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幕間2 一刀√

拠点:一刀 題名:真実、事実。


「あう!?一刀様!?」


部屋の門を壊す勢いで開いた俺が部屋に入るやいなや寝床に跳び込んで枕に頭を埋めた。


「あうあう!か、一刀様。一刀様の部屋はお隣でしゅ。ここは私の部屋…」

「黙れ」

「ひぃ…!」


枕に顔を埋めたまま答えた俺は自分が何をしてきたのか再び振り返ってみた。


先ず、長安城の件についてはこの際どうでも良い。どうせ例え最初から青野戦術を視野に入れて采配したにしてもこれ以上被害を抑えることは困難だっただろう。攻める側にしてこれは最適な結果を残したのだと言えた。


だが、その結果を得るために、俺は長安の内で大きな騒ぎを起こそうとしていた。そのために運良く出会った張三姉妹と取引して、街の人々を扇動しようとしたがそれだけでは足りなかった。俺が一番気にかけていたことは、この長安の太守のこちらにちゃんとした対応をしていないことだった。相手は俺が城に入ってきたことをはっきりと判っていた。青野戦術を準備している相手が敵の将が城に斥候に入ったのにほぼ放っておいている。あれだけ用意周到に準備していた相手なら尚更のこと。


なら相手は一体何がしたいのか。


相手の意中を探る必要があった。


・・・


・・



<pf>


どれだけ繁栄な都市でも貧民街は存在する。為政者が自分の治める地の質をどんなに上げようとしても、都市に貧民が全く居なくなることなんて不可能に等しい。寧ろ都市が豊かになるに連れ貧民の集まる数も増えるという所もある。それは自由資本主義時代でもそうだし、この封建主義の時代でも同じだ。


だがそれは何も為政者が悪いってことではない。貧民になった人の中には、どうしても自分たちの状況を変えることが出来なくて、どれだけ頑張っても貧民のまま終わってしまうこともある。一方、初めから何もかも諦めて日に乞ったお金を酒と賭博、阿片に使ってしまうなら、そんな連中は自分たちの状況を自ら望んでいるとしか言い様がない。


張三姉妹に帝を任せて俺が向かった城の貧民街は、つまりそういう所だった。一日共に居るだけで自分までも腐ってしまいそうなそんな巣窟に自らの足で入ったのだ。


「おぉぃい…しんいりか…あぁ?」


貧民街でも細道を通っているとそんな抑揚も声もバラバラな、薬に溺れてるような奴の声が聞こえた。


「あぁ?おいぃ…聞かれたら…へんじしろおらぁ」


…ああ、いい忘れていた。俺が孤児院出身でも、俺の所に居た連中にはどうすれば生きていけるかはしっかり教えたつもりだ。一度年になって孤児院を出た瞬間から、俺から直接助けることは一切ない。孤児院に居る頃に相応な教育は受けさせるし、技術も教えるがそれらが終わったからは完全にゼロから始めさせるのだ。


つまりどういうことかと言うと、


「俺に触れるんじゃない、ゴミが」


俺はこういう連中は好かない。


「いたたたたたた!折れる!折れるって!」

「本当に阿片に溺れてる奴らは本当に腕を折られても痛みも感じないのだがな。この貧民街の頭に連れて行け」

「わかった!判ったから離してくれ!」


貧民街に行くとは言った。


だが誰が何もせずに黙って隠れていると言った。


・・・


・・



「お、お頭…!」

「………あぁ?なんだ?」


阿片を焚く煙の充満する貧民街の隅でまるで王さまかのように横たわって阿片をしている男に何の制止もなく近づいた俺は奴の頭に銃弾を打ち込んだ。


タン!


