盟を結んだことにより財物の調達の問題は大きな進展がありました。
そんな一長一短があった今回の戦争。ですが驚く点は華琳さまに非があるという疑問を持ちだしたのが春蘭さまであることでした。普段なら華琳さまが悪いという概念すら存在ない、或は受け入れなさそうな春蘭さまからその問題を持ち込んできたというのはとんでもない事件でした。
「夏侯元譲、安心せよ。今回の戦において余が丞相を叱責することはない。余は丞相、そして北郷一刀と共にこの戦争の一部終始を見た。この戦の始めから終わりまでの間、全ての決断が行われる中、余が居なかったことはなかった。なのにその場で何も止めもしなかった余が今更丞相を責める理由がなかろう?」
「それなら…」
「そう気を立てることはない。余はめでたい話をしに来たのだからな」
「めでたい事…ですか?」
「うむ、朝議の前に皆に言っておきたいことがある。余は…」
そして陛下の言葉は一瞬場の空気を凍らせ、その後すぐにまた地獄のように熱くするのでした。
「曹丞相と北郷一刀の婚姻を計らおうと思っている」
「「「「「「はい?」」」」」」
<pf>
チョイSIDE
「さあ、あともう少しですよ。頑張ってください」
プロデューサーの朝はアイドルの皆さんとの朝練と共に始まります。
毎朝皆さんと一緒に軽く城壁をくるっと一周しています。
(※長安城壁の周りは約14kmだそうです)
「ぜぇ…ぜぇ…昨日二度も連続で公演あったのに直ぐにこれって酷くなぁい?」
「決められた日程をこなすことも芸人としての嗜みですよ、地和さん。これからもっと有名になったらこんなのよりももっと忙しくなるんですよ?これぐらいでへばっちゃう体力では天下一なんて目指せません」
「くぅっ…覚えてなさいよね。天下一の芸人になった暁にはあんたなんか絶対首にしてやるんだから」
「そういう話は他の皆さんと速度を合わせられてから行ってくださいね」
「え?」
私が足を止めた地和さんと話している間も、長女の天和と末の人和はずっと走り続けてもう城壁をぐるっと回って消えようとしていました。
「あ、ちょっと二人とも!置いてかないでよ!」
それを見た地和さんは再び走り始めました。
「あ、ちなみに途中で止まりましたから今日のおやつは抜きですよ」
「きゃああああ、この鬼ぃ!!」
走って行きながら頭を抱えて叫ぶ地和さんでしたが、それでも再び止まることはなく走り続けていました。
なんやかんやで三人を任されてもう二ヶ月ほど経ちました。この長安では多くの人たちからの声援を頂いている皆さんですが、私の目からすればまだまだでした。基礎体力の問題もありますし、今まで体たらく…とまでは言いませんが不規則な生活でとてもじゃないですけど現代のアイドルなどと比べれば練習生にもなれない程の実力でした。それでもここで人気があるのはそれだけこの長安に希望も、他の遊戯もなかったせいだと思います。もちろん地和さんが使っている妖術も大きな助けになりましたけどね。
最初にプロデューサーを任された時はどうすればいいか判らなかったのですけど、どんどん問題点がわかってきてまずそこから一つずつ直して行ってます。陳留に帰ったらもっと本格的に予算を頂いて練習を始めるつもりでいます。
・・・
・・
・
私が少し遅く城を一周して最初に出発した所に戻ってみると、三人とも地面に仰向けに倒れたまま荒くなった息を整えていました。
「んあああ、目がクラクラするよ。地和ちゃん、お水ぅ…」
「無理、ちいはもう一歩も動けない。人和…」
「ごめん、私も無理…」
三人とも完全にバテてしまっていました。これぐらいでこんなに音を上げるぐらいならまだまだです。
「はーい、皆さん、お疲れ様でした。チョイの特製ドリンクですよー」
「やぁだぁ、それまずいもん」
「普通の水持ってきてよ」
天和さんと地和さんが文句を言いますけど、別にいつものことなので気にしません。
「今回は蜂蜜も少し入れましたから飲みやすいはずですよ。ほら」
私は倒れている三人の横に特製ドリンクを一本ずつ起きました。
え?材料ですか?……企業秘密です。大丈夫です。ちゃんと食べれるものですから。ほら、中国って飛行機と机の足以外は全部食べられるって言うじゃないですか。
「なんか、今日はいつもよりも更に飲みたくない気がする」
「ふーん、そこまで言いますか。でしたら地和さんは飲まなくてもいいですよ」
「え、マジ?やったー!言ってみるもんね!」
「ただし、そうやって日々の練習を怠って他の姉妹たちの足を引っ張るようになっても知りませんけどね」
