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二十一話

華琳SIDE


私が長安に到着した次の日、一刀との喧嘩があった次の日、私は軍議を招集した。


皆が集まった中には、もちろん一刀も居た。


「……」


いつもと変わらない固まった表情で隣に愛理を座らせて目を閉じて軍議が始まるのを待っていた。


「華琳さま」

「…へ?」

「皆集まったので、よろしいでしょうか」


私の隣に立っている、軍議の進行役の稟がぼうっとしている私に言った。


「ええ、始めて頂戴」

「では、これより今後の長安の救恤計画と、西涼進軍についての概略的な案を説明します」


稟の主導によって軍議は進行された。


先ず稟が説明した長安の復旧計画は、軍の一部、約五千ほどを長安に駐屯させながら、荒廃化された長安の西側の復旧及び、治安の維持を行うということだった。食糧に置いては、とりあえずの工面は兵糧の一部を使い、以後陳留の桂花に一部を調達するように頼むということだった。


「陳留には今そんな余裕はない」

「そうですね。この戦いを準備するためにかなりの備蓄を使ってますから、陳留に何か起きた場合に使うための分ぐらいしか残っていません」


そして稟の食糧調達の案を聞いた途端内政に関わった風と、一刀が即反対の意見を出した。


「陳留は今年平作になるだろう目論見があります。いきなりそんな大量の食糧が必要になることは…」

「貴様の能も農業については元譲並か」

「おい!何故私を例えに出した!」

「平作ということは来年のための備蓄を備えることも難しいということ。それに今は真夏だ。二ヶ月間に何が起きて農事が荒れるか判らないのに何がそんな自信満々で平作になると言い切る。書生論が言いたければ山にでも篭っていろ」

「なっ!」

「一刀」


あまりにも暴言が過ぎたので私は止めに入ったが、一刀は私は気にも置かずに話を進めた。


「糧を工面したければ徐州か豫州当たりから買って持ってくるようにぐらい言っておけ」

「そ、それは桂花が考える事であって」

「食糧の工面をすると言っておいて投げやりする気か。調達する当てぐらい考えておくべきだろうが。お前が陳留に居て俺がそんな要求なのに平作云々などしやがって、一晩で考えたのが丸わかりだ」

「ぐっ……」

「一刀、その辺にして置きなさい」

「俺はまだ言いたいことは始めてもいないが…」

「一刀!」


私は思わず叫んでしまった。


他の皆の視線が私と一刀に注目された。


「……お願いだから」


周りにまで話を広げないで。


「……やりたい様にやれ。お前の言う通り工面は桂花がなんとかする。お前が馬鹿だと思うだろうことには変わりないがな」


一刀は最後までそう嫌味を言って黙ってしまった。


「…とにかく、長安の復旧計画はそうだとして、誰が管理するのかしら」


軍議を再開するため、私は固まっている稟に聞いた。


「それはまだ…」

「風がやりましょうか」

「あなたは私と一緒に西進組です」


一刀の顔色をうかがっていた愛理がそっと手を上げようとしたが、


「駄目」

「あう、はい」


即一刀に止められた。


「じゃあ、沙和が残るの。沙和は戦うよりこういうのが得意なの」

「大丈夫なのですか?村一つや二つ助けるのとは規模が違いますよ。長安城に周りの人口も合わさると四十万近くあります。陳留よりも規模が大きいのですよ?」

「えっ、長安ってそんなに大きいの?!」

「洛陽に変わった新しい都の候補にも上がった都市です。あたりまえじゃないですか。一日中やっても終わらない書類の波がお前を待っているぞ」

「しかもその中で十万は今居場所を失っている。言っておくが、救恤と言っても戦が終わるまで長安太守に準じる働きをする必要がある。四十万の命がお前の働きにかかっている」

「うっ、そこまで言われると、沙和にはちょっと無理な気が…」


志願した沙和も稟と一刀の圧迫により辞退した。でも他に適任者があるわけでもなかった。二人が言ったように長安は大都市、西涼を攻めている間に長安を治める仕事は並の実力の者ではこなせない仕事だった。桂花は陳留に居るし、ここは風に任せるしか…。


