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二十六話

愛理SIDE


「……」

「……」


それは五丈原へと進軍を開始して二日目の昼の出来事でした。私は一刀様の恐ろしい眼光から視線を離そうと必死になっていました。


「元直」

「…はい」

「出陣する日の夜明けに俺がなんと命じたか言ってみろ」

「…軍の補給と装備などを集めた箱を全数で調査するように仰っていました」

「それで、お前はどうした?」

「……何も全部やる必要はないかと思って、一部のみ調査しました」

「……」

「で、でも適当にやったわけじゃあないんです!ちゃんと馬車ごとに一つや二つほど確認するようにしましたし、何もやましい報告は…」

「俺は『全数』調査しろと言った。何故お前が勝手にそれを標本調査に変えた?」

「ひぃ…ごめんなさい!」


私はそれ以上言い訳したら多分、きっともっと怒られると思って頭を下げたまま身体を震わせました。一刀様が怖いです!こんなに怒られたの初めてです!


「まあ、そう怒るな、北郷一刀。徐元直はごく妥当な判断をしたまでだ。誰も理由も知らずに兵五千人分の補給の入った物を全部探そうだなんて思わん」

「お前は華琳に言って五丈原まで逆さまに吊るして連れて行く前にちょっと黙ってくれないか」

「…無言で置いて言った前よりは穏やかな対応だな」


そう言っ…仰っていられるのは、皇帝陛下です。私が顔を上げられないもう一つの理由です。


「華琳に連れて行く前に聞いてやろう。何故来た?」

「ひ」

「暇だったからと言ったら俺の線で対応することも可能だが…」


一刀様は陛下の額に銃口を当てながら低い声で言いました。相当お怒りのようです。


「まあ、まあ、そう気を立てるな。実のことを言うと…あれだ。汝が心配になったからな」

「……」

「長安陥落の時のこともあるし、以後の負傷時の問題もある。汝は近くで見守って置かないと己の身を見ないから心配でならん」

「お前が居るせいで俺がもっと気になってしょうがなくなるとは思わないのか?」

「心配してくれてるのか?」

「鬱陶しいって言ってんだよ」


一刀様は銃を下ろして私の頭の後ろを軽く叩きました。


「お前、こいつを華琳の所まで連れて行け」

「あの、一刀様が行かれた方が…」

「俺が行くと途中でちょっとうっかりこいつ殺しそうだからな」

「……」


私って今すらりと皇帝陛下暗殺計画を聞かされた気がします。バレたら私も死ぬんでしょうか。


「だから行け。後始末は華琳にやってもらう」

「その必要はないわ」


その時でした。陛下と一刀様と私が同時に声をした方を向くと、華琳さまが仁王立ちで立っていられました。


「五間(約9m)のお御輿はお気に召さなかったようですね、へ・い・か」

「そ、曹丞相、いくら汝がそんな顔をしたって余は知っているぞ。汝がこんな所にまであの御輿を持ってきたわけがないのだ。よもや暴力で余を痛めつけるとは言語道断である」

「ええ、仰るとおりですね。臣下として陛下を痛め付けるなどと万死に値します。なので」


と言うと同時に華琳さまは自分と同じぐらいの体格の陛下をばっと抱き上げて、陛下が発見された長く四角い箱の中にぽいと入れて素早く箱の蓋をし直しました。そしてそこに更に他の武器などが入った箱を幾つか積み上げました。


「見なかったことにします」

「出来るか」


これって御輿の方がまだマシなのでは?


「丞相、開けてくれ。何故開かないんだ。汝が上に座っているのか。一体その小柄でどれだけ重いのだ」

「……」


箱の中から聞こえる陛下の声に華琳さまは顔色一つ変えずに横から陛下の居る一番下の箱をガンと蹴りました。


「ひっ!な、なんなのだ!一体外で何が起きているのだ。丞相、まだ居るのだよな。余が悪かったから出してくれ。余は実は暗い所は苦手なのだ。こんな所でいたら息が出来なくて死んでしまう!」


真面目な話をしますと、箱は藁でできているので息が出来なくて死ぬことは多分ないと思います。


「丞相、丞相出してくれ!大人しくしてるからあ!」

「さあ、それじゃあ作戦会議があるから行きましょう」


中から聞こえる必死な声にもびくともせず華琳さまは一刀様の腕を抱えました。


「お前は鬼か」

「人の注意を聞かないのが悪いのよ。愛理、ここは頼んだわよ」

「は、はい」


一体何を頼まれたのか判らなかったのですが、後々考えると適当な時に出してあげなさいって意味だったみたいでした。もっと早く気付いていたら陛下がもう一晩を箱の中で過ごして目が赤くなるまで涙を流すことはなかったはずですけど、今度は怒られなかったので多分私のせいじゃありません。