ボクの言葉に両手空にあげて喜んでいた地和さんはビクリとしてボクを見ました。
「うぐっ…一回苦い汁飲まないぐらいでそこまで言うことはないでしょう」
「本当に今日だけなんですか?今日飲まなくてもいいなら明日も飲みたくないと思わないのですか。そうやって努力をしない言い訳を作り始めると結局怠慢な生活に戻っちゃいますよ」
皆さん、素質はいいんです。努力も踊りの練習も歌の練習も、放浪してる時だってちゃんとしてたそうです。ですが間違った食習慣が身についたり、基本的にぐうたらするのが好きな性格をしているので、少しでも隙が出来ると今まで頑張ってきたものが一気に崩れかねないんです。なので少し厳しそうにするのが丁度いい、それが私が下した結論でした。
「…わかったわよ、飲めばいいんでしょう?飲めば」
そして基本的に自分たちの歌と踊りにプライドがあって、姉妹たちを互いに大事にする三人はそれを材料に出すとそれ以上駄々をこねないでプロデュースに従ってくれます。
「うっ、まずっ…やっぱ苦いじゃない。何がハチ入りだと言うのよ」
「あまり入れすぎると糖を取り過ぎちゃいますからダメですよ。ほら、もう二人は全部飲み干してますよ」
「うぅ…」
まあ、どうしても苦手なものはありますけどね。
「朝から大変のようね」
時間はまだ人のあまり通らない夜明けだったので、ここにいる四人以外の声に驚いた私は思わず防御の姿勢を取りました。長安で三人が有名になり始めてから、三人の宿所に忍び込む人たちが何人かいたのでそのせいでした。
ですが、いざ声がした方を見ると、それは曹操さんでした。
「曹操さん、朝議があったのではないんですか?」
「え?ああ……ちょっとね。それより、ちょっとあなたに相談があるのだけれど、二人で話せないかしら」
「相談?ボクにですか?……はい、分かりました」
曹操さんから相談だなんて初めてだったのできょとんとしていたボクですが、直ぐに立て直してまだ倒れている三人に言いました。
「はい、もう起きてください。ボク、直ぐに帰ってきますから起きて体操でもしていてください。二度寝はダメですからね。人和さん、二人のことちゃんと見張ってください」
「「はぁ~い」」
「わかったわ」
三人の中で一番責任感のある人和さんに後を頼んでボクは曹操さんと共に、さっきジョギングする時通った人気のない城壁の方へ戻りました。
「それで、ボクに相談というのは何なのですか」
「…前に私に話したことがあったわよね。一刀は…性生活に紊乱な人は嫌いだって」
「はい」
「そんな人なら同じ職場にいることさえ許さないほど嫌悪すると」
「はい」
「……じゃあ、どうして私に対しては大丈夫なんだと思う?」
「多分、大丈夫じゃないけど、我慢してるのではないでしょうか」
「じゃあどうして私に対しては我慢するの?」
「それは……」
どうして突然この話を聞くんでしょうか。あの時ボクが真剣に話した時はあまり気にしてないようにしていたのに。
「たとえ曹操さんの趣向に嫌悪感を覚えて近くにいたくはないと思っていても、」
「……」
「それ以上曹操さんのことを大切に思っているからじゃないでしょうか」
昔この問題で研究所から追い出された研究員はかなり優秀な人でした。社長もおそらく知っていたと思います。社長だって人のこと言えないほどねじ曲がった性格なはずですが、それでもこれに関してだけは強いモラルを持っていました。おそらく性的に子供たちを虐待する院長の居る孤児院に居た上で、レベッカさんもその犠牲になりそうになってたからと思います。謂わばこの問題は、社長にとっても基本的な人としてのルール、もしくは社長の逆鱗みたいなものでした。
その点において、ボクがこの前言った通り曹操さんの性生活は、社長の物差しからするとかなりアウトでした。球一個分はズレてます。
それでも社長は曹操さんを嫌がる様子なんてありませんし、むしろいま社長にとって最も大事な人物は曹操さんでしょう。自分のモラルを曲げるほど曹操さんのことが大事だったというわけです。
…それとも単にこっちの方が上司だから黙ってるしかないのかもしれませんけど。正直この問題に関してはボクだってよくわからないんですけど。ボクだって社長の思ってることがなんでも判るわけではありません。
「そう。分かったわ。話を聞いてくれてありがとう」
「でも、どうして咄嗟にそんなことを聞くんですか?社長と何かあったのですか?」
「大したことじゃないわ。それじゃあ、私は朝議があるからこれで失礼するわ」
そう言った曹操さんは早足で行ってしまいました。
…絶対何かありました。
社長に聞いてみましょうか。
