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幕間2 華琳√

拠点:華琳 題名:ごめんなさい


今日陳留の本隊の招集が完了し、明日には春蘭、季衣、沙和を連れて出発する。桂花と凪は陳留に残ることになった。しばらく私の居ない陳留を任せた。寂しい思いをするだろうと思って最後の日には彼女を閨に呼んだ。




………と、朝になって思うと、ちょっとやり過ぎたなぁとは思った。朝目が覚めた時は既に日が昇ってきていた。つまり寝坊をしたのだった。桂花はまだ私の隣で寝ていた。だらしない表情で寝ているのを見るとどうやら夢の中でもお楽しみ中みたいだった。


幸い出征の時間まではまだ時間があった。


桂花を寝かせて置いて私は服を着替えて外に出た。出征前に最後の確認をするつもりで執務室に行く途中、桂花の執務室の前でチョイに出会った。


「チョイ」

「あ、曹操さん」


私の側を見るチョイの両腕には本何冊と竹簡、そして筆が抱かれていた。


チョイはここに来た以来凪と桂花からここの文化や仕事、文字書きなどを習っていた。不思議なことに(というか私が向こう側の世界に行った時もだったけど)チョイはこの世界の文字を読むことが出来た。でも書くことは問題が別で、チョイを筆を握ってみたこともなかったらしかったので桂花が習字の練習などをさせていた(そう思うと一刀はどうやって最初からこんなのが全部出来たのやら…考えるだけ無駄でしょうね)。その他にもこの世界を理解するに当たり基本になる書籍など(桂花は儒生なので習いもそっち系のものが多かった)も読ませていた。


「ここで何をしているの?」

「荀彧さんを待ってるんです。いつもならこの時間に居るんですけど、おかしいですね」


どうやらチョイは桂花が昨日私と一緒に居たことを知らないらしかった。


余談だけど、普段男嫌いな桂花がどうしてチョイの勉強を手伝わせているのかと言うと…いや、それはもちろん私がお願いしたからではあるけど、問題は私が頼んだからと言って決してチョイへの態度が良いというわけではないってことだった。しかも基本的な文字書きも不慣れな人相手だと桂花も罵倒も凄い。だけど本当に凄いのはチョイの反応だった。あの罵倒と怒りをすべて受け止めながらも気を病むことなく続けて桂花の指導を受けていた。一刀みたいな周りから見るとついていけない変人の下で働いていられたチョイが明晰なだけでなく、広い心の持ち主であったからであったということを証明しているものだった。


「桂花なら今日は少し遅れるはずよ。今私の閨に居るから」

「え、どうして曹操さんの閨に……あ」


状況を把握したのか少し顔を赤らめるチョイだったが、私がそれを面白そうな顔で見ていると、チョイは直ぐにムッと不満そうな顔で私をジド目で睨んだ。


「な、何よ」

「いえ、別に…曹操さんの事は大体社長から聞いて知っていますから」


口ではそう言ってもチョイの厳しい目は変わることなく私を見つめていた。


「そう。知っているのなら長く説明する必要はないわね。私は女好きなのよ。彼もそれについては特に文句を言ったことはないしね」


別に人に見られて褒められる趣向でないことは判ってるけど、そもそもそういうものを気にする私でもなかった。乱世を呼び寄せた世代の実勢は民のことをは考えずに自分たちの腹を肥えることにしか能のない馬鹿な男たちだと言う認識があったためか、それとも私が英雄であることを自ら見せつけるためか、私はほぼ本能的に男を嫌い、女を貪った。一刀とチョイは私にとっては例外に当たる。


