二十四話
風SIDE
西涼軍が撤退した後、無事に渭水を越えた風たちは、川辺で少し兵を休ませていました。
というのも…
「あれは一体何をしているんですか」
「何も半月の間にずっと橋を建て終えられなくて溜まっていた欲求が爆ぜてしまったようですね」
真桜ちゃんとその工兵部隊が既に渡ってしまった渭水にまた橋を建て始めたのでした。それも凄く頑丈で、船が水の流れ通り動いても邪魔にならないように両側の川辺から橋を川辺の方に引っ込めたり出したりするような、結構細かいカラクリまで加えて建設していました。
「真桜に行ってやめさせるわけには行かないのですか。せめて一つだけにしてほしいと」
「その真桜ちゃんも積極的に橋建設を指示しているみたいなんですよね…既に造った船まで分解して橋の材料に使うほどですし。後三つぐらいは建てるそうですよ」
「明らかにそんなに要らないと思うのですけど…」
「まあ後に幾つか壊すにしても放っておいた方が良さそうですよ。工兵隊にはこれからも世話になるので、心に残りがあればちゃんと動けないでしょうし」
「あれをやってる自体体力の浪費だと思うのですが…もし西涼軍がまた攻めてきたら水を背負って戦うことになりますよ」
「その時は建てた橋を渡ってさっさと引けば良いのです。そして橋が壊されたらまた船と橋を造る作業に…」
「いつまで続けるつもりですか」
むげんるーぷって怖いそうですよ?
「仕方ないから今日はここで陣を張って、明日から進軍を開始しましょう」
「そうした方が良いと思うのですよ」
「私は春蘭さまと対騎馬戦のための用兵について話し合っていますから、風は真桜の見張りをお願いします。これ以上建ててたら本当日が暮れるまでへばっちゃって明日進軍出来なくなっちゃいそうで怖いですから」
「わかりましたー」
稟が行った後でも、風は目に見える速度で橋が建てられる様子を見ていました。思うと実戦でこれだけ早ければ防衛が来る前に完成出来たのではなかったでしょうか。
「失礼いたします。郭嘉さまはどちらにいらっしゃいましょうか」
「風が代わりに聞きますよ?」
なんか長安からの伝令が来たみたいですね。
「曹操さまよりの手紙です」
風は伝令から竹簡を受け取って内容を読みました。
「……むむっ…」
これは華琳さまも大変無茶をなさいますね。
いえ、それとも……。
「とにかく稟ちゃんに話さないといけませんね」
風は竹簡を持って稟ちゃんと春蘭さまの居る所へ向かいました。
・・・
・・
・
「霞がこちらに来ている?!」
「はい、何も明日まではこちらに着くそうですよ」
華琳さまの竹簡には霞ちゃんがこちらの軍に合流すると書かれていました。騎馬戦に慣れた霞ちゃんが指揮をした方が軍の混乱を防げるということでしたけど。
「そういうことなら最初から春蘭さまでなく霞を連れて来れば良かったではありませんか!」
「どうなっているのだ!霞までこちらに来ては五丈原にに付いていく将は北郷が新しく飼ってる子犬しか残らなくなるぞ!」
愛理ちゃんに付いて結構正しい描写を加えた春蘭さまが突然その場を去ろうとしました。
「ちなみに、もし春蘭さまがあちらに向えば縁を切るらしいですよ」
「んなっ!!」
「…華琳さまは一体どうなさるつもりなのでしょうか…」
風もこの状態にはちょっと心配になります。風がこんなんなのに稟ちゃんがどれだけ華琳さまの事を心配しているかは言わずも判ります。
「とにかく、こちらではもう華琳さまの動きに気にせず、風たちのやるべき事をやるしかありませんよ」
「っ…!華琳さまが危険な目に合うかもしれないんだ!例え縁を切られるとしても私は行く!」
「早まらないでください!華琳さまもきっと何かお考えがあってのこと」
「華琳さまをアイツにだけ任せては居られないのだ!」
「それじゃあ、春蘭さまは他に任せられる人が居たら、それで我慢して頂けるんですよね?」
「…何?」
そして、風は華琳さまのお考えについて風の考えを述べました。そしたら春蘭さまは納得して、稟ちゃんも複雑な顔をなさいましたが渋々納得しました。
そして次の日、予定通り霞ちゃんが到着して、風たちは再び西進を開始したのでした。