・・・
・・
・
人和さんに午前のスケジュールをちゃんとこなすように言っておいてボクは社長の部屋に向かいました。
「あ、社長ってまだ朝議中でしょうか」
何故社長の部屋の前に辿り着いて気づくんでしょうか。
朝議はまだ途中のはずなのでどうしようかと思っていた所、突然門が中から開きました。
「社長?会議に言ったのでは…って、その頭はどうしたんですか!」
中から頭に包帯を巻いた社長が出てきて私はびっくりして聞きました。
「チョイか。丁度良い。聞きたいことがある。ちょっと入れ」
社長はボクの質問には答えずそう言って部屋の中に入りました。ボクがその後に付いて部屋に入ったら、部屋の四方の壁に貼り尽くされている黒板にいろんな数式や文章が乱雑に書き尽くされいました。そこまでは割と慣れた光景だったんでしたが、気になるのは社長の様子でした。なんか書いてる数式を見つめながらも何だか不安そうに黒板を見つめていました。自分が書いていることに自信がないような表情でした。黒板の内容を見たら、なんか結婚が他国に及ぼす影響と以後の対処などについて書かれていたり、結婚が国内に経済的、軍事的にどんな効果を与えるか、そして一つの黒板に大きな文字で『そもそも何で結婚?』と書かれていました。
「…社長?」
「……チョイ、ヘレナに告白された時にお前はどうした?」
「はい?」
咄嗟にプライベートな話聞かされて戸惑いましたけど、そういえばあの時の話言ったことないなーと思ってあの時のことを思い返しながら言いました。
「…詳しくは言いませんけど、なんか凄く驚いちゃって…最初は何も言えませんでした。でも私が無言のままで居るとヘレナさんの顔がどんどん悲しそうになって、ヘレナさんがそんな顔するのが嫌だったから返事しました」
「返事ってどうやったんだ?」
「それ聞いちゃいます?」
酔ってない限り物凄く恥ずかしい話ですけど。
「…『あなたと一緒に居られるなら他の事はどうなったって構わない』って言いました」
ああ、そういえばそんな風に答えてましたね。
…ヘレナさん、今どうしてるでしょうか。
「どうしていきなりそんなことを聞くんですか。社長はそういうことは気にしないじゃないですか」
「気にすることなんてなかったからな」
社長ってこんな人でした。
正直ボクが社長に出会った時は既にレベッカさんと結婚した後でしたけど、社長にとって結婚というのは一つの契約に過ぎませんでした。社長がレベッカさんのことを好きじゃなかったとは言いませんけど、少なくとも社長がレベッカさんが好きだったから結婚したというより、結婚はただの手段で、結婚しようがしまいが社長のレベッカさんに対しての感情は一緒だったでしょう。レベッカさんと社長が結婚した理由はただレベッカさんを国外追放させないためでした。
結婚という行為は社長にとっては何の意味もありませんでした。
「曹操さんと関係ある話ですか」
「…何で分かった?」
「朝曹操さんがボクに寄って行ったんですよ」
「華琳が?…お前に何を聞いた?」
「なんか…ご自分が性的に紊乱でも…あ、これ前社長が陳留に居ない時曹操さんに言ったんですけどね、とにかく性的に紊乱なのにどうして社長が側に居るのかって」
「…彼女は興味深かったからな。個人の性的趣向なんて俺の知ったことじゃなかった。俺の部下だったならまだしも、英雄が色好むこの時代にどんな性癖だろうが俺を絡ませるのでなければ気にしない」
「じゃあ、その事で曹操さんが嫌いではないんですか」
「……興味が嫌悪に勝ってただけだ」
割りとギリギリみたいですよ、曹操さん。
で、…ここまで来たらだいたい話が掴んで来たんですけど。
「社長、曹操さんにプロポーズされました?」
「……チョイ。ここは戦争が日常茶飯事な世界だ。そして華琳はそんな世界の覇王になろうとする英雄だ。結婚にそんな夢見る話が言える立場と思うか」
社長の言いたいことは判ります。古来から為政者の婚姻というのは恋愛よりは世継ぎを生むための…義務の一つでした。特に大半の為政者たちが女であること世界なら、若いうちに世継ぎを求めるのは必然だと思います。ですが、曹操さんの場合誰が見ても明らかなレズビアンですし、世継ぎなんて全く考えてなさそうです。
ん?でもそれって……。
「でも、それだと逆に社長が丁度良いんじゃないですか?」
「…何?」
「どうせ世継ぎは必要ですし、養子を籍に入れるとしても反発が起こる可能性もありますし、血の繋がりのない世継ぎは反乱を起こされる可能性もあります。それならいっその事皆さんが知ってる社長を婿入りさせて世継ぎを産んだほうが安定するんじゃないですか」
