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幕間3 愛理√

拠点:愛理SIDE 「力になりたいんです」


「そっちじゃありません。西側に向けて倒して行くんですから南西に向けて!水汲み組も火が迫ってくる方に水を撒いて少しでも進行を遅らせてください!」


消火作業は、地図の上で話した時より更に難しい仕事でした。


というより火が少しずつ近づいて来るのを見ながら兵士たちが慌てないように指揮するのってほぼ不可能に近いものでした。本当に地獄絵図でした。戦場では自分の首筋に刃が通ることも恐れない曹操軍の精鋭たちですが、近づいてくる火魔の前にはさすがに動揺せずにはいられなかったのでした。


「煙がもう直ぐそこだ!このままだと逃げられなくなっちまう!」

「元直殿!もうこの作戦は失敗です!撤退しましょう!」

「まだ時間があります!慌てちゃ駄目です!慌てたら死にます!ちゃんと指示どおりに動いてくれたら皆助かるんです!」


煙が上がっている場所はまだここから遠い所でした。ですが森の一部を完全燃焼させてるだけあってすごい煙がここまで迫ってきていて、皆さんは何がどうなっているかはっきりと分からない状況にさせていたのでした。


「…こんな森の中で火を止めるなんて無茶だ!戰場で死ぬならまだしも、俺はこんな無駄なことやってて死にたくはない!」

「……!」


ついに命令に逆らおうとする人まで出てき始めた頃、


「たわけ共が!」


怒声をあげたのは皇帝陛下でした。


「それでも曹丞相の兵か。汝らの君主が今あの火の中にある。助けたいとは思わぬのか!それに無駄なことだと!汝らには彼らの姿が見えないというのか!」


陛下が指さした場所には一生懸命に森に水を撒いている、陛下が説得した五丈原の住民たちが居ました。皆狂ったみたいに熱心に火を止める作業をしていました。


「ここは彼らの住処だ。生きる地を失ってしまう所なのに命を賭けない者はいない。戦然り、火事然り、自分たちにとって大切なものを守るために戦うということは同じなはず。汝らはここに汝らの親と妻が居るのならこの火を前にして逃げようと思うか。死んでもこの地が燃やされることを守ろうとしないのか!」

「いえ…それは…」

「しかしここは彼らの地です!我々が命を賭ける理由などは」

「ほう、今ここに立っている汝のその生命は汝一人が頑張った結果と申すか」

「……」

「ここに居る中で戰場で自分ひとりだけで生き残って来れたと思う奴らが居るか。汝らが飢えている時に隣の家から米を借りたことがないのか。農繁期に牛のある家から牛を借りたことがないのか。病のある母を置いて戦場に行きながら隣家に母の看病を頼んだことがないのか。汝らが己の問題ではないからと人を助けなかったなら、どうやって汝らは今まで生きて来れた?」


陛下の熱弁に文句を言い出した兵士たちはもちろん狼狽えていた皆さんも鎮まり返りました。


「逃げたければ逃げれば良い。己の命は何よりも大切なものだ。だがその逃げた命で、誰も助けぬ命でこれからどれだけ生き延びれると思う?五年?一年?明日の命は保証できるのか?」

「…申し訳ありません。自分が間違っていました」

「なら作業に戻るといい。汝らも何をしている!敵と火はこちらの都合なんて見てくれぬぞ!」

「「「ははっ!」」」


陛下の一喝に兵士の皆さんがさっきと違い一糸の乱れなく作業を続き始めました。


「陛下…ありがとうございます」


五丈原の皆さんを説得する時もこんな感じで陛下は皆さんを引き寄せて消火作業に参加させていました。皇帝陛下という肩書があるにしても民を扇動できる能力は素晴らしい方です。