<pf>
そして進軍を再開して三日目、私たちが憂っていた敵騎馬の奇襲が始まりました。
「報告!右翼から敵騎馬隊の奇襲を受けています!」
「右翼を担当しているのは?」
「張遼将軍です」
「他所からの奇襲にも気をつけてください。春蘭さま!」
「判っている。季衣、右翼に向かうぞ!」
「はい!」
敵の騎馬隊の規模は少ない時は数十騎で多い時は二千騎程度。規模は少ないものの騎馬の突破力を最大に使いこちらの兵士たちを混乱させ、陣を乱します。被害も被害ですけど、騎馬の突破で陣が乱れてしまっては、他に潜んでいた敵の部隊も更に攻めてきて大きな被害を受けかねません。初期の対応が大切なのです。
「報告、左翼から敵の騎馬を確認!旗を見当たりません。現在李典さまの工兵隊が投石機を組み立てております」
「投石機の組み立ては間に合いません!前線で騎馬の速度を減らさなければまんまと突破されます!」
「稟ちゃん、後方からもやってきてるようですよ!」
「くっ!右翼の霞殿に後方の指揮を手伝ってもらってください!私は左翼へ向かいます!」
ただ問題なのは、こんな奇襲が日に何度も続くということ。それはもう昼夜を問わずに攻めてきました。このまま続くと、数日過ぎない間に将兵の疲れが溜まってしまいやがて陣を破られ大きな被害を受けることになるはずでした。
「西涼軍の騎馬隊、想像していた以上に凄いものでした」
奇襲が始まって三日目の夜でした。
奇襲と言えど、回数を重なれば守る側にも免疫が付くというもの。ですが将兵の疲れを考えればこれ以上守りの一点張りにしては天水に着く前に大被害を受けそうでした。
「真桜ちゃんが用意したアレを使いますか?」
「いえ、アレは敵との全面戦で使うための悲壮の策です。こんな小規模の奇襲で使うには勿体無いです」
「それじゃあもう一つの策を使いましょう。元々その方法で行こうと話し合ってたことですし」
「…春蘭さまが少し不安ではありますが、霞が居るならなんとかなるでしょう」
「それじゃあ、皆さん呼んできますね」
「お願いします」
敵の攻撃は神出鬼没ではありましたが、結局の所騎馬によった奇襲という単純なものでした。しかも敵にそれしか手がないと判っていれば、その手がもう通じないことを見せてあげれば、敵に残される手段は一つしかなくなるでしょう。
<pf>
蒲公英SIDE
渭水から撤退して、天水に向かって来る曹操軍に休む暇なく奇襲を掛けて三日目、次々の奇襲をしかけたという報告は聞こえてきたけど、敵の守りが堅く大した被害を与えられたという話は入ってこなかった。
「何回が続けば突破されるかと思ったのに、やっぱ強いんだな、あいつら」
お姉様が少し焦り気味でこう言ったけど、
「焦っちゃダメだよ。まだ始まったばかりだし。これでどんどん敵が疲れて来たらそれから被害を与えられればいいんだから。進軍速度も遅らせてるし。これぐらいなら順調だよ」
「…そうだな」
この限りない攻撃が効果を得始めるのは多分五日目ぐらいから。敵の兵の疲れがどんどん溜まって防衛が緩くなってる隙に被害を与えれば敵はやむを得ず後退を選ぶしかないはず。その時に全軍が突撃して敵を蹴散らしちゃうんだ。
それに、蒲公英には悲壮の手があるんだから
「安心しなよ、お姉様。蒲公英の計画が成功すれば、奴らはすたこらさっさと逃げるはずだから」
「お前の罠は五胡相手でも使えるからな。期待してるぞ」
「任せときなって!」
は敵がこちらの奇襲に偵察をする余裕もない隙に敵が来るだろう移動経路に大型の罠を造ってるんだ。これに嵌って敵が混乱してる隙に被害を与えれば敵の士気はガタ落ちだよ。
・・・
・・
・
敵に奇襲を仕掛けて四日目、今日はが馬家の人たちを率いて三番目に仕掛けることにした。の罠が成功すれば他に待機してる他の部族の皆も戦線に加える予定だからなんとしても成功させないと…。
「馬岱さま」
その時先に仕掛けるはず部族たちからの報告が入ってきた。
「どうだったの?」
「奇襲を仕掛ける予定だった部族が敵とぶつかる前に戦線を離脱しました」
「え?!」
敵の防衛が堅くて迂回したとかだったら判るけどそのまま逃げたってことじゃん?