・・・


・・



<pf>


数日後


華琳SIDE


五丈原は周りより少し高い地帯の広い丘だった。丘は大原に建てられた砦を中心に村落が存在し、五丈原の周りは戦略的防衛戦として使うため植林された広い森が輪っかのように丘を囲っていた。司馬懿はその森の中に隠れて住んでいた。司馬家の名はその出というだけでその才能を認められる程有名なもので、多くの君主がその司馬家の人達を自軍の傘下に置こうとした。が、司馬家の人達はその突き出過ぎている才能の余りに政争の標的になることが多かった。結局彼らの天より受けし才のせいで命を失っていった。そして、その司馬家の者達を失った軍もまた長く持たず滅んでいった。乱世にて才ある者達を使いこなす能力がないことが如何に軍に致命的かを見せてくれる歴史の端面だった。


その中、司馬懿は誰にお仕えず散っていった世に知られなかった天才。そして、彼女をその不運の主人公にしてしまったのは…誰よりも才ある者達を愛すると自負していたこの私だった。


司馬懿が今あの丘のどこかにいる。ちゃんと目を閉じることもできずに、生きることも死ぬことも自由にならない身体になって、彼女は私を恨んでいるかしら。きっと違いないわね。


「大丈夫か」

「一刀…」


少しばかり身を震わせていた私に、一刀はそっと肩に手を乗せながら言った。


「お前には俺が付いている。心配するな」

「…そうね、ありがとう」


私は肩に乗った彼の手の甲に手をそっと置いた。こうしてるとなんかほっとしてきた。


…良いことを思いついた。


「一刀、ちょっと反対側にも手を置いてくれるかしら」

「何故だ」

「良いからやってみなさい」


一刀は怪しそうな視線をやったが、直ぐに私の後ろに立って両手を私の両肩に置いた。それを見た私は両手で肩の彼の手を引っ張って私の前の方に合わせた。自然と彼の腕が私を後ろから抱えているみたいな姿になった。


「これは何の真似だ」

「黙ってそのままにしてなさい」


少し抵抗する彼の両手を私の胸に押し当てると、温かいものが中から込上がってくる気分がした。目を閉じてその安らかな気持ちにたっぷりと浸かってみると、


落ち着く。


「…もう良いだろ」

「もうちょっとだけ……」

「…周りの目も考えろ」


彼の言葉に優しい気分に包まれて目を閉じていた私はパッと目を開け周りを見た。


後ろに顔を赤くしている愛理と少し顔を顰めている陛下の姿が居た。


「…一応お聞きしますけど、いつからそちへ?」

「北郷一刀が汝の肩にそっと手を載せた辺りからかの」


見るものは全部見たってことね。


「あ、あの…私、席を外しましょうか」

「いや、もう良い」


と言った一刀は私の手から両手を抜き出して今度からは取られまいと袴の懐に詰め込んだ。


「偵察の報告が来たのか」

「あ、はい。その話なのですけど……」

「…何だ?言え」


凄く言いにくそうな仕草の愛理を一刀が促すと、愛理は一度深呼吸をして斥候からの報告書を読み上げた。


「五丈原に武装している敵の数はおおよそ三千」

「三千?」


私が連れてきた五千よりも少ない?そりゃ地の利がある分三千で不足はしていないはずだけど、となると残った西涼軍は稟の方に集中しているということになる。それともそこまで西涼は戦える兵の数が少ないということかしら。


「はい、そしてその中には子供や老人たちの姿も多数見えたそうです」

「なんですって?」


子供や老人を戦場に立たせたというの?