「…なんですよ」

「え?ごめん、ちょっと聞いてなかったわ」

「社長が一番嫌いな人柄なんですよ。曹操さんみたいに性生活に見境のない人って」

「…何が言いたいの?」

「はぁ…ですからね」


チョイはもう言ってしまったから仕方ないと私に説明した。


「社長が死んだ奥さん、レベッカさんがどんな状況で救い出したかについては曹操さんも知っていますよね」

「…確か院長に無理やり犯されそうになったって話でしょう。私は別に無理やりになって人に手を出したりはしないわよ。全くの合意の上での行為よ」


前にチョイにいたずらした時一刀がまるでゴミを見るような目で私を見ていたのを思い出して私はちょっと震えた。


「それはもちろん…もしそんなことだったら社長は幾ら曹操さんが偉い人でもゴミ以下に見てますよ」

「なら他に問題があるの?」

「社長が性的な暴行が嫌いなのはもちろんですけど、問題になるのは性生活が紊乱な人に対してですよ。例えば会社でとても有名な研究員があるとしてですね…いえ、というかもう実話ですけど。休憩時間の雑談中にその研究員が同僚たちに仕事終わってから風俗…ここで言う遊郭に行こうって話をしたんですよ。その研究員って妻がいたんですけど、それを道中で聞いて社長がその場その人に「お前、首」とだけ言って立ち去りました。研究員は冗談だと思ったのですがその次の日出勤したら研究所の前で警備に止められて帰らされました」

「……それは…なんというか」


割りとそういう所で固いところがあるのね。


「とにかく社長能力があれば他にその人がどんだけ性格が悪くても悪人でも構わないんですけど、特に浮気だけは絶対に許さないって感覚があって…」

「私のは浮気じゃないわ。そもそも正室があるわけじゃないし。それに、例え彼が私の性癖に軽蔑しようが、私には関係のない話よ。彼がそれで私の元を去ると言わない限り、私が気にする理由はないわ」

「……」


それを言ったらチョイが黙り込んで私を睨んだ。これは一刀がどうのこうのの問題ではなくチョイ個人が私を軽蔑し始めている気がしてきた。


「まあ、私は社長の新しい人生に文句を付けられるような立場ではありませんし、お二人の関係に大口は叩けないですけど、これだけは言います。いつもは冷静な社長ですが、そういう話には理性的な対応はできません。いつも社長が合理的な思考しかしないと思ったら後で酷い事になりますよ」

「…?」


私はチョイが何を言っているのか判らなかったけど、チョイはそのまま帰ってしまったため、それ以上聞くことは出来なかった。


<pf>


それから一月ぐらい経って、私たちの本隊は長安に着いた。長安の戦果を聞いたのは長安に行く途中のことだった。長安に辿り着いた後に直ぐに一刀と稟から長安での出来事を報告してもらった。


「つまり、一刀が一人で出しゃばったくせに長安を半壊したってわけね」

「いや、そのまとめはおかしい。まるで俺が悪かったせいでこうなったみたいだろうが」

「黙りなさい。大体あなた私の言うこと無視したわね。稟の言うことに従って頂戴って言ったはずよ?」

「逆らってはいないぞ。命令を受ける前に出てきたからな」

「普通正式な出征の前日に一人で出て行く軍師なんて居ません!」


稟の言う通り、これは明らかに一刀が稟を馬鹿にしていた。もちろん一刀が先に回っていたおかげで一番大事な長安城が安全に確保出来たってことはあるけれど、それでも稟と一緒に連携をして動くべきだった。


「そ、曹丞相、北郷一刀は…」

「ええ、そういえば陛下もいらっしゃいましたね」


よくもまあ人に心配かけてくださりましたね。


「いけませんね、陛下。国の皇帝ともあろうお方が手下の誰にも言わずに出て行くなんて…」

「じょ、丞相…ちょっと怖いのだが…」

「そんなにお出かけがしたければ先に行ってくださればよかったのに…でも心配は入りません。皇帝陛下の御幸にお似合いな相応な用意をしておきました」


私はそう言って指を鳴らした。すると陳留から連れてきた皇帝専用の超巨大な輿と正式な儀式道具、旗、武器などを揃わせた御幸行列一式が並んだ。


「さあ、陛下、お上がりください。遠慮は要りません」

「待て!待ってくれ丞相!これは違う!あんなの余は乗りたくない!アレ乗ると凄く傀儡になった気分になるのだ!霞、何故無言で連れて行こうとするのだ!悪かった!余が悪かったから輿だけは…!!」