「なんで?どういうこと?!」
「その部族からの連絡によると、敵が今までと違う陣形を張っており、今までと全く違う動きをしたので、そこの長が嫌な予感を察知して撤退したそうです
」
「違う陣形?それだけじゃどういう状況か分かんないよ。どんな陣だったの?」
「それが、今まで見たことのない全く新しいものだったらしく、兵法を良く知っている部族の参謀もどういう陣か判らなかったそうです」
なんか嫌な予感がするな…狡賢いことで有名な曹操の軍だし、本人が居なくても何をしてくるか分かんないし…。
「判った。とりあえず次に奇襲する部族にはある程度気をつけてって言っておいて。そして最初に仕掛け損ねた部族の長にも二番目の部族と合流して再度仕掛けてって言っておいて」
の策を使うためは敵が疲れていた方がいいの。せっかく準備したのに素通りされたら意味ないじゃん。
「了解しました。そのように伝えます」
そして兵士は去った。
それから二刻ほど時間が経って、そろそろ二つの部族が曹操軍を攻めているだろうと思っていた所、また報告が入ってきた。
「報告します。奇襲をしかけた両部族とも壊滅」
「なんですって?!」
「反対側から挟撃した両部族とも敵の陣に囲まれて壊滅されたようです。生き残った数は少数です」
「一体どんな陣形だったのよ。両側から攻めてくる騎馬を同時に包囲できる陣形なんて聞いたこともないわよ!生き残った人たちも分かんないの?」
「判りません。生き逃れた数も数十人しなく、他は死んだか捕虜にされたでしょう」
「んああ!もう!!」
これじゃあ敵がイキイキしちゃうじゃない。どうする?諦めちゃう?でも、敵の動きから察するにこれ以上こちらの奇襲が効果を得るとも限らない。ここで敵の士気を落とさなければ天水まで素通り。
やっぱがやるしかない!
「旗を用意して」
「馬岱さま、しかし…」
「敵は今士気が上がってるから、今までと違って馬家の将が出たら積極的に討ち取ろうとするはずだよ。それを利用して蒲公英の罠に嵌らせてやる!」
「危険すぎます」
「ここで引いたらもうわたし達に二度と機会がないかもしれないんだよ。とにかく蒲公英の言う通りにして。お姉様には言わなくて良いから」
私が無茶すると思ったらお姉様がやってくるかもしれない。
「他に連動する部族の長たちにも現状を伝えて、わたし達が失敗すれば助けようとせずに撤退してお姉様と合流するように言っておいて」
「…承知しました」
<pf>
稟SIDE
「上手く行って良かったですね」
敵の奇襲を防いで、なお包囲し壊滅することに成功した我軍は、これで敵の判断を遅らせることが出来るだろうと思い一度休憩しました。疲れが溜まって下がっていた士気も今回の勝利によってある程度上がったようです。
「しかし、なんやったんや。この陣は?こんなの兵法書でも見たことあらへんで」
「ないに決まっている!これは華琳さまが自ら造られた陣形なのだからな!」
何故か春蘭さまが誇らしげに仰りましたがその通りでした。
「春蘭さま、誇らしげなのは結構ですけど、あまり騒がないでもらえますか。季衣ちゃんが起きてしまうので」
「ああ、うん、すまん」
まだ幼い身体でとっくに限界を迎えていた季衣は風の膝を枕にして寝息をたてていました。
「八門金鎖陣。華琳さまが孫氏の兵法書を要約して居られる時期に考案されたという陣形です。兵たちを機敏に動かせることによってあらゆる攻撃に反応できる、兵の練度と将の指揮によっては無敵万能となりうる陣形です」
「で、稟ちゃんはなんで華琳が造った陣形を知っていたん?」
「華琳さまが新しく書いておられる兵法書を監修する機会があったのです。そこでこの陣を見つけて覚えて、華琳さまの許可を得て兵たちの訓練内容にも取り入れていました」