「俺が残ろう」


その時一刀がまた青天霹靂のような事を言ってきた。


「…駄目よ?」

「……何故だ」

「……」


もう我慢出来ないわ。


「あなた、ちょっと付いてきて。他はここで待っていなさい」


私は席から立って他の皆が何が起きてるのか解らない間に彼の手を取って軍議場を出た。


<pf>


愛理SIDE


「な、なんだったんですか、今のは?」


華琳さまが一刀様を連れていった後、目の前で起きてる状況に驚いて固まっていた皆の中で、稟さまが一番最初に口を開けました。


「華琳さま、またアイツと何の話を…最近静かにしてると思いきやアイツ、またなんか変なこと考えてるんじゃないだろうな」

「まあ、座っときなって。今付いてってバレたら惇ちゃんも良いことないで」


春蘭さまがお二人の後を付いていこうとする仕草をしましたが横の霞さまが止めました。


「せやけど、なんか一刀って今日いつもより不機嫌やったな」

「そうですか。いつもと変わらないように見えましたが」

「確かに、いつもよりちょっとご機嫌斜めでしたね。華琳さまとの間に何かあったのでしょうか。愛理ちゃんはなにか聞かされたことってないんですか」

「あう!?えっと…」


風さまに聞かれて私はちょっと迷いました。


何か聞かされたっていうか…昨日一刀様凄く機嫌悪くて、それで私着替え中だったのに部屋に入ってきて寝込んじゃって………うぅぅ…。


「何故泣くんだ!」

「何があったんや!」

「沙和は言えないの!昨日隊長が愛理ちゃんを部屋で襲って下着姿にしていたなんて口封じられてて絶対に言えないの!」

「沙和しゃん!?」

「ほんまかいな!?」


だからそれは誤解だって言ったのに!


「一刀…なんてことをしたんや」

「ち、ちがいましゅ!あれはそんなんじゃないんでしゅ!」

「お兄さん…ついに華琳さま以外の娘にも手を…」

「おい、それはどういう意味だ、風!アイツが華琳さまに手を出したって言うのか!アイツ絶対に許さん!」


そう叫んだ春蘭さまが大剣を振りかざしながら一刀様たちが出た軍議場の出口へ出て行きました。


「惇ちゃん!…ああ、一刀たち行ったのその方向じゃねえけどな」

「風はそんなことは一言も言ってなかったんですけどね」

「風、本当はわざとそんな風に言ったのでしょう?」

「ぐぅー」

「否定しろ!」


昨日あの騒ぎがあった後(私の部屋に来た沙和さんを一刀様が縛って押入れに閉まったのまで含めて)、私は一刀様と一緒にお菓子を食べに行きました。ここ何十日甘いものは食べられなかったのでいまさっきまであった恥ずかしい状況も忘れて熱心に食べてました。


その時一刀様がこう言ったんです。


『さっきの事は他の連中には話すな』

『何かあったんですか?』

『聞くな。そして誰にもこの話はするな』


私は無言で頷いて蜜柑入りのぷりんというのを掬って食べました。そこからは何も覚えてません。


………だって美味しかったんですよ?


でも、流石にここまで来るとちょっと心配になります。


「私も付いていってみます」

「後で華琳さまに何を言われるか判りませんよ」

「……首、刎ねられるでしょうか」

「い、いや、流石にそこまでは」


一瞬迷いましたが、一刀様のことが気になったので私は軍議場を出て、お二人が行った方向へ向かって走りました。


※ ※ ※


既に結構時間が経っていたのでお二人が行った方向へ向かったものの、既にお二人の跡はなく、探す宛もないので運任せに歩いていたらとある部屋から声がしました。


「その話にはもう興味ない」

「じゃあどうしてそんなに不機嫌そうにしてるのよ」


華琳さまと一刀様の声でした。私は声のする部屋を確認して、その隣の空き部屋を開けて中に入って壁に耳を近づけました。


「不機嫌なんかじゃない。別にいつものように奉孝のベタな話に突っ込んでいただけだ」

「いや、あなたは今嘘をついてるわ」

「……」

「仮にあなたが今自分が不機嫌だと思ってないとしてもあなたは今確かに私に怒ってるのよ」

「その分析に何の意味があるんだ。公と私は区切ってるつもりだ。軍議にも出てるし何もとんでもない意見をしたり黙り込んでるわけでもない。役に立ってればなんでもいいだろ」