ボクの話を聞いた社長はしばらく考え込むかと思えば…。
「その可能性もあるな」
と答えました。
「じゃあ、華琳は他意は全くなく、ただ世継ぎのための種を求めて俺に結婚を申し込んだと、そういうことか?」
「あ…」
そうまとめて言っちゃうと、まるで社長がただの種馬になったみたいですけど。
「そこまで言うつもりではなかったんですけど…」
「いや、筋は通っている。今さっきまで何か大きな外交的に周りを混乱させる策か、それともこっちの防衛が薄いだろうと馬家の残り知らせて暗殺でも仕掛けるように誘ってるのかと思ったがそういう仮説が穴が多くて戸惑っていたところだ。確かにお前の言う通りなら筋も通ってるし、むしろ建設的だ」
「建設的…ですか」
自分を種馬扱いしてるという仮説をここまで積極的に受け入れる人って世の中社長以外に居るでしょうか。
「と言っても、やはり外交的に影響が出ることは避けられないな。ぶっちゃけ母系な政権を握ってるこの世界で、誰の種かはどうでも良い話だ。腹が膨らむのが君主本人だからな」
しかもなんかとても不埒な…いえ非衛生的…いや…とにかくあまり聞きたくない話に転がり始まりました。
「何度も内部分裂の原因となった俺と正式に結婚するなんて諸将に知らせば陳留での反乱の時以上の混乱が生じかねない。…ああ、だから華琳は俺にだけこの話を言ってきたのか。俺に事前作業をやって置くようにとな。とりあえず陳留での俺の評判を上げて置いてから婚姻を発表すれば内乱は避けられる」
「いや、ちょっと待って下さい。そんなあっさり結婚なさるつもりですか」
「断る理由も特にない」
あります。大いにあります。ボクが言った通りだと種馬扱いされてるんですよ、社長は。
「単に国の安寧のための世継ぎのための種が欲しいならくれてやる。それぐらいの投資はできるほど興味はあるつもりだ。……まあ、性癖の方はなんとかしてもらいたい所ではあるが、筋が通ってる以上絶対ダメだと言うつもりはない」
「もう社長が開放的なのか閉鎖的なのかも良く判りませんけど」
私が呟いたことを聞いていないのか社長はそれっきり部屋を出ようとしました。
「どこに行くんですか」
「朝議に出る。大分遅れているからな。それから華琳と今後のことを話さなくてはならない」
「あ、ぼ、ボクも行きます」
なんかとても嫌な予感がしたので、ボクは社長に付いていくことにしました。
・・・
・・
・
「社長、ボクが言ったことなのにこう言うのもなんですけど、本当に曹操さんが社長を種馬扱いするつもりで結婚を申し込んだと思ってるんですか」
会議場に近づいてる間、ボクは念のため胸のポケットにあるペン型の録音機の電源を入れて社長に言いました。
あ、こういうのは本業だったので普通に身につけてました。会社の主力事業が太陽熱電池だったので電池切れには困りません。
「辻褄はあってる。現代の倫理観に合わせれば嫌悪感しか湧かないがこの時代には普通にある話だし、状況によっては乗ってやらないこともない」
「……万が一の話ですけど、もし曹操さんが単純に社長が好きだからあんな話をしたとすればどうしますか」
「まずあり得ないが…そもそもこんな時代にそんな脳みそお花畑みたいな考えをしたのならあいつの側にいることを再考しなければならないレベルだな」
この発言は後で万が一のことがある時に詰むのを防ぐためしっかり保管しておきます。
誰がとは言いませんけど。
会議場に到着したらまだ朝議が続いてるようで、外には衛兵たちが閉ざされた門を守っていました。
中では騒がしく、激しい口論が行き来してるみたいでした。
「開けろ」
「申しわけありませんが、皇命により、朝議中に誰も入れることは出来ません」
「最近俺の前でそんなことを言う連中が居なくなってると思ったのに…大したもんだな」
社長、当たり前のごとく指を鳴らしながら衛兵に近づかないでください。あの人たち仕事してるだけです。
「もう一度言う。開けろ」
「皇命です。開けることは出来ません」
さすが沙和さんに洗脳……いえ、訓練された兵士たちなだけはありますね。
そして私がその感想を終える前に二人の衛兵のうち社長に答えをした一人は社長に急所を蹴られてその場に倒れました。
「うわあああ、社長、よりにもよってえええ!!」
「…お前も種なしになりたくなければ開けろ」
目の前に広がった光景にもう一人の衛兵は冷や汗をかきましたが、
「命がある以上、皇命に背くことはできません」
凛々しい!明らかに下半身を隠す仕草さえなければすごく凛々しいけど逃げて!超逃げてー!