とても扱うことが難しく、実戦で使う機会がなかったのでちょっと使う場面を惜しんでいましたが、少数の騎馬隊の奇襲が来ると判っていた時点で丁度良い練習の場になりました。結果も成功的でしたし。
「はちもんきんさい…どっかで聞いた名前なんよな…どこやったっけな…」
真桜が手で顎を掴みながら考えてましたが、聞いた名前なわけがありません。これは華琳さまが造られた陣形ですし、実際に使ったこともなければ誰かに見せたこともないって仰ってましたから…。
「これで敵も小規模な奇襲はもう仕掛けてこないでしょうね。少なくとも今日はもう奇襲は来ないでしょう」
「そうですね。今日は久しぶりに兵たちを休ませて、明日から進軍を再び開始しましょう」
「まあそういうことならウチも寝させてもらうわ。最近昼夜問わずに防衛戦やったからな…」
風と私がそう話をすると、第一に霞が座った席から立ちました。
「弛んでいすぎだぞ、霞。軍師たちはああいうが、こちらが油断してる隙にまた仕掛けてくるかもしれんぞ」
「あーはいはい、わあってるって。でも今ウチ本当疲れてるんや」
実際霞は奇襲が続いてる間にほぼ眠れずに騎馬隊の対応に四方に動いていましたからね。この中で一番疲れてるのは今霞でしょう。
「今ウチの休みを妨げる奴が居たら、ウチが第一に出かけて木っ端微塵にして…」
「報告します!」
「…やるわ」
霞の話が終わる前に偵察に送った兵士が帰ってきました。
「五里先で馬家の旗を擧げた騎馬隊を確認。こちらへ向かってきています!」
「旗をですか?」
しかも、まさか馬超が自ら…?
「数はどれぐらいですか?」
「数は一千程度です」
数は今までとそんなに変わらず…馬超ではないのでしょうか。
「直ぐに陣形を準備してください」
「いや、ちょいまちな」
私が休憩の終わりを知らせようとしてた所に、霞が言いました。
「相手が大将ならウチが行って片付けるわ」
「霞、しかしさっきは疲れていると言ったではありませんか。無理しない方が…」
「いや、ウチが行く。ウチはな、ああいう空気読めん奴って大っ嫌いなんや。それにこの軍の兵士たちは本当休まんとアカンや。ウチの騎馬隊はだけ行っても十分や」
「……本当に大丈夫なのですか」
「ああ、大丈夫や。今までは防衛しなきゃアカンからちゃんと動けなかったけど、騎馬と騎馬のぶつかり合いならウチだって負けるつもりあらへんで」
「…判りました。ではお願いします」
「おうよ」
霞はそう言って自分の部隊を集めに向かいました。
「霞の奴、大丈夫なのか?結構無理しているように見えたのだが」
「…春蘭さま、万が一のために、春蘭さまも騎馬隊でいつでも出陣出来るように準備してください」
「判った」
そう答えて春蘭さまが行こうとする途中、風の側で眠っている季衣を見つめては、起こしはせず頭を何度か撫でてその場を去りました。
「まだこんなこと言うには早いとは判っていますが、簡単すぎますね」
春蘭さまが行った後、私は風に言いました。
<<てめえ今これが簡単に見えるか?頭おかしいんじゃねえのか>>
「真剣に言っています」
「…まあ、これが稟ちゃんと風の本領ってわけですよ。そして本気になった稟ちゃんを止められるほどの人材が西涼にはなかったということでしょう」
「しかし、長安であの戦術を使った敵は綿密に策を実行していました。あれほどの者が側に付いてるなら、敵も奇襲一択だけで攻めてくる単調な動きはしなかったはずですが…」
「長安を失った罰で斬首されたかもしれませんね。或いは馬超の側に長安太守がいないとすれば…」
「……」
五丈原に?
