十九話
皇帝SIDE
「こうきうぶぶ!!」
「…だから事前に口を塞いどけって言ったはずだが」
あまりにも驚いて叫びそうになった余の口が北郷一刀の大きな手に塞がれてボロい家に響いたはずの余の声は口の中を回った。
「で、あんたがあの時にちぃたちを捕まえた奴よね」
「名前ってなんだっけ…えっと……」
「北郷一刀、私たちを開放した直後に曹操軍を抜けて一時期劉備軍に居たけど反董卓連合軍が解散した後にまた曹操軍に戻ったわ」
一番下の娘の人和ー本名は張梁と言い、なんと霞の名と読みが同じだったそうだが、黄巾党が滅んだ後は姓名は捨てて真名だけで生活しているそうだーという娘が眼鏡を磨きながら言った。。
「良く知っているな」
「ここまでは世間の話に耳を傾けていれば判る事です。何故あんな動きをしたのかはさすがに判りませんが」
人和が掛け直した眼鏡を指で眼鏡の間をグイッと押しながら言った。凄く知的に見えるな。余も買ってみようかな、眼鏡。
「もしかして、私たちを見逃したから追放されたとかじゃ…」
「…そういう理由ではなかった」
「そっか。良かった」
一番上の大きな胸にどこか穏やかそうな雰囲気を出しているのが劉玄徳公に似ている天和ー余が洛陽で見た張角の姿は人の形すら保ってなかったのに今になって見ると凄く失礼なほど美人であるなーが本当に心からほっとしかかのように安堵の息を吐いた。
「何が良かったよ。あいつのせいでわたしたちがこんな目に合っているんだから」
「別に彼は黄巾党が滅ぶことに決定的に何かをしたわけではないし、寧ろ私たちが生き延びれたのは彼のおかげよ。ちい姉さん」
「そうだよ、ちーちゃん。こうして三人揃って居られるだけでも、お姉ちゃんは凄く幸せだな」
「うわあん、一人は冷静に突っ込むし、一人は呑気なこと言うし!二人とも今の私たちの状況に何の不満もないわけ?!」
「お姉ちゃんは二人と居られるとそれでいいかな」
「全然ないってことはないけど馬鹿な群れに自由を奪われるよりはマシよね」
「ああ、もう!!」
間に挟まった兄弟の悲哀とでも言うのだろうか。体格的にも合間に挟まっている二人目の娘ー地和ーは唸った。
「ところで一刀さん…と呼んだらいいのかな。一刀さんはどうしてここに居るの?隣に居る娘は?」
「単なる偵察だ。こいつは別にどうでも良い」
どうでもいいとはなんだ!
「ぶはっ!えい、ちゃんと紹介をせぬか」
余はそれまでも余の口を塞いでいた北郷一刀の手を退かして不満を吐いた。
「…はあ、なら自分で紹介してみろ」
「ふむ、聞いて驚け。余こそは、天より生まれし娘、漢王朝を治める皇帝であるぞ」
「「「……」」」
…何だ?何故三人とも余をそんな可哀想なものを見る目で見つめるのだ?
「そっか。皇帝さまなんだね。偉いね」
「ふあっ?!何を気安く頭を撫でておる。さては信じていないな!」
「だってあんたみたいなちっちゃい子が皇帝だなんて誰が信じるのよ」
「より貧相な汝に言われる筋合いはないぞ!」
「そもそも本当に皇帝なら一人称は『朕』なはずよ。真似をするなら形からしっかり入ることね」
「そんな堅苦しい一人称なんて使って負ったら口から埃が出る!」
特にこの一人称は張譲からもな散々言われたが曲げなかった余のたったひとつの意地なのだぞ!なのに余の地位を否定される理由になろうとは…!
「俺から言わせてもらうが、こいつが洛陽の皇宮で皇帝の座に座っていたのは確かだな」
「何だその回りくどく言う!まるであの場の情況が余が皇帝であるしかなかったから認めただけみたいな物言いをするな!!」
「あまり叫ぶとあぶな…」
グググ…!