ちなみに組み立てた陛下の輿は五間(約9m)ぐらいで一人では絶対降りて来れない。あのまま西涼まで連れて行こうかしら。


「さあ、次はあなたの番よ、一刀」

「……」


一刀は私の視線を避けて輿の上で暴れたくても落ちそうだから何も出来ず涙を汲んでこちらを見下ろしている陛下をなんとも言えない顔で見上げた。


「西涼征伐が終わるまで私の周り十歩から離れないように。私の目に届かない場所に行った場合は首に鎖付けて犬みたいに連れて回るから大人しく従った方が身のためよ」

「…あいも変わらず発想が変質者じみてるな」

「鎖をつけて犬のように……はあっ、私の華琳さまの犬になりたい…!」

「代わってあげても良いが」

「ダメに決まってるでしょう。冗談で言ってるわけじゃないわよ。後、稟は実際の被害がどれぐらいか把握して救恤計画をまとめて明日までに持って来なさい」

「あ、明日までですか?!」

「出来ないとは言わせないわ。あなた達がここに来て一ヶ月。本当なら既に計画を立てて実行していなければならない状況よ」


いきなり州の収穫量が半分になったわけだった。当然ながら兵糧だけで救恤なんて出来ないし、本隊が持ってきた兵糧をそこに使うわけにも行かない。


「既に長安東側の農村などと話を進めている」

「いつの間に…!」


また稟は知らぬ間に一刀は動いていたらしいわね。稟はもうちょっとこういう所を習ってもらわないとね。


そんな稟が恨めしい目で一刀を睨んでいたが、一刀はそんな稟は気に留めず話を続けた。


「とりあえず今年の税を免じ、その代わりに自足に必要な分以外の穀物を市価より少し高い価格で買い取ると契約した」

「市価より高い価格って、今長安の状況を考えると、穀物の価格は暴騰します。それだけの金は今の我々には…」

「……お前は何を言っているんだ?」

「な、なんですか、その人を馬鹿にしているような言い方は!」


一瞬私も稟と同じことを考えていたけど、一刀が言った言葉を考えるとやっと判った。


「買う価格を収穫の前から決めておいたの?」

「現代では基本的な契約の仕方だ。あと念の為に言っておくが、市価というのは現時点での市価のことだ。戦時で長安の物価は既に高めではあるが、後々更に沸騰することを考えると今の段階で価格を決めておく方が良いと判断した」


米の収穫は後二ヶ月は掛かる。その時になって米を確保しようとしたらその間に長安のその間に長安の穀物の価格が暴騰することは火を見るように明らか。だからまだ暴騰しない今のうちに収穫時に買う価格を決めてしまえば後にどれだけ価格が暴騰しようがこちらは契約したお金さえ払えば良い。後に農村の長老などが契約をないことにしようとする可能性もあるけれど……こちらは軍を持っていて、私はそんなにお人好しではないわ。


「長安城に備蓄されている兵糧はなかったの?」

「戦時に安く買い占めたものがあったみたいだが、泥水を掛けられて腐ってしまっていた。食えないし種として使うにも無理があるだろう」

「用意周到にやられたわね…とにかく現状はわかったわ。それじゃあ、稟は西側の被害状況をまとめて明日まで持って来なさい」

「わ、判りました」


稟が明日まで報告書を持ってくるためには今夜は徹夜するだろう。だけど無茶をさせてるとは思わなかった。というより私が言う前に持ってくるべきだったと思った。桂花ならそうだったに違いない。


「あなたは付いてきなさい」

「…ああ」


一刀はため息を付きながら私に付いてきた。


<pf>


「鍵閉めて頂戴」


長安太守が使っていた執務室に入った私は付いて来る一刀に言った。


部屋の中に弱いながら何か妙な匂いがした。何の匂いだったかしら。どこかで嗅いだことがある匂いだけど…。


鍵を閉めたのを確認して私は振り向いて一刀を見た。


「あな…」

「何故西涼を選んだ?」


私が今回の彼の蛮行に付いて文句を言おうとする前に先に質問したのは彼の方だった。


「今になってそれを聞く意味があるの?」

「長安の半分が吹っ飛んだ。話すには十分な理由だと思うが」

「……」

「お前が最初からはっきり言っていたなら俺も単独行動なんてせずにはっきりと動けた。なら被害をもっと抑えられたかもしれない」

「私の責任だって言いたいわけ?」

「すべて国事の最終的な責任は君主にある」

「……」

「お前の素晴らしき人選で今回我々は戦闘では勝ったが戦争では負けた。俺と元直が早く気付いたから良かったものを、でなければ長安の半分どころか長安の全部が燃えた。司隷が更地になっていたかもしれないのだ。西涼もこんな風にして手に入れたいのでなければ言え。何故西涼だ」