それまで聞いた事のない銃声と共にお頭の脳天の裏に赤い血溜りが出来る様子を見て周りに居た乞食たちは一瞬で阿片から覚めたようだった。


「貴様らの頭は死んだ。また死にたい奴は居るか」

「な、ななんなんだ、貴様らは!俺たちが何をしたって言うんだ!」

「そう、貴様らは何もしない。ただここに座って阿片焚いてるだけだ」

「な、なのに…」

「そしてそれはこの世に生まれてきて犯した最も大きな罪だ」


生きる価値がないのなら、それが皇帝だろうが、乞食だろうが、死ぬしかない。


「生き残りたいなら今から俺が言うことに従え」


<pf>


その夜、貧民街の乞食たちは三人一組になって長安の各官庁と兵糧庫に侵入した。


戦時に火計からの被害を最小限にするために、兵糧庫はバラバラに設置されていた。もちろんその詳細な場所は一般人には内緒だが、向こうにとっては困った事に、こちらは長安の詳細な地図が存在していた。あとは乞食どもに倉庫の中には阿片も含まれている(これは嘘ではない。戦時重傷を負った、活かすことの出来ない兵士には阿片を使って安らかな死を与えることもある)と言えば、連中はやる気一杯になって高い阿片を思う存分吸えると思いながら各地へ散った。


当たり前だが、兵糧庫には衛兵が居る。それもこの長安にはあらゆる諜報工作などが通じないほどの厳密な保安がかかっている。乞食どもが無事に兵糧庫に辿り着く可能性はない。


だが守る側にとって、これは決してただの乞食たちの倉庫襲撃などではない。これは敵の工作に違いないのだ。倉庫に火計や、それとも知らないうちに毒などが入られたかも判らない。奔走に動くだろう。


そしてその小さな混乱の中に俺が忍び混む場所は、


長安太守の寝所だった。


シュッ!シュッ!


「うぐっ」「うっ…ああ…」


消音器の付いた銃で寝所を守っていた西涼の近衛兵を処理して(流石にまだ再活中の体で西涼の戦で鍛錬された近衛兵を処理するのはきつい)中に入ろうとすると、一瞬妙な感覚に体が痺れた。


強い匂いが鼻に刺さったのだった。最初にしたのは強い香水の匂いか動物の匂いが混ざったものだったが、俺が気になったのはそんな匂いなどよりも、それらが隠しているもっと嫌な匂いだった。


…まさか。


俺は門を開けた。すると開けた瞬間部屋の中の天井に仕掛られていた刃の先が俺の額を狙って飛んできた。一瞬頭を横に反らして刃を避けると刃は振り子のように一度行ってから再び戻ってこようとした。俺が刃を天井につないだ縄を打つと、刃は門の向かい側の壁に刺さった。


これは俺が来ると判っていて直ぐに仕掛けた罠ではなかった。天井の板の間に巧妙に潜んでいた刃物は明らかに平均的な身長の男性全般を狙った位置に随分前から仕掛けられているものだった。余程人が入ってくるのが苦手らしい。


中に入ると、奥側に外の月が見える欄干があって、そことある人影が月光を浴びながら座っていた背を見せているそいつは琴を引いていた。俺が残されている罠がある可能性もあると思い、気をつけながら一歩ずつ足を踏み入れてる途中にもそいつは背を向けて琴を奏で続けた。


