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二十三話

愛理SIDE


再び西涼への出征が決まった夜、私は自分に任された仕事をいつもよりちょっと早めにこなして暇が出来てしまいました。一刀様の所に行こうかなとも思いましたが、華琳さまがずっと側に居るので凄く行きづらいです。お二人の中の重い空気はもうなくなりましたけど、鎖はなぜかそのままになっていて、一刀様もそれについて文句を言わない様子でした。他の皆さんも明日の出征の準備で皆忙しいので一人で早く終わっても一人ぼっちです。


霞さまが暇かなぁとも思いましたが、あの方の所に行くと酒を飲まされそうで嫌です。酒は苦いので嫌です。


仕方がないのでお茶の湯と茶っぱを持って一人で東屋に行って夕空を見上げながら寂しいお茶の時間です。お菓子は一刀様がないと食べられません。私だけだと尽きるまで食べ続けるので駄目だそうです。


……聞いてた時には気付きませんでしたけど、五丈原に行くのは華琳さまと一刀様を除けば私と霞さまだけ。しかも霞さまの場合もしかしたら皇帝陛下の護衛に回って長安に残ることになるかもしれません。連れて行く兵も五千程度で、他は全部渭水側に回されました。これは華琳さまの采配で、五丈原を通るためには数が少ない方が寧ろいいので、本筋になる渭水の方に兵は集中させる中、西涼の五丈原の守りが手薄なら速やかに突破して天水まで襲いかかるんだそうです。


でも、私は分かります。一刀様と華琳さまは五丈原を越えるためにあそこに向かっているわけではありません。五丈原こそが、お二人の目的地なのです。


そしてそこに行く目的は……。


<<おい、そこの可愛い子ちゃん。飴上げるからおじさんについておいで>>

「え?」


後ろを向くと風さまが片手で自分の口を飴で隠しながら、てっぺんに載せた宝譿さんを揺らしながら腹話術をしています。そしてもう片方の手は私に飴を差し伸ばしていました。


「あ、ありがとうございます」

「そんなホイホイと飴ちゃんに釣られちゃう愛理ちゃん、可愛いですね。愛理ちゃんだと飴十個あげたら敵に味方の情報全部漏らしちゃいそうですね」

「そこまで見境なくはありません!?」

「今履いたパンツの色を教えてくれたらこっちの飴も差し上げましょう」

「し…言いませんから!」

「一瞬言いかけましたね?」

「……あう」


あれ?もしかして私本当に甘いの釣られて機密漏らしたりするんじゃないかな。そしたら本気でマズイですよ?!


「そんな見境ない娘からは飴ちゃんを没収します」

「ひいん…」

「風もこれで飴ちゃん最後なんですよ」


上げると言って取るのが一番卑怯です。


「風さまはどうしてここに居るんですか?明日の準備があるんじゃ…」

「稟ちゃんと西涼軍との戦いで使う戦略の再度確認をするぐらいしか風はやることがなかったのですよ。稟ちゃんは総軍師なので他の将たちの報告も待たないといけないんですけどね」

「…手伝わないんですか」

「風は手伝うと言ったのですけどね。面倒くさかったので…」

「」

「というのは冗談で…稟ちゃんに要らないと言われて追い出されたんですよ。最近の稟ちゃんはとても余裕のないように見えて風はとても心配なのです」


長安での采配も評価されず、昼には一刀様の罵倒に加えて華琳さまにまで叱咤されました。今の稟さまは相当精神的に追い詰められている感じがしました。


「稟ちゃんは最近ずっとお兄さんの影に塞がれてちゃんとした活躍が出来なかったのですよ。思えば最初にお兄さんに出会った時も、本来太守である稟ちゃんと風が城を守るべきでしたが、お兄さんが突然現れて単身で敵を追い返しましたからね」