「なに、余にできることはこれぐらいだ。しかし、こんな短時間で森を伐り倒すなんてことが本当にできてしまうとはな」

「まだ半分ぐらいです。倒した木々を運んでこの辺りを荒野にするんですから…」

「もし風が強くなって、火が我々が更地にした一帯を越えて向こうの森に移ったらどうするのだ?」

「その時はもう打つ手はないでしょう。五丈原を諦める他ありません」


自然にの力に対抗するのは難しいです。これが精一杯です。

黒い煙を見上げながら私はため息をつきました。


「北郷一刀のことが心配か」

「はい…はっ、いえ、もちろん華琳さまのことも…」

「まあ、妙才のことを信じる他あるまい。汝の言った通り、我々だけではあの二人を助けに行くことが出来ないのだからな」

「……」


確かに自分から言ったことではありましたけど、かといって一刀様が心配にならないわけはありませんでした。向こうで上がる黒い煙がどんどん濃くなっていくのをみると心配もどんどん増えてきました。


一つ希望を持てるのは、さっきこちらの本陣に現れた元曹操軍古将の夏侯妙才さまでした。大まかな状況説明を聞いた妙才さまは「馬騰のことは私に任せろ」と言ってその場を去りました。


「信じて待つほかない。すぐに良いお知らせが来るだろう」


陛下は私の肩をぽんぽんと叩きながら仰りました。


「…そうですね。申し訳ありません。本来なら私の方からちゃっかりして陛下を守るべきなのに」

「良い。憂う民に希望を与えることこそが皇帝の存在意義であると、余は心得た。汝も漢の民である以上、余が希望を持たせるべき民の一人である」


一刀様と華琳さまの横で名ばかりの地位で困ったことばかり起こす方だと思っていたのですが、こうしてみるとすごく逞しい一面もありました。


「今とても失礼なことを考えたな」

「あうあう…そんなことありませんよ?」


そんな時突然黒い服装の人が素早い動きでこっちまでとんで来ました。曹操軍の人ではありませんでした。


「某、五斗米道の親衛隊でありまする。夏侯淵将軍の命により報告に参りました」

「妙才さまから…なんですか?」

「馬騰死す」

「!!」


まだ妙才さまが発って一刻も経っていませんでした。まさかこんな短時間で馬騰とその精鋭たちを…。


「敵の部隊は壊滅。例の小屋に侵入を試みましたが奥では既に火が強く入ることは困難でありまする」

「あ……」


馬騰は死にましたが、まだ火という脅威が残っている以上、一刀様の安全は保障できませんでした。


「解りました。妙才さまにお伝え下さい。西側に天水へ行く街道があるはずです。あそこを占拠して、この火事の防御線にしたいと思います」

「承知」


頷いた五斗米道の兵士は私たちが見ている前でまたあっという間に消えてしまいました。


結局、一刀様の安否はわからぬままでした。


「…元直」

「……陛下の仰った通りです」


既にこの手を離れたことであれば、悩むだけ無駄なこと。


「今は私たちに出来ることをします。不安がっている暇なんてありません」

「…うむ、そうだな」

「私は投石部隊を連れて西側に向かいますから、陛下はこちらの方をお願いいたします。あと一刻あれば火が近くまで来ます。作業が終わらなくとも二刻が経てば皆を避難させてください。少しでも遅れればあっという間に火に囲まれて逃げられなくなります」

「任されよう」


私たちの死闘はそれからまた二刻ほど続きました。そして中心部の火が弱まり始めたのは半日ぐらい後、五丈原の森の三分の一を消し炭にした後でした。少しでも早くお二人を助けるべく、私たちは火が弱まり次第まだ火が残った森に水を撒きながら侵入していきました。


<pf>


「一刀様!!」


半分焦げ落ちた小屋の床の下から現れた一刀様の上半身を私は周りの目も気にせず抱きつきました。


「離れろ。兵たちの前だろうが体面を保て!」


そんなのどうでもいいですと心の中では叫んでいました。


大丈夫だろうって信じていました。この方なら大丈夫だろうと信じての消火作業だったはずでした。なのにいざ無事な顔を見ると、その姿を再び見れたのなんとも嬉しくなってちょっとばかり泣いてしまいました。