琴で爪弾かれるその曲は葬送曲だった。


「没薬を使っているな」


俺がそう言った時、琴の音が止まった。


「お判りですか?」


それは女の声だった。とてもか弱く、遠くから聞こえてきている気がする声。


「匂いが部屋に充満している。判らない方がおかしい」

「そうですか。申し訳ありません。鼻が効かなくなってしまってもう随分経ってしまっていまして…他の香水などを一緒に使っていたはずですが、弱くなっていたようですね」


琴を置いてゆっくりと立ち上がる女の背は俺より頭ひとつぐらい小さく、髪はとても長くて立ち上がってもその先が床にほぼ届くほどだった。


「彼らは優秀な兵士たちでした」

「……?」

「わたくしのこんな姿にも恐れずに、わたくしを守ってくださいました」


俺はそれがさっき俺が殺した近衛兵たちの話であることに気付いた。


「今は戦争中だ。敵の駒を減らすことに人権や命の重さを考えると思うなら生まれる時代を間違っている」

「…その通りですね」


女はゆっくりと俺の方に歩いてきた。どこかバランスの合わないその姿は未だにはっきりと見えなかった。部屋の唯一の光りは月光、彼女はその月を背向けて立っていたのだ。


「そして敵の駒を減らすために自分の駒を使う代わりに道中の石ころを投げつける事、真に感心いたしました」

「それは自ら敵陣に突っ込んだ俺への皮肉のつもりか」

「いいえ、称賛の言葉です」


女との距離が縮むに連れ、没薬の匂いもまた強くなっていった。


その匂いは、女から出てくるものだった。


「しかし、ここまでしてあなたが成し遂げたい事は一体何でありましょう?警備何人殺した所で、『卒』幾つか除いた所で、盤上に影響は及びません」

「象棋で例えるならお前は今盤上の半分斬り捨てて逃げる企みをしているのだろ?だがどこへ逃げようが俺は天下の隅までお前らを追いかける」

「なら、その天下の隅までの道も斬り捨てて差し上げましょう」

「……」

「勝利の喜悦は譲って差し上げましょう。しかし、そこに成し遂げたものは何一つないでしょう」

「長安だけでなく、自分たちを育てた母なる地までも穢す。それが出来ると言っているのか」

「地、そして天……すべて無意味なもの。私は見てきました」

「…ならそこまでしてお前が守るのは一体なんだ?」

「人……たった一人の人」

「……」

「あの方を守るためになら、それが地でも人でも…天でも穢して見せましょう」


狂ってやがる…。


「自分が何を言っているのか判っているのか」

「もちろん。あなたもそうではありませんか」

「何?」

「あなたはただわたくしに会うために、今何十人の人の命を犠牲にしました。その根幹には、わたくしのような思想が篭っているのではありませんか」


……


「ああ、そうだ」

「……」

「俺は彼女のためなら何でもする。地面を這いずるゴミ人間何十人、何百人の命ぐらい平気でくれてやる。だから答えてみろ




<pf>




お前は曹孟徳を恨んでいるのか、司馬仲達」




<pf>




「いつからお気づきで」

「言ったはずだ。お前の体から没薬の匂いが溢れでている」


動く屍…ゾンビ…キョンシ…古代中国であればこそありがちなものじゃないか。


「質問のお答えですが…いいえ、わたくしは曹操さまを恨んでなんて居ません」

「……」

「私には、もう人を恨むという感情なんてありません」

「天下の誰もば恐れる知謀を持った上に、感情もなく、罪悪感もなく、ただ主人のために動く傀儡か。知略を競う相手としては丁度良い」

「…しかし、こればかりは言えます」


司馬仲達は俺と二、三歩離れた位置に立っていた。窓から入る月光に、彼女に俺は顔は見えても、俺は彼女の形相しか見ることが出来なかった。見えた所で良い格好だろうとは思わないがな。公式な葬礼があった直後に死体を掘りあげ徹底的に防腐処理をしたとしても、肌が空気に当たる以上、腐食は続く。しかもこの時代の没薬というのは防腐作用はそんなに強いわけでもない。今顔が見れて、体の半分が腐っているとしても驚くことはないだろう。


「あなたが羨ましい」

「…何?」


思いもしなかったその言葉に俺は少し驚いた。


「そんな知謀、そんな思想を持っていて、天下に出ても何の躊躇いもなく天下を欺けるあなたの姿が羨ましい。わたくしはどうして生きていた頃あれほど逃げ回ったのでしょう。あなたのようにしていれば、もうとっくに乱世なんてない世にしてしまうことが出来たはずなのに。」

「お前みたいなのに天下を草一本生えない更地にされてたまるか」

「それも乱を消すという意味では効果的な方法ですね」

「狂ってる」

「洛陽を更地になさったあなたが言うお言葉で?」

「否定はしない…少しはネロの気持ちが判ってしまったからな。放火というのも都市一つをやってしまうとなると、なかなかの達成感がある」

「…本当にあなたはわたくしと似ています」

「いや、お前と俺は全然違う。お前は屍、俺のいくら冷血漢と言われるだろうが熱い血の流れる生人だ」

「あなたもわたくしも、一つのためにすべてを犠牲にすることが出来ます。それは、この世の誰でも許されない行為、それが例え乱世の渦巻きの中であろうとも…人にそんな行為が許されることはありません」