「はっ!」
「だから叫ぶなって言ったのにうぶ!」
「ひああ、崩れちゃうぶ!」
「二人とも落ち着いて。ネズミが騒いでるだけだから。崩れたりはしないわ。本当に崩れそうな時は上のネズミたちが全部ここに降りて来るはずだから」
「「それはもっと嫌!!」」
天井から土埃が落ちてきてぐぐぐとする音が聞こえてきて余も張家三姉妹の姉二人も右往左往した。だが人和がゆっくりと両側の二人の口を塞ぎ、そのまま北郷一刀の方を見た。
「何故河北ではなく長安に来た?」
北郷一刀が聞いた。
「最初は河北の方に行きました。でもどの街にいても以前黄巾賊だった人たちが居たので、私たちの正体がバレるのが怖くて長居することができなかった。だから直ぐ諦めて西側に来ました。洛陽で呂布に負けた以来、この当たりは黄巾党が騒いだことがないから、私の素顔を知る者も居ませんでした」
「放浪芸人としての仕事は?」
「河北では何回か道中で演じてみましたが、さっきも言ったように周りの目が気になったのでこちらに来た後には普通に店の店員とかをしてなんとか生活してきました。たまに店で頼まれて歌ったり踊ったりはしてましたね」
「…なら以前よりは質は落ちてるのか」
「何よ!ちいたちがこうなったのはあんたのせいでしょう?!」
地和が人和から制裁から離れて文句を言った。
「……確かに以前みたいに大きな群れを連れた舞台を開くことはなくなったけど、だからと言って練習を疎かにしてはいません」
「そう、そう。私たちにとって歌は生き甲斐だからね。いつか西涼で一番有名な芸人になるのが私たちの新しい夢なんだから」
「夢はそうだけど、今私たちはこの様じゃない。店の給仕をしながら、歌ったり踊ったりするのもたまにだし」
他愛のない話が行き来する中、余は何故北郷一刀がこの時期に張三姉妹についてこんな話を聞くのか良く判らなかった。だが北郷一刀がすることであるなら、何一つ無駄でやっていることはない。そればかりは彼との付き合いで知っているつもりだった。
「でも、長安城だけだと、私たち結構有名だよ?道歩いてると可愛いって良く言われるし、この黄色い服着て歌ってると蝶々みたいだって、『蝶三姉妹』って言われてるの」
天和がゆったりした声で言った。一番上の娘が自分たちが置かれた情況に呑気であることは三姉妹の性なのだろうか。
「こんな城の中で有名なった所で何も良いことないよ。宿からこんなぼろい家に移るのがやっとだったでしょう?」
「宿では心置きなく練習できないから、小さくても自分たちの家があった方が良いと皆で決めて買ったんでしょう?」
「でもこんなちょっとだけ大声だしたらネズミが走るまでのボロい家だとは判らなかったもん!」
グググ…!
「「しーっ」」
「うっ…ごめん」
「…家を騙されて買ったことはともかく、つまり長安では指名度はあるってことだな」
北郷一刀、一体何を考えている?
「だったら少し俺を手伝ってくれ」
「はあ?冗談でしょう?なんでちいたちがあんたを…」
「内容と条件次第では…」
「れんほー!」
何の迷いもなく噛み付いてくる人和を地和は制止しようとしたが、北郷一刀は気にせず言い続けた。
「長安の人々を扇動して欲しい。こちらからの条件としては……成功した場合曹操軍でお前ら三人を積極的に支援する。陳留に住処と練習場を与えて、共演を広げるための投資、領内での安全を約束する」
「おおっ!」
天和が嘆声を上げた。
「……具体的に何をすればいいのですか」
「直に長安の街にとある噂が広まる。内容はこうだ。『西涼軍が長安の民を捨てて逃げる企みをしている。しかも敵に奪われないためにまだ実ってもいない米もすべて燃やしてしまうつもりらしい』」
「「……えええ!?」」
ググググググ!!
