不滅の命
「神はいつも見ています」
そんな辻説法を無視して夜の街をいくと、悪魔と名乗る何かが俺の前に現れた。
ビル陰の闇が凝ったようにその悪魔は現れた。
悪魔は俺に契約を申し出る。どんな願いも叶えてくれるらしい。
「悪魔なんかと、契約なんて交わせるかよ」
俺はもちろん断った。
何故嫌がると、悪魔は訊く。
いやいや、普通嫌がるだろう。
「神様に怒られちまうよ」
俺はそうも言ってやった。さっき見た辻説法が脳裏をよぎる。
何故怒られると、悪魔は更に訊く。
「神様ってあれだろ? この世界を作った人だろ? 全能で、永遠の存在。で、いつも俺らのこと見てんだろ? ちゃんとしてなきゃ怒るだろ?」
神罰だって食らうんじゃないかな? 俺は別に信心深くはないけど、それぐらいの考えは思い浮かぶ。
見たことがあるのかと、悪魔はこれも訊いてくる。
「見たことはないけどよ。向こうは見てんだろ?」
俺は何処までも悪魔の申し出を断ろうとする。
ならこれでも神を信じるかと、悪魔は訊いてきた。
「これでもって、何だよ?」
俺が不審に思って周りを見回すと、凶器を片手に持った集団に取り囲まれていた。
俺は方々を小突かれ、ほうほうの体で放り出された。もちろん財布の中身は持っていかれた。誰も助けにこなかった。
どうだ神様は見ていたかと、悪魔は訊いてくる。
「見てても、いちいちこんなことにかかわってこないだろ?」
俺は痛む体を撫で摩る。神様の擁護をしたい訳ではないが、悪魔の甘言に乗る訳にもいかない。
神罰は食らわせてくれたかと、悪魔はそれでも訊いてくる。
「食らわせてはくれなかったけど」
とにかく俺はノルマがこなせなくって困っていると、悪魔は泣き言ともとれることを言ってきた。
今なら大サービスだ。何の代償もなく、願いを叶えてやろう。何の負担もなく、悪魔と契約できるぞ。
悪魔はそんなことまで申し出る。
「悪魔の甘言になんて乗るものか」
尚も俺が断ると、悪魔は仕方がないなと呟いた。
諦めたかと俺が思っていると、強硬手段だと悪魔は厭らしい笑みで微笑んだ。
悪魔の笑みとともに俺は車にひかれ、死にたくないと申し出るはめになった。
「死にたくない」
確かに俺はそう言った。死にかけていたのだから仕方がない。
悪魔は悪魔にしては律儀な奴で、立場が逆転しても特に何の代償も求めなかった。
ノルマをこなすのが最優先だったのだろう。だが仕事は雑だったのかもしれない。
俺はその後、歳をとらなくなった。歳をとるとは死に向かう現象だからだろうか。
何かのアクシデントで死にそうになっても、その度に何とかなってしまう。
そう死ねなくなったのだ。図らずも不滅の命を手に入れてしまったようだ。
周りの人間が次々に死んでいく。俺だけが死なない。
長い年月が経った。
人類は相変わらずで、戦争をしたり、平和を謳歌したり、武力に訴えたり、平穏を浪費したりしていた。
人類は何度も滅びかけたが、その度にしぶとく生き残った。
ありがたいことだ。そう、他の人類に死なれては、何より俺が寂しくって生きてられない。
もしかしたら悪魔の力が、人類を生き残らさせたのかもしれない。
だがその人類も宇宙の消滅には勝てなかった。宇宙の時間が終わり、無が訪れた。
俺は無の世界でも死ねなかった。
俺は何もない世界で一人生き残った。もちろん宇宙に終わられては、俺も本当は生きていけない。
何もすることがない。いや、宇宙がないから何もできないのだ。宇宙がないのは世界がないのと同意義だった。
何より暗い。世界がないとはこんな暗いことだったのだ。
俺は光を求めて、昔誰かが言ったような台詞を口にした。
俺が求めた光から、俺を死なせない為の新しい世界が始まった。
そう、俺はこの世界の創造主になったのだ。まるで全能の神のように。
俺が作り出した世界の人間は、ゆっくりとした足取りで進化していった。
そして言葉を覚えた新しい人類達は、次々と文明を発展させていく。
人類は自らが生まれた意義を、日夜考えているようだ。
ある日文明がある程度発展し、街角で誰かが辻説法をしていた。
「神は我らの世界を作りました」
間違っちゃいないな。その言葉に通りがかった俺は思う。
「神は全能です」
ちょっと違うかな。それに悪魔の力だし。
「神は不滅です」
それで困ってるんだけどね。
「神はいつも見ています」
それはどうだろうね。
俺は戦争と平和を繰り返す人類を、自分の見える範囲だけ見てこれからも不滅の命を生きていく。