「良くないからいってるのよ。長安に残るって何よ。私と距離を置きたいっていうの?」

「他の適任もないだろうが。奉孝に任せるわけでなければ俺しかないだろ。そもそもそんな理由なら昨日陳留に帰ってる」


お二人とも声から苛立ちが感じられました。喧嘩してるのでしょうか。まさかあれだけ仲の良い一刀様と華琳さまが……。


「司馬懿の件をあなたに言ってなかったのは悪かったわ。でも隠してたわけじゃないわ」

「その話はもう良い。興味もないし、俺と関係もない話だ」

「そう思ってるなら私についてきなさい。長安に残ることも勝手に私の前から消えるのも許さないわ。あなたの口で約束したのよ。あなたがくれたこの指輪に誓ったことを忘れたとは言わせないわ」


それから一刀様の声は返って来ず、沈黙が続きました。


突然扉が壊れる音がする前までは、


「華琳さま!」


それと同時に春蘭さまの声がしました。


「春蘭?!」

「そいつから離れてください。貴様、華琳さまに手を出して、首が胴に付いていることを望んでたわけではあるまいな!」

「何を言ってるのよ、春蘭。良いからその剣をしまいなさい!」

「上等じゃねえか。そうでなくても捌け口が必要だったんだ」

「か、華琳さまを貴様の欲望の捌け口に使おうっていうのか!絶対に許さん!」

「二人ともやめなさい!」


それから凄いものが壊れる音がして、私が耳を傾けていた壁が壊れそうな勢いでドーンと鳴いて私は驚いて後ろに引きました。そして次の瞬間に私が立ってる横で壁が壊れながら一刀様が倒れてきました。


「あうあー!!」

「一刀!!!」

「っあぁ…」


倒れた一刀様は近づいた私をしばらく見てそのまま気を失いました。


「起きろ!倒れてる奴にトドメを刺すほど腐ってはいない!立て!そして死ね!」

「春……蘭!!」

「……!!」


壊れた壁の向こう側で仁王立ちしてる春蘭さまでしたが、その後ろには春蘭さまより二回りも小さい、でもとても大きな気配を出している華琳さまが居ました。


「私がやめなさいって言ったわよね?」

「か、華琳さま、何故そのような顔を…む、昔華琳さまが書いていた本を思わずに外に漏らしてしまった時もそのような顔はなさってなかったのに…」

「覚悟は…出来てるんでしょうね」

「はう……」


そこからは私は何も見てません。


でも一つ言えることは


怖かったです。


<pf>


一刀SIDE


猪に真正面からぶつかれた壁を壊し、何故そこに居たのか判らない元直の顔を見た後俺は気を失った。


アレは本当に何の予兆もないタイミングでのしかかってくるから対応が追いつかない。


目を覚ました時に俺は自分の部屋に居た。


「…なんで生きてるんだ」


壁が壊れるぐらいの力でぶつかれたんだ。肋骨何本で済まされるレベルじゃない。ドラ○ンボールじゃないぞ。


「縁起でもないこと言わないでよ」

「……」


それは華琳の声だった。正直今一番見たくない顔だった。


「起きてるんでしょう。目開けなさいよ」


俺が目を閉じたまま黙ってると華琳は言った。


言っておくが、別に避けてたわけではない。避ける理由なんてない。


そもそも最初にイライラしていたのが間違っていたのだ。この古代時代に人の魂を呼び戻そうとする呪術なんてあっておかしくない。欲する者がいたなら例え死んだとしても生き返らせる。実に彼女らしい発想だ。事実それが成功したというありえない状況はまた別の問題だ。


ぶっちゃけて俺だってそんな事が出来ると判ってたならレベッカを活かせようとしなかっただろうか……しなかっただろう。腐敗が進行してる状態で蘇らせた所で恨まれることでしかない。この世を生きながら出来る最も馬鹿な行動だと思っている。だが、それとは関係なく、