その時一刀殿が言った言葉が脳裏をよぎりました。
『…それじゃあ周りに助けるための仲間が居てもアイツには敵わない』
アイツというのは、長安太守を指していたのでしょうか。一刀殿は、本当は長安太守が誰なのか知っていたのでしょうか。
「うみゅ……あれ?春蘭さま?」
「あ、季衣ちゃん、起こしちゃいましたね」
眠っていた季衣が風の膝の上から目を開けました。
「…春蘭さまはどこに行ったのですか?」
「後方で出陣の準備をしています」
「出陣…また奇襲ですか!」
「違います。向こうから来ている敵をこちらからも前に出てぶつかるつもりです。出陣する主将も霞で、春蘭さまは万が一の場合のために待機してるだけです」
「…ボクも一緒に準備します」
「季衣ちゃんはもうちょっと寝ていても大丈夫なんですよ」
「せや。あんまり無理すると…」
「無理なんてしていません!」
突然叫んだ季衣に私も、風も真桜も驚きました。
いつも春蘭さまの後を追う可愛い子だとばかり思っていたのでそんな怒気の篭った声は聞いたことがありませんでした。
「あ…ごめんなさい。…ぼ、ボク、春蘭さまの所に行きます」
自分も驚いたのか季衣は慌てながら場を去りました。
「びっくりしたわ…」
「季衣ちゃん、だいぶ疲れてるみたいですけど、大丈夫なんでしょうかね」
「……自分から大丈夫だと言ったです。それで戦場で問題が起きると言っても自己責任です」
「まだ子供やで。そんな風に言うのは…」
「戦場に立つという行為の意味はそういうものです。幼いだとかそういう言い訳は通用しません」
「ぅ……」
それよりも、気になるのは今来ている旗を挙げている部隊ですね。今まで奇襲の時は旗を擧げずに仕掛けてきました。わざわざ味方の壊滅を聞いた後に旗を挙げて来たということは…何か裏があるということ。
「真桜、捕虜の警備をもっと厳しくするようにお願いします。後敵が乗ってきた馬は全部斬ってください」
「でももったいないやん?」
「西涼の兵士たちは常に馬と一体になって戦うと言います。馬も自分の主でなければ乗せません。生かしておけば捕虜の脱出に役立つだけです」
「…あい、判った。んじゃあ、ウチも行くわ」
内部で混乱を招かれる可能性もこれで絶ちました。後は霞のやり次第ですね。
<pf>
蒲公英SIDE
敵の陣地から結構近い所から様子を見ていたら向こうの騎馬隊が出てきた。
「げっ、張遼!」
神速の張遼は西涼でも有名で、奴の騎馬隊は西涼の精鋭たちとやりあっても決して劣るものがなかった。
出てくる数もこちらより上だし、このまま戦っちゃうのはマズイよね。
「いや、逆に考えよう。ここで張遼を罠に嵌らせば曹操軍の戦力もガタ落ちなはず」
報告でも騎馬隊の奇襲を止める場には必ず張遼が居た。他の曹操軍の将たちは対騎馬戦には慣れていないんだ。張遼さえいなければ曹操軍も歯が抜けた虎も同然!