「偵察によると、正式な武装をした兵士はせいぜい三百ほど。残りは中原では徴兵もしない子供やもう五十を越えた老人だったそうだ。子供たちは寸法も合わない甲を着て、先を鋭くした竹槍を持たされたばかりだそうだ。」


陛下が顔を真っ赤にして言い加え、私はかを顰め爪を噛んだ。


「一体どういうことだ!何故まだ親に守られるべき子供たちまで戦場に出されたのだ!」

「恐らく正式に訓練した兵士だけでは足りないから、五丈原の住民を戦線に立たせたようだな。既に内乱などで多くの若い男たちを徴兵したはずだから、村に残ってるのは女子供、老人が多いはず。今回は男なら子供や老人まで強制的に徴兵したのだろう」


それに比べ彼はいつもと変わらない顔で淡々と状況を分析した。


「そこまでする必要があるの?」

「戦に負けては…国を失ってはどうにもならないからな。小僧でも老人でも使えるなら使うってことだろう」

「老兵ならまだ判るわ。西涼の老兵なら引退したと言ってもそれなりの軍での経験があるはず。だけで少年兵ですって?そんなのただの…」

「…壁ですね」


愛理が『壁』という言葉をぼそっと使うと私は目を丸くした。


「その通りだ。奴らは子供たちまでも…自分たちの地の未来までも使い果たそうとしている。こっちから西涼の全てを燃やし尽くす前に、自分たちの手でこの地を滅ぼすつもりだ。戦わなければ勝てない。しかし戦って勝ったとしても、これを勝利とはいえないだろう。攻める側としては一番厄介な防衛の仕方だ」


私がここに来た目的は司馬懿に会う事。無駄な戦い、ましてや子供たちの血は要らない。


「降伏を勧告するのはどうであろう?相手がそんなに必死に防衛しているのなら、こちらからの勧告に応じる可能性も…」

「向こうの馬騰は華琳のことを目の敵に見ている。降伏勧告に使者など行かせても首だけ帰って来ればまだお優しいぐらいだ」


一刀の言う通り降伏は考えられない。ここを越えて馬騰のいる天水に行かなければこの戦は終わらない。そのためにはなんとしても司馬懿との決着をつける必要がある。だけど正面から戦うことはやりたくない。


「…司馬懿に会いに行くわ」

「ダメだ」

「しかし…」

「大将が単騎で敵地に乗り込もうとする場面を放っておくと思っているのか」

「戦と関係のない子供たちを犠牲にするわけにはいかないわ」

「自分の意思にしろ、他意にしろ、一度戦場に立ったならそれはもう兵士た。戦場に男も女も、子供も老人も関係ない。戦場に立つのは兵士だ」

「構わず全部殺せというの?」

「出来ないというのか?」


彼の冷たい言葉に私は息を呑んだ。


「戦には勝ちたい。でも人は殺したくない。そういう甘えた事が言えるのは桃香で十分だ。お前は覇王になりたいのではなかったのか?なら…」

「私に歯向かうと言って皆殺してしまったらそれは覇王じゃなくてただの虐殺者よ。誇りを失った英雄は殺人鬼にすぎない。私はこの戦に誇りを持てないわ。だから戦わない。戦わなくても司馬懿に会う方法があるはずよ」


一刀は私を睨んだが私は構わなかった。情に流されての判断ではなかった。それは確かに覇王として私が出した答えだった。


「…方法がないわけではありません」


その時、愛理が私の前に出てきた。長安であの事があった以来、愛理は少しずつ私の前に出ることを怖がらなくなっていた。


「元直」

「言ってみなさい」


一刀が止めようとしたけど、私が許可すると愛理は待ったかのように地図を出した。


「五丈原の防衛線は私たちの居る東方面の森の中にその大体の数が揃っています。しかし、偵察によると、ここ東北にあるこの地域は手薄です。少数の兵だけでここを速攻で突破すると、他の所から対応される前に本陣である砦まで辿り着くことが出来ます」

「例え突破出来たとしても死地に入ることは同じではないか。結局は捕らわれるだろう。死にに行くのと同じだぞ。丞相、いっそここで待とう。汝の本隊が天水を占領すれば、司馬懿にも後に会えるはずだ」


陛下が言うことは最もだった。けど、私が注目したのは愛理が印した場所だった。


「どうした?」


一刀が私の変な様子に気付いたのか聞いた。


「司馬懿の住んでいた小屋が居た場所よ」


防衛線で敢えてここだけ手薄にしたということはつまり罠ということ。


「それでも行くしかないわ」

「罠と判っていても行くというのか」

「行くわ。向こうから場を作ってくれたんだもの」

「…華琳、もう一度確認するが、司馬懿のせいで判断に迷いが生じるのなら」

「この目が迷っている目に見えるかしら」


私は地図から目を離し一刀をまっすぐ見た。一刀も私の目の奥迷いや、乱れた何かを探すかのように鋭く光っていた。だけど、私の心は確かだった。


「元直、体格の良い奴らで十人集めろ。何かあったら判断はお前に一任する」

「判りました」

「余も行こう」

「帝、お前が居てもあいつは迷わない。城一つまるごと燃やそうとする奴らは皇帝の位なんてものとしない。そもそもこんな所に来ている時点でお前には既に皇帝としての威厳などは残っていない」