「俺を裁く権利は…誰にも居ない。俺自身以外にはな」


確認したかったものは見れた。もうここに居る必要はない。


俺は彼女の前で背を向けた。


「殺さないのですか」

「屍に銃弾なんて打ち込んだ所で死ぬか。銃弾もタダじゃないんだ。次会った時は焼き鉄板でも用意してあげよう」


俺は外に出ようとした。

だが、重要ではないと思った疑問が一つ、俺の足を掴んだ


「一つだけ聞こう。いつ、どうやって蘇った」

「蘇った、という言葉は正しい表現ではありません。わたくしは今でも死んでいるのですから。ですがこの魂がいつから再びこの屍に戻ってきたのかと聞かれますと、あの森の中で死んで約一年断たない時期でした。馬騰さまの手によってわたくしはこの世に戻ってまいりました」


死んでから一年経たず…じゃあとっくに馬騰によって蘇られた司馬懿は今までの乱世をずっと見て来た。せめて時間が短いならこちらに利があるが、そう上手くもいかないらしい。


「こちらからも一つ、よろしいでしょうか」

「答えるという保障は出来ないがな」

「曹操さまは…わたくしについてなんと仰っていましたか?」


一瞬体が震えた。


「仰ったことが、ないのですか?」


言っていなかったということは、隠したかったということ。だが一体何をだ?


華琳はこの件について何一つ自分から口にしなかった。


「では、わたくしにもまだ機会があるかもしれませんね…ふふっ」

「!!」


その瞬間、俺は振り向いて司馬懿に向けて銃を打った。肩に銃を打たれた司馬懿はその場で後ろに倒れて固まった。


「…くそが」


自分で言っておいて打つか、阿呆が。弾を無駄にしただろうが……。



・・


・・・


<pf>


青野戦術を用意した長安太守の正体を知った後からは答えを探すのが簡単だった。


認めたくはないが、現に屍が動いているのを見た後だったからだ。長安が落ちた後、俺は張三姉妹に太平要術書にそのような内容があったか尋ねたが、張梁が内容について覚えていた。


詳しく読んだわけではないので詳細までは解らないが、術師の命と記憶を削って肉親などを『一時的』に体に呼び戻す術らしかった。持続して使うのは術師の体に毒になり、最後にはその心身ともに壊され廃人となるらしかった。


もし本当に司馬懿の言った通りその術が数年も続いたのなら、馬騰も既にまともの人間ではないということだ。その司馬懿に対しての執念と思いがそんな長時間の妖術の継続を可能にした。関心するあまりに反吐が出る。


そして俺は、その太平要術書を求めていたもう一人の人間の事が頭に浮かんだのであった。


同じく求めた策士の死を失った英雄が同じ考えに辿り着いたとしたら、然程おかしなことでもない。


が、馬騰なんてどうでも良い奴とは別に…これは華琳のことだった。


俺の仮説が華琳の言葉によって証明された瞬間、本当に吐き気がした。軽蔑だったのか。憤怒だったのかも解らない負の感情が、普段の冷静な振る舞いを出来なくしていた。


「ひぐ…ひぅ……」


…てかうるさいな。


「おい、何うるさく泣いて……」


顔を上げて横を見ると、部屋の壁際に座り込んで下着姿で泣いてる元直の姿が居た。


「……なんで裸で居るんだ。服はどうした」

「一刀様が持ってるじゃないですか!ひぃん…」


何を言っているのかと思ってふと体を起こすと、伏せていた下に元直の服が敷かれていた。


「…言えよ」

「だって一刀様怖いんですもん!」


俺が元直に服を投げてやると元直は服は着ないで抱きしめて泣いてばかりいた。


「黙って早く着ろ。この状況で誰か入ってくると俺が…」

「おおい、愛理、夕飯食べにいくで……ぇ……」


…俺が襲ったみたいだろうが。


「隊長!愛理ちゃんに何やったんや!」

「何もやってねーよ!」

「うわああん、一刀様怖い!」


この後李典が華琳や元譲に知らせるために逃げようとするのを縛り付けておいて、溜まったストレスを解散するために泣いてる元直を連れて本隊の兵糧の中から流琉の店で特別注文して持ってきたお菓子を食いつくした。ちなみに元直はバター菓子三個目から機嫌が晴れていた。



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