「張遼隊に向かって突撃!少し戦った後に罠が仕掛けてる所に撤退するよ!」
騎馬同士の戦いでも大事なのは速度。中原の馬じゃあ、西涼で育てた馬より質が落ちるはず。
両軍ががどんどん距離を縮めると張遼が先頭に出ているのが見えた。
「張遼は相手しないで!他の兵たちはまだ疲れてるはずだから速度を重視して戦って!」
皆にはそう伝えては張遼を相手しに向かった。
「ん?なんだ、馬超じゃないやん」
「お姉様じゃなくて悪かったわね、サラシ女!」
「まあ、せやな。いきなり大将がこんな規模で来るわけあらへんし…けど、それならあんたは何で来たのかな?」
「……」
張遼は勇将でも有名だけど、頭も冴えてる。ここで罠がバレたら全部パーになっちゃう。
「な、仲間が捕まってるから助けに来たに決まってるでしょう?あんたの所と違って、ウチは仲間たちを大切にしてるんだから!」
「んな事言う連中が長安を燃やす企みなんてするん?」
「あれは…!」
張遼の指摘に私は返す言葉がなかった。
司馬懿という女がそんな策を使ったことは判ってたけど、おば様があの女を支持してる以上、わたし達の責任じゃないとも言い切れなかった。
「西涼連盟と落ちたもんやな。勝つためには民を犠牲にしても構わんてか」
「う、うるさい!そんなこと言うならそもそもあんたたちが攻めて来なかったらこんなことにはならなかったんだから!」
「せやろか?聞くと馬騰ももう無理っぽいしな。馬騰が死んじゃったら、また西涼内部での覇権を争う内乱が始まるだろうってことぐらい、あんたでも判るやろ?」
「うっ」
「もう認めや。馬岱。あんたら西涼を治める時代はもう終わったんや。これ以上被害を広げないで降参しい」
「誰があんたたちなんかに…!」
は騎乗で槍を打ったけど、張遼の偃月刀の方が早かった」
「くぅっ!しびれる…!」
「あんたじゃウチには敵わへん」
「っ!いくらあんたが張遼でも、中原の腰抜け騎馬隊で蒲公英達には勝てないよ!」
「へー、何やらやってみるか?」
よし、乗った!
「ばーか!ばーか!誰があんたみたいな馬鹿力とやりあうか!全軍撤退!」
信号と共に戦っていたうちの騎馬隊が撤退を始めた。
「逃すな!追え!」
張遼の部隊もこちらを逃さないと追いかけてきた。
って、思ったよりあいつらの馬も早い!
「皆全力で走って!罠を発動する距離を維持しなきゃいけないから!」
は張遼隊を罠をしかけた場所まで連れ込んだ。敵が前ばかりを見て最初は気づかないうちに、幅がどんどん狭くなっていくこの峡谷は、気づいた時にはもう遅い、死地だった。
こっちの皆が罠の位置を抜けた時、私たちは反転した。
張遼隊はまだまだ走ってきている。
「今だよ!」
私が峡谷の上から信号を送ると峡谷の上で準備していた部隊が谷の上から岩を落とし始めた。峡谷を防ぐとかそんな規模のものじゃないけど、敵の騎馬隊の腰を折ることが出来た。
「んなっ!」
「罠第二弾、発動!」
落石の前を走っていた張遼との周りの十余騎程度の騎馬が居る地盤はその下を掘った後、格子縞で組み立てた竹の上に更に革を敷き、土で隠した罠だった。格子を支えていた支えが止まった馬たちと落石の衝撃を耐えきれずに壊れてしまうと、張遼とその部隊はその下にあった泥沼に落ちてしまった。
「ちっ、しまったか!」
「今だよ、皆!張遼隊を仕留めるよ!」
たちは泥沼で動けなくなっている張遼隊を仕留めるために張遼隊に向かって突撃した。
これでたちにも勝機が出来るはず…。
「…った!!!」
あれ?今なんか聞こえたような…馬の走る音で良く聞こえなかったけど…
「ちょっと待った!!!!」
「って上から!?」
大きな叫びは驚くことに上から聞こえるもので私は思わず空を見上げた。
あろう事か、空から飛んでくる人の姿が見えていた。
「ちょっ!何アレ?」
あまりにも驚きに私は馬を止めてしまった。そして私の動きに合わせて他の皆の突撃も止まってしまった。
「惇ちゃん?!」
「貴様らああああああぶっ!」
空から降ってきたそいつは張遼隊が嵌っていた泥の方に頭から突っ込んだ。
…いや、待って。どうやって飛んだのかも知りたいけど、あれって死んでない?いくらなんでもあんな高さから落っこちて生きてるはずが…。
「うああああああ!!!」
嘘、立った!
そして泥沼から足で抜けてきたそいつは誰でもなく、曹操軍の大剣と呼ばれる夏侯惇だった。
「春蘭さま!!大丈夫ですか!!」
後ろの方からそんな声が聞こえた。
「ああ、季衣!丁度良い所に投げてくれた!」
「投げたん!?あの娘アンタのこと投げたん!?どうやって!」
「足を握ってこうぶんぶんと回して投げてもらったぞ。落石と貴様の騎馬隊が右往左往してるせいで直進で助けに来れなかったからな」
「阿呆か!死ぬわ、普通!」
人をあんな飛距離まで投げられないわよ、普通!