一刀は私に質問をしていたが顔は何かを確信している顔だった。彼が裏で調べていたことは既に知っていた。


「…裏で調べていたんでしょう」

「確信がなかった」

「馬騰と私は…だいぶ前から知っていた仲よ。年は離れているけど、彼女のことは競う相手として不足してないと思ったわ」

「だがある事件にきっかけに仲が完全に割れた」

「そう……」


司馬懿仲達。


西涼と司隷の合間の五丈原に隠居している彼女は、その才も色も完璧で、初めて会った時まさに天が私のために用意してくれた者だと思った。だけど馬騰も彼女を狙っていたため、私は早い所彼女を私のものにしようと思った。

が、春蘭、秋蘭の時とは違って、隠居している彼女の意志は堅く、心を開いてはくれなかった。それでも諦めを知らない私はしつこく彼女に貴重な宝や女が好むような贈り物を送ったり、恋文を送ったりして彼女を振り向かせようとした。


そしてある日、彼女が私の所で来た。私はやっと彼女が私を振り向いてくれたのだと内心喜びながらも威厳を保ちながら彼女に会った。だけど思いのほか、彼女が私にした行動は拒絶の言葉だった。


『申し訳ありません、曹操さま。わたくしはあなたの側には居られません』

『私の屋敷で私の目前でその言葉を言うために来たの?私が怒ってあなたの首を刎ねるかもしれないのよ』

『主人が現れたにも前に出なかった罪、仕える者にして百回死んでも文句は言えません』

『私を…主人ですって…?こまで言うのなら尚更私に仕えるべきでしょう』

『これが、わたくしが曹操さまに送れる最大の忠義です。どうかお許しを』


「私は彼女を帰らせたわ。そうするしかなかった。彼女が言っていることは良く判らなかったけど、最初から彼女を殺すなんて、思いもしていなかったら」


最初はただ彼女を私の手駒にするために誘惑していたはずなのに、贈り物を送りながら、恋文を送りながら、いつの間にか私は本当に彼女のことを愛してしまっていた。春蘭や秋蘭よりも。届かない高嶺の花に手をのばそうとする愚かな私の姿がいた。


「だけどお前に会って帰る途中に、司馬仲達は死んだ。お前が護衛だと送った兵士たちによって」

「ええ。だけど私が殺したわけではないわ。葬儀に訪れた馬騰も、秋蘭さえも私が彼女を殺したのだと思うぐらいに、皆私が自分の手に入らぬ天才を他の者に取られないために殺したと思ったわ。だけど本当に私はそんなことを命じてなど居なかった」


彼女は私からもらった贈り物などを全部持ってきたけど、私は彼女に送った贈り物などを無理やりそのまま持っていくようにした。そして彼女を守るために兵士何人かを連れて行かせた。でも高価な宝などに目が眩んだ兵士たちが組んで彼女を犯した挙句殺して森に捨てておいた後財宝を持って逃げてしまった。


私は天下の端から端まで追いかけてそいつらが全部私に殺してくれと懇願するまで苦痛を与えたが、それでも死んだ人と、認め合っていた英雄との仲を取り戻すことは出来なかった。


「それから馬騰が私のことを永遠の敵に見るようになったわ。それから数年が経ったのに、まだ馬騰は私のことを恨んでいる。それだけ彼女の死は私たちにとって大きかった。…西涼を攻めようとしたのは、馬騰が病状に居てもう長くないって聞いたからよ。彼女と再びあって話がしたかったから。そして彼女に会える方法は、これしかなかった」

「……」

「まさか馬騰がここまでして私が来るのを止めようとするなんて思わなかったわ。私が知っていた馬騰はこんな策を使う人じゃないわ。彼女は同時代の人の中で誰よりも民の命の重さをちゃんと判っている英雄だったのに」