俺が彼女の試しに怒りを覚える理由なんてない。


全くもって


これっぽっちも


ない。


よし。


落ち着け。いつものようにやればいい。何もないように、ちょっと皮肉のように言いながら…。


「いい夢を見ていたのだがな。首輪を破いて突進してきた猪に突かれて四肢ともバラバラになる……いや、待て。悪夢だったな。いや、寧ろ現実で起きていた」

「……」

「労災保険ってあるか?」


と言いながら体を起こそうとした。肋骨何本が折れただろうが気にしな…


……いようとしたが、なんか思いのほか上体よりも腕の方が動きにくかった。というより重かった。


「何故俺の手首に手錠がかけてあるんだ」


左手の手首に手錠がかけられていて、その先に付いた鎖の後を追うと華琳の右手首にも同じ手錠がかけられていた。


…おい、冗談だろ?


「お前ついに狂ったか」

「こうでもしないとあなたが付いて来ないでしょう?」

「それで何だ?西涼へ行くまで手錠をこうやってかけておくというのか」

「違うわ。西涼制覇が終わるまでこうしてるのよ」

「ふざけるな。この手錠がどれだけ不便か判ってるのか。時間が経つと手首が擦れて使えなくなるんだぞ。どれだけ体に負担かけてるか判ってるのか」

「良かったじゃない。どうせ肋骨も折れてしばらく動けないから大人しくしていなさい。あ、ちなみにあなたの肋骨が治るまで進軍は延期したわ」


呆れて声も出なかった。


手錠という発想もそうだが、俺が治るまで進軍まで延期しただと?そこまでして俺を連れて行く意味なんてあるか。負傷したついでに長安任せばいいものを…。


「お前今自分がどれだけ理性に反することをしてるか判るか?」

「知ったことじゃないわよ」

「なんだと」

「知ったことじゃないって言ってるの。私はね。覇王になるのよ。西涼も制覇するし、天下すべて手に入れるの。そしてそんな私の側にはいつもあなたが居なければいけないわ」

「……」

「最初はあなたがどれだけ怒ってるだろうかばかり心配したけど、もう良いわ。謝ったり怯んでるのは私のやり方じゃないもの。欲しいものは強引にでも手に入れる。それが昔からの私のやり方よ。あなたでも例外ではないわ」


誰か鋸持ってきてこの手首切ってくれ。


・・・


・・



<pf>


場所は変わって、西涼、天水。


<pf>


馬超SIDE


「母様!」


あたしは中に入ることを止める親衛隊の皆を吹き飛ばし母様の部屋に入った。あたしが入った時、母様は寝床の中に居た。


母様の体が崩れ始めたのは黄巾の乱の始まる頃からだった。その前でもたまに調子が悪そうな時はあったけど、五胡との戦になると今でも母様は寝床を飛び出て昔と変わらない勇ましさを見せながら戦場へ向かった。


だけど戦って居ない時の母様は体調も優れなくて、それに…うまくいえないけどどこかおかしかった。


「……翠、儂が呼ぶまで謹慎していろと言ったはずじゃぞ」

「蒲公英から聞いたんだぞ。長安を焼き討ちにしたというのはどういうことだよ!」


五胡との戦や、たまに起こる内乱や盗賊を相手する時に母様は戦場に立った。だけど西涼を出て行くとなると話は別で、体調が優れなかった母様は袁紹からの反董卓連合へ参加しないと西涼連盟の集まりの時に宣言した。しかし、それに反対した一部の部族があたしに来た。あたしは母様を喜ばせる機会だと思って彼らを集めて母様の許しもなく連合軍へ参加した。


だけど思った通りに行かず大した戦功は上げられず、州牧という名と長安を一時的に治めるという以前とほぼ変わらないただ名目上での褒美を受けて帰って来るしかなかった。母様はそんなあたしを謹慎させ、自分に逆らってあたしを口車に載せて西涼の名を出して戦に出た部族の長たちの首を刎ねた。中には母様の親友である韓遂のおじさんまで居た。おじさんは懇願したが、母様は聞いてくれなかった。