「でも、その後劉備軍と挟撃しようと考えたのは稟さまと風さまだと聞いていたんですけど」

「それも凪ちゃんが居てくれたおかげでしたね。閃いたのも風でしたし。長安の時も愛理ちゃんの報告がなかったら長安に今以上の被害を負われたでしょう」

「でも、集まった情報を如何に使うかというのが軍師の努めです。情報が判らないも、判った後の対応も、稟さまの采配に問題はありませんでした」

「『問題はなかった』、『判った後』、そういう風に考えること自体が、華琳さまの期待には及ばないものなのかもしれませんね」

「そんな…軍師は神じゃありません」


誰もが一刀様みたいにできるわけではありません。


「でもそれが神のみぞ出来そうなことを平然とするお兄さんが華琳さまの側には居るのです。そんな人がずっと付いていたとしたら、幾ら稟ちゃんが軍略に卓越でも、稟ちゃんが華琳さまの目に適わないのも仕方がないことでしょうね」


稟さまだって決して凡才なわけではありません。だけどその秀一な実力さえも、一刀様の天の才能という影に塞がれて華琳さまには届かないということでしょうか。


「もしこのまま稟ちゃんが西涼側についてしまったりしたら、きっと優待されるでしょうね」

「えっ!?」

「冗談ですよ。稟ちゃんは華琳さま一筋なのでそんなことはできません」

「質の悪い冗談はやめてくださいよ!」

「愛理ちゃんは弄り甲斐がありますからね」

「もうー!」


風さまのこういう所はちょっと嫌いです。


「でも、大丈夫なのでしょうか、稟さまは。今日のことが気になってもし戦場で失敗したら…」

「まあ、稟ちゃんを知らない人ならそういう心配をするのも無理はありませんね」

「はい?」


風さまがゆっくり飴を口から退かせると、風さまの口は小さく笑っていました。


「長安城の時みたいに人事に外れた策略でなければ、軍略に置いて稟ちゃんを追い抜く人なんていませんよ」


<pf>


風SIDE


お兄さんに会うその前の夜、風は日輪を支える夢を見ました。


風は風の真名みたいに気まぐれなのですよ。あっちからこっちへとゆらりゆらりと動きながら旅を続けていたのは、仕える方を探すためだとは言いましたけど、実はどこか一つの場所に居ることよりも、あのままどこにも縛られる旅を続けることを望んでいたのかもしれません。


だけど、風が曹操軍に仕えることになったのは、稟ちゃんが居たからですよ。一緒に旅を始める前から、稟ちゃんは華琳さまに仕えようと心に決めていたのですよ。風はいつも稟ちゃんがどれだけ華琳さまのことを愛されているか、聞かされる、まるで酔っ払った人の話し相手のような役割を毎晩のように任されていたのです。星ちゃんが居た頃はメンマの話まで加わって、風がいつどこでも居眠りが出来るようになったのは、あの二人の話から耳を休ませるためだったのです。


とにかく、稟ちゃんの華琳さまへの愛は確かに深いものですよ。そしてそんな自分の足りない所を補うために、見聞を広げようと旅をしていたのです。稟ちゃんは桂花ちゃんやお兄さんが華琳さまに直接会うずっと前から華琳さまに仕えるために自分を磨いていたのです。


だけど、どうもそんな稟ちゃんの想いは華琳さまの方には届かなかったみたいです。


稟ちゃんが華琳さまに会わずに旅をしている間、お兄さんや桂花ちゃんみたいな人は直ぐに華琳さまの元に行って華琳さまのために知謀を振り絞りました。その中でも、経験があって、実力の向上があったのでしょう。だけど、だからと言ってそれが稟ちゃんの実力を低く見る理由になるのではないと思うのですよ。


現に稟ちゃんは……。


自分の戦場では無敵なのですよ。


「予想通りに渭水の向こう岸で待ち構えていますね」

「地の利を持っているものとして当然の動きです。これまで出来なければ馬超は馬騰の娘という看板だけで軍を指揮しているただの雛に過ぎません」


渭水を前にして、反対側に陣取っている馬超の軍勢を確認した風たちは、一度渭水の下流にあるとある港で陣を張って待機するようにしました。特攻を仕掛けるにもそもそも移動のための船を調達しなければ渡ることも出来ませんからね。