「既に長安に潜んでいるこちらの間者たちにとある噂を流すように言っている。期が熟して街が混乱し始めれば、お前たちが彼らを扇動し、街に混乱を引き起こしてくれれば良い」
「…それだと私たちに来る危険が大きすぎます」
「だからこそのこちらからも破格な待遇を提案をしているのだ。それにこれの何十倍の人を扇動して回ったこともあるだろ?」
すごい勢いで天井のネズミたちが走り、もう本当に家が崩れるのではないかと余も少し不安に思えるぐらいうるさいのにこの二人は凄く冷静に協商をしていた。
「いやいや、ちょっと待ちなさいよ。人和も何軽く流してるのよ。今の話本当なの?!」
「流言の虚実はこの際重要じゃないわ。私たちが知ったことじゃないもの」
「知ったことじゃないって…」
「私たちの目的はもう一度天下に私たちの歌と踊りを披露すること。さすがに政略に巻き込まれるのはごめんだけど、その内容が本当か嘘かは、実際の成敗と必ず関連があるわけではないわ。それに、例え事実だとしても私たちに出来ることはなにもないもの」
「なくないよ。早く店の親父さんに教えて避難させないと…後他の街の人たちにも…」
「それ以前に私たちはどうするのよ。今からでもここを出た方がいいんじゃないの?」
人和はどこか北郷一刀と思考が似ているな。しかし、普通は逃げようとか思うだろうに天和もなんだか劉公に似たことを言う。地和の反応が一番正しいと思う。
「話を戻していいか。今曹操軍の勢力圏は兗州、洛陽に限られるが、この戦が終われば西涼も我らの手に入るし、中原の制覇も時間の問題だ。それに劉備軍との友好条約を利用すれば河北までも活動範囲に入れることが出来る。我々の目が行く場所では安全にやりたかった共演活動が出来るようにしてやるってわけだ」
「安全面の件も魅力的ですし、資金関連の支援もありがたいですが、私が気にしているのは人力の方です。結局の所、私たちに前もって言った条件たちを十分に使える実力がなければすべて無意味です。だからこそ私たちが練習に専念できるように舞台の調整や資金問題などを他で管理してくれる人が必要です」
「……マネージャ…管理者として付けてやれる人物は居る。そいつを付けよう。能力は俺が保証しよう」
「…ちょっと待ってください。お姉さんたち、ちょっとこっちに来て」
そう言って人和は姉二人を連れて他の部屋へ向かった。その間俺も聞きたかった言葉を北郷一刀に訪ねよう。
「北郷一刀、どうするつもりだ?」
「今長安はとても堅固だ。しかも西涼から来たという太守からの信望も厚い。内憂を起こすにはそれなりの不安要素が長安に含まれていなければならないが今のところ一切そういうものが存在しないのが問題だ。相手は今まで積もらせてきた信頼を全てこの一度の策のために貯めてきたと言っても過言ではない。それに比べて俺がこの城に潜ったのはたかが数日。正直それだけでは相手の策を揺さぶることは難しい」
「……」
今まで集めてきた長安の民の信望が、長安太守にとってはただ策を成功させるための準備でしかなかったというのか。そうやって民たちの信頼を裏切るというのか。
「今長安の民たちの様子を見ると現太守をかなり信頼しているし、周りから見ると確かに今の長安の采配は自分たちを絶対に守ってくれそうな動きをしているように見える。だがらその底にある本意を人々に信じさせるには、丁度良い混乱と、そしてある程度の人々からの信頼を得ている者の支持が必要だ」
「それが彼女らってわけか?しかし彼女らは…」
「最初に黄巾党がどうやって始まったか判るか?」
「?」
余が知っている限り、悪政に耐え切れなかった民たちが黄巾党の首魁の張角の元で束ねられて官軍に反旗を挙げたのが黄巾の乱の始まりだった。そこまでならまだ良かったものの賊と化して他の力の無き民たちを苦しめる強者となった。