「奴らに西涼に攻めてくる前哨基地を安々を手渡すわけにはいかん」

「中に住んでる人たちはどうなるんだよ!」

「そいつらは西涼の者ではない。今は我々の地を守るだけでも手一杯じゃ。中国の連中に気を使っている暇はないのじゃ」

「母様!」


あの日二桁の部族の長たちが首を刎ねられた。中国に名を知らせたいという功名心で参加した部族長も多い中、連合に参加しなかったことを名分に以後連合軍がここまで攻めてくることを恐れた人たちも居た。韓遂おじさんもそんな人の一人だった。けど、韓遂のおじさんを含めたかなりの大きさの部族の長たちも首を刎ねられた。あたしが知っている母様は厳しい人だったけど、決して冷血漢ではなかった。仲間の死を、人々の死を当然の事みたいに扱うような人ではなかった。


このあまりにも酷い惨事に、長を失った有力な部族たちは憤怒して馬一家の部族に宣戦布告した。あたしたちが幾ら西涼連盟を束ねている一家だとしても、有力な部族が幾つも手を組めば数で圧倒された。母様もまともに戦える身でもなかったし、連中はあたしに母様を斬れば残りの皆は生かしてあたしを代わりに連盟の長として置くと提案した。


蒲公英もこの話には反対して、あたしだって母様を裏切ろうなんて侮辱的な提案を飲むぐらいなら、例えここで皆生き倒れようとも馬の姓を持つ者として馬の上で戦いながら死ぬと誓っていた。




その時だった。


母様が連れてきたあの女を見たのは……。


・・・


・・



「皆に紹介したい者がおる」

「こんな時に一体誰を紹介するってんだよ、母様」

「儂に逆らった連中にその罪がどれだけ大きいかを見せてやらねばならぬ。彼女も快く力を貸してくれるといったのじゃ」


そう言いながら母様が見せた人は、簾の奥にその姿を隠したままあたしたちと挨拶した。


「お初お目にかかります。司馬仲達と申します」


その名前を聞いた他の親戚たちの中ではぎょっとする人たちも居た。


「馬騰さま、これは一体どういうことですか!」

「あの人は確か…」

「昔話は良い。彼女は今ここにおる。儂の元におるのじゃ」

「そんな馬鹿な話が…」

「何?どういうことなの?お姉様」

「あたしも判らないよ」


蒲公英もあたしも、あの時はまだその名を知らなかった。後で分かったんだ。小さい頃母様と一緒に言ったある葬礼。そこで棺桶に入ってるべきな人が、あの司馬仲達だってことを…。


だけど、その場の皆がその女の声を聞いた。母様も、彼女が司馬仲達だと認めた。


母様は死んだ人を墓場から掘りあげて、五胡の妖術を使ってその女を蘇らせていたのだ。



・・


・・・


あたしはやっとわかった。どうして母様の体調がどんどん悪くなっていったのか。どうして母様がどんどんおかしくなっていったのか。


全部、全部あいつのせいだった。


「馬寿成さま、只今お戻り致しました」

「おお、仲達。やっと帰ってきたか」


異臭を漂わす、妙齢の女。


その顔は隠されて暗い色のい布で隠されていたものの、その声、その異臭だけでも吐き気がした。なのに母様はそんな奴をまるで長い間友に闘った戦友のように両手を広げて迎えた。


そしてこの女の指示に従って、あたしたちは約三分の一にしかならない騎馬隊で、西涼の他の部族が集まった連合を蹴散らして、西涼の盟主の座を守ったのだった。


だけど、その過程があまりにも酷く、敵の約半分に至る馬と人が戦場で死ぬという結果となった。この女の使った策の数々は、勝つためのものというよりも、より多くの血を流すためのものとさえ思えた。戦う相手を、いや、味方さえも人と見ずに、まるで盤上の駒のように扱って簡単に斬り捨てた。敵何千を落とすために、味方百の命を犠牲にすることを当たり前に言って、しかもその犠牲になる百人の戦士たちに自分たちの死を覚悟する時間さえも与えなかった。敵を殺すために味方さえ騙すその姿には戦士一人一人の名誉も誇りも考えていなかった。あたしは、例えそのおかげであたしたちが内乱で馬家を守れたとしても、もう二度とそんな奴の策に踊らされるつもりはなかった。