「それが望みなら…」
社長は槍を構えた衛兵にどんどん近づくその時でした。社長と衛兵の間に何かが飛んで来て社長は後ろに身を引きました。二人の間を通り会議場の大門に刺さったのは大きな鎌でした。
「いい加減、忠実な兵たちを減らそうとするのをやめてくれないかしら」
「俺に対して忠実なわけじゃなければ俺は障害と見て排除するだけだ。不満か?」
「ありまくりに決まってるでしょう」
そう言いながら会議場の階段を上がって来たのはもちろん曹操さんでした。
「というかお前会議場になんてものを持ち込んでくるんだ。いくらお前でも皇帝の面前で武器なんて構えてたら問題になるだろ」
「そういうあなただっていつもその銃を持ってるでしょう?」
え、社長今銃持ってるんですか。
「普段は安全装置をかけてあるから、どっかの誰のように偶発的に打つことはない」
「……」
社長は大門に刺さった鎌を見て言いましたが、それを聞いた曹操さんは社長を見上げながら顔を顰めました。
「…怪我、そんなに酷かったの?」
「……あ、いや、大したことはない」
曹操さんの心配げな質問に社長は少し慌てる顔を見せながら誤魔化しました。
「それより、何故お前も外にいる。朝議の真っ只中だろうが。言っておくが俺は怪我の治療のせいで遅れただけだ」
「私にだって事情ぐらいあるわ。陛下に朝議を任せたけど、どうも不安だったから来てみたのよ」
「まあ…丁度良い。一緒に入れば良い。その後お前と話したいこともあるしな」
「…ええ、私もあなたにちゃんと言わなければいけないことがあるわ」
そう言ったお二人は同時に会議場の門を開きました。
はい?もう一人の衛兵ですか?鎌が通り過ぎた時点で気絶しました。二人は良い衛兵でした。
大きな門が開き、二人が仲へ入った途端、それまでに騒がしかった会議場は静まり返りました。
「陛下、遅れました。ここからは私が会議を受け継ぎます」
「文則の報告はもう終ったのか。……正直に言おう。門前のあいつらは結構使える。精鋭の中でもあれだけ命令に絶対的に従う連中って少ないぞ。一体どんな洗脳をしたんだ?」
しかし、静まった諸将たちは社長と曹操さんを注目してるだけで誰も口を開けませんでした。妙な沈黙がしばらく続きました。
沈黙を割ったのは皇帝陛下でした。
「えっへん、丞相、北郷一刀、丁度良い所に来た。今汝らのことに関して話していたところだ」
「お前…また何を企んでいる」
「陛下、まさかとは思いますが」
「安心するが良い、丞相。余が皆の者の意見を合わせていた所だ。そろそろ結論が出る所だから…」
「華琳さま!!」「一刀様!!」
ですが皇帝陛下が話を終える前に徐庶さんと夏侯惇さんが前に出て各々社長と曹操さんに迫りました。
「こいつと婚姻とは一体どういうことですか。この夏侯元譲、いくら華琳さまがこいつのことを重用してるとは言え、婚姻は全く別の問題です!」
「そうです、一刀様!こんなの突然過ぎます!一刀様と華琳さまが仲がいいのは判りますが、外交問題や内側の問題も全く考えずにこんな話を進ませていたなんて私聞いてません。ここまで私をはぐらかしてもいいんですか!」
「「……」」
各々一番の心腹からとんでもない話を聞いたお二人は、誰が事前に約束したかのように同時に大きく深呼吸をし、曹操さんはさっき門に刺さっていた鎌を抜いて、社長はガチャリと拳銃の安全装置を外しました。
「陛下」
「こっちに来い」
「え…?え?なんだ?二人とも今にない程の凄い殺気だって…<ターン>うわっ!!!撃ったな!北郷一刀、汝本当に余に向けて撃った…<シーッ>ひぃっ!丞相!余を殺す気か!座っていた椅子の背が綺麗に切られたぞ!<タンターン>だ、だ、誰か助けてくれ!二人とも目がマジだ!今回こそ殺される。い、いやだ。来るな!余今回は何も悪いことしてないのにぃ!<ターン>キャーーーーー!!」
ちょっと誰か止めてください!あのままだと本当に陛下死にますよ!