私への怒りに目が眩んだ結果なの?そこまで私のことを……。


「一刀…私はどう」

「その後はどうした」

「…その後って?」


私は全部話したと思ったのに、彼は終わっていないようだった。


「司馬懿仲達が死んだ後、お前は彼女を殺した連中を全部殺した。だが話はそこで終わっていなかった。もしそこで終わったならお前とこの話をしていない」

「……!!」


私は何故彼がこれだけ鋭い目をしているかやっと判った。でも、それは……それはこの話と関係ないじゃない。


……まさか…。


「…西涼の…話ではなかったの?」

「……」

「それは今は関係のない話よ。それにその話はあなたの目の前で終わらせたじゃない」

「俺が知らない間にな。始まっていない話は終わりもしない」


司馬仲達の死の敵を取っても、彼女がこの世に居ないことには変わりがなかった。そしてその事実が、既に拒められたはずの私の心を深く刺した。何月もまともに食べられずに春蘭も秋蘭も閨に呼ばずに、目に見えるように痩せてきた。そんな時、ある噂を耳にしたのだった。


五胡が使う協力な妖術があって、その力死んだ者の魂さえもこの世に引き戻す。


そしてその妖術の力が篭められた本がこの大陸の中にあって、その本の名は……



『太平要術』



「お前はその本を司馬懿を蘇らせるために使おうと探したのだ。何年も」

「持っている人を特定して直ぐ前にまで追いかけた時もあった。そいつらを追っている時に、あなたを荒野で見つけたの」

「一体死んだ女のためにどれだけの時間を費やしたんだ」

「…アレがこの世のどこかにあると知った時からずっと」


彼の顔はどんどん暗くなっていた。彼は過去を取り戻すために藻掻いていた私の姿に呆れているのか、それとも自分を他の女を手に入れるための道具に使ったことに怒っているのか。それとも両方なのか。判らなかった。


「だけど、その後あなたに出会ったわ。あなたは…あなたは私が彼女に求めていたものをすべて持っていた。違うことはちょっと性格が悪いのと、男である所だけ。だけどそんなことが気にならないぐらい、あなたは頼もしくて…それにあなたは私に天下を見せてくれると言ってくれたじゃない。だから…」

「お前は俺にその本は要らないと嘘をついた」

「嘘じゃないわ。アレはもういらなかった。あなたが居たから」

「何年も蘇らせようとしていたのにか。あの本を先に見つけたのが俺でなければ、お前はその本を使っていた」

「…そうかもね。だけど、結果的には使っていないわ。それに今はあなたが居るわ。私はあなたさえ居てくれればそれで良い。死んだ人を振り向くことがもう出来ないわ。あなたも同じじゃない」

「お前は言ってないだろ!」

「!」


突然の彼の叫びに私はびくっと震えて、叫んだ本人も驚いて口を閉じたが、体は興奮で震えていた。


「…わるい。時間をくれ」


彼はそう言って部屋を出ようとした。


「待ちなさい」


彼は振り向かずにその場に止まった。

私も止めたは良いが、何を言えばいいのか判らなかった。確かに私は最後の時まであの本を使って彼女を蘇らせることが出来るだろうと思っていた。秋蘭にも春蘭にも話してないその事実を一刀がどうしてそのことを知ったのかは解らなかった。だけど、あの本を持って帰ってきた彼の言葉が私に確信をくれた。彼が居るなら、もう彼女の影を追おうと必死にならなくても良いと思った。だけど思いのほか彼の心は私が思ったよりももっと掴みにくかった。


「お前だけじゃないならどうする?」

「…へ?」


その時、背中を見せたまま彼が言った。


「そんな考えをしたのが、お前だけじゃなかったなら…それでそいつがとっくにお前がやろうとしていたそれを成功していたなら…それでもお前は同じことを言えるのか?」


彼が何を言っているのか判らなかった。私と同じ考えをした人?何?彼を手に入れようとしたこと?それとも……


司馬仲達を蘇らせようとしたこと……。


「まさか…!」

「…馬騰が病を得たのは司馬懿が死んだ後だと言っていたな…何故だと思う」


死んだ者の命を蘇らせることだった。

タダなわけがない。あの頃はその覚悟もあったと思う。


それが例え…自分の命を削ることであるとしても。


「…反吐の出る話だ」


彼はそう吐き捨てて部屋を出てしまった。


距離はとっくに十歩、いや、今までで一番遠くなっている気がした。


「…ごめんなさい」


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