「…連れて行かないと一言言ってもいいものを一々人の心を抉るでない」


半刻後、私と一刀は十数人の護衛を連れて司馬懿の小屋へ向かった。


<pf>


森は人の気配がまったくしなかった。本当にこの場所だけ私が来れるように残しておいたのだとすれば、それは司馬懿が私と話がしたかったからか、それとも…


「あなたには残っていて欲しかったわ」

「俺は今でもお前の馬鹿な話を十分我慢してやっている。だからそれ以上馬鹿なこと言うつもりだったらその口を閉じろ」


一応私がここまで来るのを許してくれた一刀だったけど、彼はとっても気が立っていた。常に周りに注意を払いつつ、手には袁紹を殺すときに使った銃が常に握られていた。。


「もし司馬懿が私を呼び寄せるのが『復讐』のためであるなら、私の身に何かあった時残った娘たちを預かってくれる人が必要だからね」

「そうならないようにするため俺がここに居る」

「仮に司馬懿が本当に私を殺しに来るとしたら、あなた一人で何が出来るの?」

「さあな、矢数本ぐらいは代わりに打たれてやるからそのうちに逃げろ」


これが彼なりの冗談なのか単に余裕がなくなっているせいで馬鹿な返事をしたのかイマイチ判らなかった。こんなに落ち着きのない彼を見るのも稀だった。


今私たちが歩いているこの森の道は、私が春蘭、秋蘭と共に司馬懿に初めて会いに行った時に通った道だった。そして彼女の顔も未だに私の頭の中にしっかりと残っていた。他の娘たちが聞くと妬むかもしれないけど、彼女は本当に美しかった。それも私が見た途端に惚れてしまうほどに。本当に彼女だけは私のものにしたかった。


でもその一方、どうしても思い出せなかったこともあった。


あの日、


彼女が私の所に来た日、


彼女を私のもとへ置くことが叶わないだろうと悟ったあの日、


私は彼女を『殺して』しまったのだろうか。


死ぬ覚悟で私のもとへ来て私の拒否した彼女を、私はありったけの宝と護衛を付けて帰らせた。だけど、果たしてそれは私が彼女を快く手放したからだろうか。それともあんなことになるであろうと判っての行動だっただろうか。


護衛に付いた兵士たちが宝と女に目が眩み、彼女を嬲り殺し宝を盗んでいくだろうことに、果たして私は気づかなかったのだろうか。それとも心のどこかではそれを判っていてあんなことをしたのだろうか。


思い出せなかった。あの頃の私は本当にそんなに恐ろしいことをするぐらいに、彼女に捕われていたのか。


再び司馬懿に会えたら、この心の中で終わらない問いの循環を止めることが出来るかもしれなかった。


「待って」


私の声に一刀は周りの兵士たちを止めた。


「この前よ」


この先の木を越えたら、森の中に残された司馬懿の小屋があった。


「ここからは私たちだけで行きましょう」


一刀は少し迷ってるみたいだったけど、


「什長、ここで待機。何か異常事態を察知したら直ぐに行動に移るように」

「はっ」

「…行くぞ」


そして私と一刀は二人だけで先へ進んだ。


木々を幾つが通ると、森の中に丸く小さく平地が広がっていて、そこには小屋一つが建っていた。


「あの小屋、確か燃やしたはずなのに」


司馬懿の葬礼の後燃やしたはずの小屋が建て直されていた。横には小さい野菜の畑もあった。


そして小屋のある反対側は、墓があった。土を盛り上げた周りに西涼では手に入らなかった高価な石を使って土台を囲み、墓石もまた貴族たちが使う贅沢な石にこう描かれていた。


『司馬家の最後の一人、仲達公ここに眠る』


「司馬仲達が最後だったのか」

「洛陽にいた司馬家の長女、司馬朗が政争に巻き込まれて死んだ時、逆賊とみなされて司馬家の九代が皆捕まって処刑されたわ。逆賊の名は以後外されたけれども、生き残った司馬家の者は本当に指に数える程度しかいなかった。それも一人一人死んでいって、残ったのは司馬懿だけだったけど…」