「貴様ら…良くも霞をこんなお子様みたいな罠に嵌めたな!こんな私でも引っかからないように罠に良く霞を…!」
「あんたウチを馬鹿にしに来たんや!助けにきたんや!どっちや!」
「この先一歩でも踏み込む奴は私が馬ごと首を斬ってやる!華琳さまに任された将兵の命!貴様らの卑劣な罠に落とさせはしないぞ!」
空から飛んでくるというとんでもない登場と、声から感じる怒りと覇気に、私を含めた騎馬隊の皆は気が折れてしまった。
そうしてる間にも張遼隊の皆は馬を捨てて一人一人沼地を脱出してきた。
「見苦しい所見せたな」
「全くだ。貴様、この話は後で皆と一緒に大笑いしてやるぞ」
「好きにしい。じゃあウチはあいつらを蹴散らして先に鬱憤晴らしとくから」
「ああ」
曹操の大剣、夏侯惇と神速の張遼。
この二人が共に立っている様に、は突撃命令を出すことが出来なかった。
「…ば、馬岱さま、谷の上を…!」
「上…あっ!」
谷の上を見ると、既に曹操軍の旗が立っていた。いつの間に落石も止んで下からも騎馬隊がやってきていた。
「て、撤退!撤退して!」
既に機を逃してしまったは、一騎当千の将の二人でも片付けようと皆に突撃せよと言える勇気はなかった。そしての命令を待っていたかのように、部隊は反転して峡谷の反対側に逃げはじめた。
<pf>
春蘭SIDE
「惇ちゃん!!この馬鹿野郎!おかげで助かったで―!」
「うわっ、抱きつくな、馬鹿!まだ戦場だぞ!痛いって!」
「うはは!空から、空から飛んできてな!頭から泥に突っ込んで…あはは!!」
奴らが去った後、霞は泥まみれになっている私に本当に嬉しそうに抱きついて私を揺らした。
「春蘭さま、霞さま!」
そして落石が終わって後ろに居た季衣たちもやってきた。
霞が敵を深追いするのを確認した私は部隊を分けて谷の上を確認するようにした後に季衣と直ぐに霞の隊を追いかけたが、途中で霞隊の騎馬で落石に右往左往しているのを見て霞が罠に嵌っていると確信した。なんとしても前に行かないといけないと一人で呟いていたら、突然季衣が自分の武器を捨てて代わりに私の足首を掴んでぐんぐんと回してはこっちに飛ばしたのだった。
「素晴らしかったぞ、季衣」
「阿呆か。落ちたのが沼じゃなきゃ死んどるわ!」
「そ、そうだったんですか!ごめんなさい!ボク、春蘭さまなら大丈夫だろうと思って…」
「当たり前だ!泥沼だったからわざわざ突っ込んだだけで固い地面だったら剣で衝撃を受け流して腕一本折れるぐらいに抑えている!」
「助けにならんちゅうねん!
とにかく、瞬時の季衣の力添えがあって、なんとか霞を危機から助けることが出来た。
「あぁ…とにかく危なかったわ。あんがとな、惇ちゃん」
「全く、こんな簡単な罠にハマるなんて貴様らしくないだろ」
「ああ、あとついでにもう一つ頼んでええか?」
「なんだ?」
「ウチちょっと寝るから陣地まで頼むわ」
と言った途端、霞は突然私の方に倒れた。
「霞さま!」
「…いや、大丈夫。寝てるだけだ」
霞は私の胸に抱かれたまま気絶していた。本当に限界まで疲れが溜まっていたのだな。お前には無理をさせた。
「戻るぞ。稟が待っている」
「はい」
「さっきのは素晴らしかったぞ。季衣」
「えへへ…ありがとうございます。ボク役に立ちました」
「当たり前だ。お前はいつも役に立っているだろ」
「…そうですよね」
こいつも疲れているのか、と思いながら私は霞の隊も連れて本陣へ戻った。