けど、船が調達出来てもこのまま河を渡ろうとすることは自殺行為なのです。相手が向こう岸で待ち構えていると判ってる以上、敵がこちらが無防備になる渡河時を狙われることは火を見るよりも明らかです。数で勝っている分、ある程度の被害を受けても特攻することも出来ますが、そんな猪突な策では軍略家の名が廃るというものです。


「予定通りに行きましょう。ここでゆっくりと渡河のための準備をします」

「はいー」


<pf>


馬超SIDE


「本当にあの女が言った通り渭水に来たな」


渭水の反対側に陣取った曹操の軍勢を見ながらあたしは呟いた。五丈原にも兵を分けたって話だったのにまだあれだけあるのか。多いな…。


いや、弱気になってる所じゃない。あたしの手に西涼の皆の命がかかってるんだ。


そして、母様も…。


「しっかし、一向に動く気配を見せないな。もう陣取って丸一日だぞ」

「そりゃあ蒲公英たちがここで陣取ってるのにバカ正直に突っ込んで来るわけないでしょう?だから一度隠れて渡河してる途中に奇襲しようって言ったのに」

「う、うるさい!あの時は、ちょっと頭に血が昇ってたんだよ」


それにしても司馬懿あいつ…ここの防衛さえなかったら今直ぐにでも殺してやったのに…!なんてことをしやがってんだ。


「言っておくけど、焦っちゃ駄目だからね?相手が時間を惜しんで無理に渡って来ようとするのを討つのが目的だから、お姉様が先に川渡ろうとかそんな馬鹿なことは絶対、ぜーったいしないでよね」

「幾らあたしでもそんな真似するか!」

「あいて!」


側に要らない心配で煽りを入れてくる従妹の蒲公英にあたしはけんこつを食らわした。


「痛い!何すんのよ!」

「お前が馬鹿なこと言い出すからだろ!」

「だってお姉様そんなにそんなことやりかねないし…あぶな!」

「避けるな!」


じゃっかん八つ当たり気味に蒲公英を追いかけた後、あたしはまた丘の上で川の向こう岸を確認していた。


「蒲公英、他の港も見張ってるんだよな」

「心配ないよ。渭水でこっち側に建ってる港は全部占領してるよ」

「向こうで敵を確認出来なかったらこっちに兵を回すように言ってくれ。多分こっちが本隊だから、特攻してきたらここで迎え撃つことになる」

「判った」


そうやって蒲公英と話してる間に馬家の兵士の一人があたしたちの所へ来た。


「馬超殿!敵が渡河を準備しているようです」

「なんだと?!」


あたしは驚いて向こう岸を見た。でも、向こう岸にはまだ船も浮いていなかった。


「まだ船もないじゃないか!びっくりさせんなよ!」

「ここではありません。ここより下流に更に10里ほど行った場所で、二千程度の軍勢が渡河を試みています」

「なんだと?!」

「ちょっ、ここが下流で一番下の港じゃん!どこでそれだけの船を調達したの」

「事前に造っておいた小型の船を岸で組み立てているようです。小型と言っても一隻に二十人は乗れそうな規模です」

「五百ほど向こう岸に配置しろ。渡る前に動きを封じればいいんだ!」

「馬超殿!」


その時もう一人の伝令がやって来た。


「報告します。渭水の上流で敵が橋を建設しています」

「橋を?!」


幾ら上流の方が幅が短いと言っても橋なんて建ててなら何日もかかるはずだぞ?


「事前に橋の構造物予め分けて組み立てておいて岸から岸まで一気に組み立てようとしています。上流に駐屯していた部隊が阻止しに向かっていますが既に橋が半分以上建設されて、更に向こう岸から敵が投石機を使ってきていて対応に手こずっています」

「蒲公英、お前が行け。上流に橋なんて建たされたらあっという間に川を渡されてしまう」

「判った」

「馬超殿」


次から次となんだよ!!