・・・


・・



華琳さまも下から上がって来て、妙才さまと邂逅している一方、私は一刀様に外であったことを報告していました。


「こっちの危険を察知した上で尚消火作業を優先したか…」

「はい……」


正直しようとすれば出来なくもありませんでした。早期に無理やりにでも馬騰の親衛隊を突破しようとしていたなら、例え大きな被害を受けようともお二方の救出は可能だったはずでした。ですが私は救出を諦めて五丈原の人々を守り、華琳さまの評判を守る方を選びました。当の華琳さまが命を落としてはそれも意味もないことなのにです。


「俺がその場にいて同じ判断をしていたとは言えないな」

「……」

「しかし、それもまた正しい判断だったことに代わりはない。結果論ではなく、お前の現場の判断も正しかった」

「ありがとうございます」


私の判断についてそう評価してくださった一刀様は、妙才さまと話し合ってる華琳さまを見ていました。今までの旅程について説明する妙才さまの話を興味深そうに聞いている華琳さまを見ている一刀様の顔はどこか不安というか、不満な気配を感じ取れました。


「一刀様?」

「…ん?」

「大丈夫なのですか」

「言っただろ。問題はなかった」

「私じゃなくて、一刀様の方です」


私がそう聞くと、一刀様は華琳さまから目を離さずに小さくため息をつきました。


「今回、俺は何もできなかった。いや、しなかったというべきだろうか」

「…?」

「最初から司馬仲達の奴に踊らされて、華琳を守ることも支えることも叶わなかった」

「一刀様…」

「今までのようでは、ダメだ。今回それがはっきりと判った」


一刀様は拳を強く握りしめながらそう仰りました。私は一刀様を心配していたように、一刀様もまた華琳さまを危険な目に合わせていたことに対して自分を責めているのでした。


そんな一刀様を見ていると、なんだかとても胸が締まってきて、辛くなってきました。


「…拙い知謀ですけど、私はいつも一刀様のためにお側に居ます」

「……」


華琳さまを見ていられた目がやっと私の方を見て下さいました。


「これからも、一刀様を支える軍師として尽力…」


私が言葉を終える前に、一刀様は私の帽子は私の頭を撫で始めました。


「お前に気遣った言葉言われるほどじゃないぞ」

「あ…うぅん…」


前にされた時に気づいたんですけど、何で一刀様に頭撫でられると私…こんな気持ちいいんでしょうか。


「むむっ、なんだ、元直だけずるいぞ。今回は余も活躍したのだ。余の頭も撫でろ。いや、撫でさせてやろう。光栄に思うが良い」

「……」

「ぐわっ!押すな!縮むだろうが!ちゃんと撫でろというにこの…!」


反対側から来る陛下の頭をもう片手で押し出しつつ私の頭を撫で続ける一刀様の大きな手の下で私は何の声も発せず本当にただされるがままでした。母様は亡くなられる前に病床でもよく私の手を撫でてくださいました。畑仕事で私を育てた母様のごつい手とは違い、大きくて柔らかい一刀様の手でしたが、その手から伝わる温もりは母様が撫でてくれた時みたいな安心感を得られて…いや、もしかするとそれよりももっと暖かったかもしれません。


「ほら、一刀、あなたからも何か言ってあげなさい」

「…あ?ああ…そんなことより長安の救恤に米が必要なのだが漢中から調達出来ないか」


華琳さまから声をかけられて、一刀様は私の頭から手を離しました。


「あ」


手が離れて、正気に戻った(?)私の顔はまるで美味しいお菓子を食べた時のようにもうすっかりにやけていて、目の前もまだちょっとぼやけていて、手で頬を触ると顔が熱が上がってるのが感じれました。




私、どうしちゃったんでしょう。


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