「彼女らが最初から王朝を転覆出来るような大軍を集めようとあんなことをしていたわけではない。彼女らはただ自分たちが歌って踊ることを見て人々が自分たちを見てくれるそれを楽しんでいただけだ。だが本当にそれを楽しんでいたのは、実は民たちの方だ。悪政と盗賊からの略奪で絶望しかなかった人生に彼女らの歌と踊りは彼らに生きる楽しみを与えてくれた。一部妖術が含まれてたとは言え、元々人々が平和で幸せな世で生きていたなら、あんな乱が起きることもなかっただろう。彼女らの歌と踊りを世に唯一ある希望だと思った人々が集まったのが、最初の頃の黄巾賊だった」
「……」
「逆に彼女らにとっては…最初からこの国がどうなってしまうかそんなことはどうでも良かったのだ。ただ人々が自分たちを見て楽しんでくれることを、自分たちも楽しんでいた。それだけのこと」
「結局、彼らの声を我々が聞いてくれなかったから、あんな小娘たちに頼って立ち上がろうとしたってわけか」
黄巾賊が単なる賊の乱ではなかったことはもう解っているつもりだった。でもその始まりが何かを知ると、更に自分と、この国がどれだけ愚かだったかを思い知らされた。
さっき一番上の姉の方からもらった髪飾りは今余の手の中にある。小さくて大したことのないように見えるが、赤の他人にこんな親切を施す出来る人間は、この乱世にそう居ないのだ。彼女らはそんな心を持っていながらも、余に賊の首魁とされ、今まで死んだかのように過ごしてきた。
彼女らのその心と才能が正しく光を浴びることが出来なかったのも、またこの国が滅ばなければいけない罪の一つなのであろう。
「説得し終わりました」
その時張三姉妹が戻ってきた。
「うぅ…危険なことは嫌だな…」
「これ、ちいたちの安全の保証してくれるのよね」
「成功した時は生きる。失敗したら死ぬ。だがその時は俺も死ぬだろうからそれで心の慰みにしろ」
「なりますか!」
本当にこの男は自分の死を清々しい顔で言うな。
「安心すると良い」
こういう時は虚言でも安心させてやるべきなのだ。
「ここに居る者は十万も越える軍隊を前にして、病に蝕んだ体で彼らの前に立ち、一粒の血も流さず洛陽の民を救い出した天の使いだ。彼の元に居る限り、無駄に命を散らすなどという悲しい事は決して起こりはせぬ。彼が何があっても三人を守るであろう」
「俺の名と体を売って勝手にカッコつけるな」
「ふふっ…ありがとう、一刀さん」
天真爛漫な顔で礼をする天和を見て呆れつつ、北郷一刀は視線を避けた。
「…俺は一言も助けると言ってないが」
ああ、でも無理をしてまた倒れたりしたら困るな。その時は丞相が本当に余のことをシメそうだ。
「まあ、その代わり汝が危ない時は余も助けてあげよう」
「お前は今この場所に俺と一緒に居るってだけで俺を危険に落としているが」
「全く素直じゃない男よ」
「心の底から本気だ」
「で、具体的に私たちはどうすれば良いの?」
天和が聞いた。
「既に間者たちより噂が流れている。戦が起きるだろうと既に知っている中、街の治安も、民の信望も厚いと言えどその不安を完全に抑えこむことは出来ない。数日で長安の中心街でその噂を知らない者は居なくなるだろう。そこでお前たち三人で、街の人々に例の噂が本当でこのままだと長安は餓えるだろうと人々を扇動し騒ぎを起こすのだ」
「でも、仮に扇動がうまくいくと言っても官軍に勝てるわけないでしょう。こちらは大した武器もないのよ」
地和が不満そうに言った。
「もちろん、お前らだけで城を制圧しろとは言わない。騒ぎを起こすだけで十分だ。時期に人々の混乱を統制できなくなると防衛軍とぶつかる前にお前たちは身を隠せ。後はこっちからなんとかする」
「…つまり扇動時には私たちの安全は保証できないというわけですね」
人和は相変わらず痛いほど弱点を突けてくるな。一瞬北郷一刀の顔がひきつったぞ。
「そうなるな」
「…判りました」
お、以外と簡単に受け入れるのだな。