「今度はなんだよ!」

「中流付近で敵の小部隊が三つほど各々何かを組み立てている様子を見かけました。今は警戒だけしている状態です」

「お姉様、どうするの」

「こいつら、一体部隊を幾つに分けてるんだよ」


一つの部隊でも隙が出来れば川を渡されて陣地を造られたら後はあっという間に雪崩込んでくるはずだ。


「なんとしても止めろ。橋でも船でも渡ってくる前に壊してしまえば良い」

「でも、こっちには相手よりも兵の数が少ないよ。どこでも薄い所が出来たら敵はあっという間にそこを突いてくるよ」

「くっ…」


こういう細かい指揮はあたしの専門じゃないんだよ。


「各部族長たちに告げろ。なんとしても自分たちに任された場所は守れって。ここに集まってる部族も更に分けて渭水の要所に配置し直すから」

「判った」


数を信じて特攻して来たら大被害を与えるつもりだったのに、こんな小賢しい事して来るなんて…曹操はなんて厄介な事部下指示してくれたんだ。


<pf>


風SIDE


「なんでこんな細かい分け方をしたんだ!大勢に特攻すればもうとっくに渡河できてるだろ!」


川を置いて対峙して三日ぐらい経った頃、我慢ならなかったのか、春蘭さまがやってきて川の見える所で地図を見ていた稟ちゃんに怒鳴りました。


「渡河する際にこちらは向こう岸の敵に無防備にやられてしまいます。幾ら数で勝っていると言っても、渡河中に大きな被害を免れないでしょう。ここに居るのは華琳さまを信じて集まった曹操軍の兵士たちです。一人の命も無理な強行突破に無駄にしてしまっては彼らの華琳さまへの期待も、我々に対しての華琳さまの期待も裏切ることになります」

「そう言ってちまちまな工作ばかりやって失敗し続けているじゃないか。このまま失敗し続けたら結局兵に被害が出るのは一緒だ!」

「各部隊は敵の弓騎馬隊が近づいたら作業を中止して一旦退却するように伝えてあります」

「敵も馬鹿じゃない。そんなんじゃいつまでも向こう岸に渡れないぞ」

「渡れなくてもいいのです」

「…なんだと?」


あっけない顔をする春蘭さまに稟ちゃんは自分は戦略を説明しました。


「現在私がちは多数の小部隊を使って工作を続けています。それに対応して相手は素早い対応を見せるでしょう。もし一箇所でも隙が出来ればそこから我々が雪崩れ込んで来ることは明白ですから。しかし敵は我々より兵の数に余裕がありません。そんな状況で多数の工作部隊に対応に出来るよう軍を適切な規模で分けることは迅速かつ正確な指揮能力が必要です。これは敵の大将である馬超に、母の馬騰ほどの統率能力があるか実力を試すための仕掛けでもあるのです」

「敵を試しているのか」

「長安で我々は敵の守将が誰かも知らずに戦おうとしました。馬超がその母の名に恥じぬ娘であるなら、これぐらいの攪乱には対応出来るはずです。しかし、もし対応ができていなければ、馬超は指揮官としてそれほどの実力しか持ちあわせていないということです」

「じゃ、もし馬超が本当に貴様の工作を全部防げられるほどの実力を持っているとするならどうなるのだ。いつまで経っても渭水を越えられなくなるぞ」

「敵は早かれ遅かれ、渭水の包囲を諦めることになります」

「どういうことだ?」

「敵の主戦力である騎馬隊は荒野での戦を好むはずです。川を相まっているこの戦場は敵にとっても望ましい場所ではありません。それに向こうは一つに固まった軍ではなく連盟です。騎馬が有効に使えない戦場でいつまでも神経戦を続けていると、そのうちに撤退しようという不満の声が出てくるはずです。馬超はそんな彼らの声を聞き入れて渭水から撤収すれば、私たちは被害を最小限に抑えて川を渡れるのです。一方、馬超が彼らの意見を無視すれば不満が重なって隙が生じる可能性が高くなるはずです。そうすると逆にこちらが敵に被害を与えながら渡河を成功させることが出来るようになるでしょう」


本来地の利は守る側にあるものですけど、この場合、川という所は西涼軍にとって好ましい戦場ではありません。防衛するには不足ない場所ではありますが、こちらが無理に渡河しようとしない限り大きな被害を与えることも出来ないので、そのうちに歯痒くなって自ら地の利を諦めることなるだろうというのが稟ちゃんの考えです。