内乱が片付いた後、母様はその女を自分の軍師にしようとしたが、あたしはあんな策を平然と使う奴には従えないと反対して、再び謹慎処分になった。以後、あの女が長安へ行ったという話を聞いたけど、つい昨日、蒲公英から曹操軍との戦争が勃発して、あの女が長安の倉庫を空にして、更に焼き討ちしようとして失敗した挙句、城から西涼へ来る道にある村々を更地にしたというとんでもない話を聞いたあたしはもう我慢ならずこうしてやってきたのだった。


「貴様!それでも人間かよ!一体何人も殺したんだ!」

「戦争にて人を殺すことは至極当然な事でありますが?」

「戦に関係もない民だっただろ!」

「放っておけば結局は曹操軍の西涼を攻め入るための糧となったでしょう。この戦争でわたくしたちが勝つ条件は西涼を守ること。長安なんて元々天子を擁立した曹操軍のものです。敵の戦う基盤を削ったことに過ぎません」

「貴様…!」

「やめぬか!」


母様の怒号に司馬仲達を殴り込もうとしたあたしは足を止めた。


「だって母様!」

「長安を焼き討ちにすることは儂も既に許諾した策であった」

「んなっ!」


そんな…母様が知っていてあんな策を放っておいたわけが…!


「冗談だろ、母様!幾ら最近残酷な事件があったとしても、でもこんなのあたしが知っていた母様じゃない!」

「戦は子供遊びじゃありませんよ。馬孟起さま。目的があるなら、そんな手段を使ってでもそれを成さなければなりません。目的があったにもかかわらず、反董卓連合軍で孟起さまが何も出来なかったのは、そのためです」

「なんだと!」

「戦場に立って情に動かされた罪は…結局味方の血を以って償うことになるのです。曹操軍に安々と長安を渡していれば、西涼はもうとっくに曹操軍に攻められていたことでしょう。そして、西涼はそれに対応する間もなく曹操軍の手に落ちたでしょう」

「そんなのやってみなきゃ解らないだろ!それに貴様は長安の民だから簡単に手放したそうに言うけど、戦う馬が西涼だったとしても、貴様は彼らを犠牲にしたはずだろ!貴様みたいに命を軽く思う奴の策にこれ以上踊らされてたまるかよ!」

「…では賭けを致しましょうか」

「なんだと…?」

「手段を選びながらこの地を守れる力が、本当に孟起さまにあるかどうか。賭けてみましょうか。もし孟起さまが奴らの進軍を止められるのなら、わたくしは何も言わずここを去りましょう」

「…上等だ。あたしがやることに手出しするなよ!わかったよな!」

「なんなりと…ではわたくしはこれにて…」


そして司馬仲達は母様に向けて頭を下げてから行ってしまった。


「…翠よ」

「なんだよ、母様。今回は止めてもあたしは行く。あんな奴に西涼の皆を任せてられないんだよ」

「気をつけるのじゃぞ」

「……え?」


あたしはあまりにも久しぶりに聞く母様の優しい言葉に一度背いていた体を振り返った。


「曹操はまだ小童じゃ。じゃが、翠、お前じゃ曹操は勝てない」

「…アイツなら勝てるというのかよ。例え勝っても、西涼の人たちが全部死んだら何の意味があるんだよ」

「……」

「正気に戻ってよ、母様。昔の誇り高かった戦士に戻ってよ」


我慢できなくなったあたしは母様の返事を聞かずに部屋を出てきてしまった。


そしてそのまま蒲公英の所へ行った。


「蒲公英」

「お姉様?おばさまは…」

「皆を集まるように伝えてくれ。曹操を迎え撃つ」

「お姉様が行くの?おばさまは?あの不気味な女は?」

「あたしたちだけだよ。あたしたちで西涼を守るんだ」

「……よし、わかった。蒲公英だって頑張っちゃうんだから。お姉様も簡単に相手の罠に掛かって死んだりしないでよね」

「馬鹿!縁起でもないこと言うなよ!」


あたしが蒲公英にけんこつを食らわせようとしたが、蒲公英はそれを軽く避けて、部屋から逃げてしまった。


「じゃあ、皆集めてくるからね!」


蒲公英が行った後、一人になったあたしは心を引き締めた。


連合軍の時のようになってはいけない。何もせずに負けることも、何もかも失って勝つことも許さない。


あたしは皆守って見せる。




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