司馬懿が死んだことによって、天下の表側で司馬家は全滅したことになっていた。というのも、どこかには名を変えて生き残った司馬家が残っているかもしれないけど、それは私にとってはどうでも良い話だった。最初は司馬家の者だと聞いて欲しがった彼女だったけど、彼女に合った瞬間から、彼女が司馬家ということはどうでも良かった。


「と言っても、皆私が殺したと思っているけどね」


葬礼以来、一度もこの場所に来たことがなかった。来ることが出来なかった。


「あなたは私を恨んでいるのかしら」


私は毎日手入れされているようにきれいな墓石を撫でながら言った。


「その答えが出来る奴が、恐らくあの小屋の中でお前を待っている」


一刀が顎で後ろの小屋を指しながらいった。そう、最初から砦なんかじゃなくここで私を待っていたというわけね。


周りに人の気配もしないし。恐らく司馬懿が居るとしたらあの小屋の中でしょうね。


「行きましょう」

「ああ」


一刀はまるで警戒していないように両手を袴に詰めながらいった。だけどその中で銃が握られていることを私は知っていた。


墓と小屋には結構距離があった。百歩ほどまで小屋との距離を詰めた時、突然小屋の門が開いた。そして、


「死ね!曹孟徳!!」

「馬寿成…」


思いもしなかった、弓を射ている馬騰の姿に私が驚いていた一方、潜めていた銃を素早く両手で握った一刀は、何歩か前にで手片膝で座ったまま馬騰が矢を放つ前にそれを打った。


しかし、何発を打ってもその銃弾は馬騰に当たらず、小屋の壁を掠るだけだった。


「ちっ、華琳!」


そうしてるうちに馬騰の弓から矢が放たれた。


ほぼ同時に聞こえた一刀の叫びに私は反射的に横へ跳んだ。


矢が肩に当たるか否かギリギリな所を避けきった私は勢い余ってそのまま地面へ身を叩き込んだ。


「っ…大丈夫よ」

「華琳!」


一刀が何発が続けて馬騰を打って、やがて銃弾が次の矢を射ていた馬騰の肩を掠った。が、それも皮で出来た防具をちぎっただけだった。


「邪魔をするな!」


すると一刀の牽制が気になったのか馬騰は倒れている私に向けていた次の矢を一刀に向けた。


「ちっ!」

「一刀!」


続けて銃を引き金を引く一刀だったがもう弾がないのか銃声が聞こえなかった。銃を握っていたせいか反応が遅れた一刀は馬騰の矢を避けれず、矢は一刀の銃に当って銃を木っ端微塵に壊してしまった。壊れた銃の柄を手放した一刀の手から一筋の血が流れるのが見えた。


「……っ!」


無事だと思っていたけど、突然一刀は上着を脱いでそれで傷ついた手の方の肩を上着で巻いて締め付けた。


「まさか…矢先に毒が塗ってあったの?」

「ほう…見た目と違って目聡い奴じゃの」


誇りを第一に考える武人として、毒を使うということは一生の恥。ましてや馬騰のように一生戦場を駆け抜けた英雄が毒を使うなどと…。


「あれがお前が認めていた英雄の末路か、華琳」


一刀のわざとらしい余裕ありげな声に私は唇を噛んだ。


馬騰は以前世代で生まれた者達の中で私が唯一認める価値があると思った英雄だった。彼女を評価した私の目に間違いはなかったはずだった。そんな彼女がここまで落ちてしまうなんて…。


「血の流れを止めようだって無駄じゃ。西涼に住む蝮の毒じゃ。血管と通りながら周りの肉腐らせる猛毒じゃ。くたばるまであっという間じゃよ」

「貴様を殺すまでに目を開けていられれば良い」


一刀は馬騰に向かって突きかかろうとしたけど、毒が回ってきたのか道中で転んでしまった。


「一刀!」

「後は貴様じゃ、曹孟徳。仲達の敵を今この場所で償わせてくれる。それさえ叶えばこの場で死ぬとしても悔いはおらぬ!」


私が一刀のもとへ行くことを許さず次の毒矢を撃とうとする馬騰に私は『絶』を出し防御の準備をした。


が、


その時だった。


「それでは困ってしまいます」


その声、とても小さく聞こえたけど、私の耳に何故かその声がとてもしっかりと聞こえた。


「仲た…」


後ろを向いた途端、馬騰はそのまま扉の前でゆっくりと倒れていった。


そして馬騰のうなじに触れていたその真っ白い手の主が日光の前に姿を現すと、私は息を呑んだ。


「あなたは…」




「お久しぶりです、曹操さま」


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