「なにせ今回の相手は名士だ。それだけは断言できる。今まで俺に悪名がついたのは相手がとんだ雑魚だったからそうなっただけで、やっと知恵のある奴が相手になっただけだ。そんな相手にたった数日で完璧に通る策なんて立てられない」
北郷一刀は背を椅子にもたれて指を頭の後ろで組み合わせながら言った。
「それでも、何もしないままに居るよりはマシであろう?」
「マシだかどうだかは今後の流れを見れば判る。案外、黙って居た方が良かったかも知れないし、こうでもなければ何もかも最悪だったかもしれない」
「汝にしてはずいぶんと曖昧な言い方だな」
「言ったはずだ。今までの連中の水準が雑魚だったから俺の思惑通りにもなれた。これからは違う。…味方も同じだしな」
北郷一刀がここまで言うほど、長安太守はは大した人物なのだろう。いつもの自信が北郷一刀からは見つからなかった。
「ねえ、れんほー、本当にあいつのこと信じて大丈夫なの?」
「危険な賭けなのは否定しないわ。でも私だっていつまでもこんなボロい家の下で辛く生きる生活を続けたいわけじゃないから。これが成功したら、また私たちの夢に向かって本格的に歩き出すことが出来るわ」
向こうは向こうでいろんな感情が交差していた。
「…じゃあ、俺たちは出る」
「…ここで匿ったりはしないのですか?」
「こんな女だらけの所に男の行跡が見えたらバレバレだろうが。策が成るまで適当に街の隅で乞食の真似でもしていた方が安全だ」
え、そこまでしなければいけないのか。そういえば路銀とかも荷馬車に置いてきたのか。それにお金があってももうこれぐらい時間が経ったら顔も知らされているだろう。どこかに引っ込んでいるのが一番安全というわけか。
「あんたがどこで何をしようが構わないけど、そんな所に女の子を居させても良いと思うわけ?」
「もう、ちいちゃん、そんな風に言うのは良くないよ。でも…確かにこんんな可愛い娘にそれは頂けないかも」
「子供一人ぐらいなら、こちらからでもなんとか隠すことが出来ます。ここはあまり人が良く通る場所でもありませんし」
「…そうだな。それならこいつだけ置いていくから責任取ってくれるか?」
「何を馬鹿なことを言っておる。余も汝についていくぞ」
余は呆れて言った。しかも子供扱いとは心外だ。余は歴とした大人だぞ。
「…お前が乞食の真似なんて出来ると思うか」
「簡単であろう。こんな毛布を被って食べ物や金を乞いながら頭をぐっと下げていたら誰にもばれない」
「…お前は見た感じがもう高貴なアウラーが出ている。その白くでツヤツヤした肌で乞食の真似なんてしてたら即座にバレるだろうが」
「肌ぐらい体に泥をつけていればバレないだろう」
「……そこまでして俺の邪魔してくる意味があるのか」
「あるとも。汝が無茶なことが出来ないように監視しているのだ」
実際にそうであろう。
余が居なかったら北郷一刀が長安に入ってきたここ数日、これだけ静かに動いていたはずがない。きっとこれよりももっと大掛かりで、もっと危険なことをしたはずだ。それが余が居るから出来なかった。北郷一刀からすれば余がお荷物かもしれぬが、余からすれば、そして陳留に居る曹丞相からすればいい歯止めになっているのだ。
「余をここに置いていく権利が汝にはないぞ、北郷一刀。余は汝の監視役でもあるのだ。汝が行く所に余もついてい…あれ?」
どこへ行った?
「あの…一刀さん、もう行っちゃったけど」
「そんな馬鹿な!」
余の感動で涙が出るような独白が流れてる間にそれをものともせず逃げ去っただと!
「諦めなさい。今から探しに行ったりしたらあなたも彼も捕まってしまうかもしれないわ」
「むむむ…」
それから余は結局三姉妹の家で居候することになった。策が実行されるまでに彼女らといろんな話をするのだがその話は省こう。
そして数日後、北郷一刀の策は結果的に見事なまでに成功することになる。だが再び見た北郷一刀の顔は決して嬉しい表情ではなかった。