「私に従ってもう少しだけ我慢してください。その間に戦況に変わりがあるはずです」

「………判った。しかし隙が出来たら私は特攻でもなんでもする」

「無茶でなければ構いません。春蘭さまの武勇はこれからも頼りにしていますので、どうか無理はなさらないでください」

「ふん!馬に乗ることぐらいしか能のない連中だ。馬も使えない川で戦って私が負けると思うな。それじゃあ私も工作隊に合流するからな。行くぞ、季衣」

「あ、はい」


そう言った春蘭さまはその場を去って行きました。


「はぁ…不安ですね」


春蘭さまが見えなくなった後、稟ちゃんは小さく呟きました。


「春蘭さまはあんな数々の戦を対した傷もなく乗り越えた猛将ですからね。大丈夫ですよ」

「その慢心がいつか命取りになるのです。いつどこで儚く死んしまうか解らないのが戦場ですから」

「そう言う稟ちゃんこそ、実は特攻なんてしたかったんじゃないんですか」

「まさか、何故私がそんな無茶な策、いや、策とも言えない猪のような指揮をしなければいけないのですか」


風が答えないままにこにことしていると、地図を見ていた稟ちゃんは私の方を向きました。


「なんですか?」

「いえいえ、久しぶりに真面目な稟ちゃんだと思いました」

「私はいつだって真面目です」

「そう言っている割には最近ずっとお兄さんのことや華琳さまのこと気になって集中出来なかったじゃないですか」

「……」


華琳さまからは叱咤されて、お兄さんからも罵倒されて無茶ぶりな戦術を使うのではないかとほんのちょっとだけ心配していましたけど、あの二方と離れたことで逆に稟ちゃんが冷徹な軍略家としての姿を取り戻させましたね。


「だからその気持ち悪い笑みをやめてください。飴で隠しても全部見えますからね」

「気持ち悪いなんて酷いですよ。そんなこと言うと風は拗ねて長安から連れてきた猫たちと日向ぼっこしに帰っちゃうのです」

「真面目に仕事やってください」

「川辺の風は涼しくて丁度良いのです………ぅぅ」

「寝るな!」


<pf>


それから半月後…


馬超SIDE


「お姉様、他の部族の皆から不満が続いてるよ。いつになったらまともに戦わせるのかって」

「くぅ…」


川での防衛戦が続いて半月、敵は無理に渡河しようとせずに、船や橋を建設しようと試みてはこちらが対応に向かうとそのまま退却するを繰り返していた。建設された橋や船などの破壊も、反対側の防衛戦のせいでままならず、お互いに成果のない神経戦が続いていた。


こんな状況がいつまで続くと、この防衛戦に文句を言ってくる部族たちが増えてきて、そのうち警戒を怠って敵に隙を突かれてしまうかもしれない。先日はいつものように小部隊が向かえば退却すると思っていたのが、相手が造船の途中で一部だけの船だけ組み立てて特攻を仕掛けて来ようとして慌てて増援を連れて来てやっと渡河を防いだとの報告も入った。これ以上この望ましくない対峙状態が続くと放心したせいで起こる手違いが増えて、いつか川を突破されて大きな被害を受けかねない。


「……渭水は諦めよう」

「でもお姉様」

「皆の不満も増えてきてるわけだし、そもそもここはあたしたちが上手く戦える場所でもない。荒野に連れ込んで叩いた方が奴らの被害も大きい」


ここでずっと対峙していると、数が少ないあたしたちの方が先に力尽きてしまう。


「今夜皆川から退却する。それまでは今までのように警戒を怠らないように皆に伝えてくれ」

「…判った」


蒲公英が頷いて私の前から去った。


このまま引くにはこの位置が勿体無いという気持ちもあった。でも、あたしも他の皆も、ただ守っているばかりでは足りなかった。西涼に攻めてきた曹操軍を木っ端微塵に蹴散らしたいという気持ちの方が強かった。そして、ここはそうするに適した場所ではない。


これは相手に道を譲ったわけではない。奴らをあたしたちた戦い易い場所に誘っているのだ。


「西涼の荒野に貴様らの兵士たちの血で吸わせてやる」


・・・


・・


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