僕が先に好きだった幼馴染が王子と婚約したと思ったら出戻ってきた件。
近隣が共和国や王の名を捨てて国として名乗ることが増えたここ100年。我が国はまだ王国をやっていた。貴族議会と集合議会、通称平民議会とで殴り合いしながら、その仲裁やら落としどころを国王が決めてなんとか国を維持していた。
その貴族の末席に僕はいるが、貴族議会に呼ばれたことはない。国防ともかかわらない半端に辺鄙な地域はお呼びでない。あるものは古い遺跡群。それに吸い寄せられるようにやってくる学者を養っていたら学術都市と呼ばれるようにはなっているが、国内で有名というわけでもない。
嵐一つやってこないような平穏。
それを乱す存在が帰ってきた。
彼女の両親からちょっと様子を見てきてくれないかと話があって滞在しているという家を訪れた。彼女のご両親曰く、いつも通りそうなんだけど違和感があるが親には言えぬこともあるだろうから頼むと。
一人娘の家に男を呼んでもなにもないという信頼が厚いんだか、ツライんだか。
家の前に彼女はいた。
「よぉ」
大変雑に片手を半端にあげて彼女は挨拶してきた。
光の滝と称された金髪は肩で切られている。さらに微妙に揃っていないし、毛先はてんでバラバラに跳ねていた。
女性というのは髪が長いものである。成人までに最低限結えるように伸ばすし、老齢で髪が減るようになれば付け毛を足すほどだ。女性の美しさは髪が命とまではいわないまでもかなりの分量を占める。
その髪をまだ若い彼女が切る。よほどのことでただ事ではない。
と普通なら思うところだ。
「いびられて切られでもしたのかい?」
「髪は旅費が足らんので売った。とても良い金になった」
「だろうと思ったよ……」
彼女は己の美しさに微量も価値をおかない。整えれば美少女の末席に滞在できるポテンシャルをぶん投げている。そんなもので腹がふくれるのか? という思想だが、僕以外には不器用でうまくできないと気まずそうに言うらしい。
私、男がよかったな。男が。と主張し、意識を入れ替えるような禁呪を探し出すようなところがある。さすがにそれは止めたが、どうして私に丸ごとくれないのと泣かれたことは割とトラウマである。
暴君過ぎる。
彼女は家の中に招き入れてくれた。僕を先に入れて扉を閉める。部屋は綺麗だったが、滞在が短いためまだ荒れていないという感じだろう。
その証拠にすでにテーブルには本が積み上がっている。ちょっとだけ避けてみましたと言いたげだ。
お茶でもと出されたのが意外だった。飲めばちょっと苦い。
その様子をじーっと見られると気まずい。なんとなく積まれた本に視線を向けた。
「文字読めないな」
「古代語だからな。覚えておけといったのに」
「最低限は読めるよ。えっと、変換?」
「置き換え。
それで? うちの親からなに言われた?」
「様子がおかしい、とだけ。まあ、いつも通りで良かったと言いたいところだけどな」
「ほんとうに、そう思うか?」
3年ぶりの彼女の目はどこか曇っているようにも思えた。ここを離れたときにはキラキラとした目をしていたものだ。まだ見ぬ書物と知識に思いを馳せて。
彼女は考古学の権威たる父の手伝いをしているうちに国立の学院に入学することになった。遺跡のある辺鄙なところより知の集積地である学院に通ったほうが良かろうとこの町を出ていって3年。去年婚約したという話を聞いた。王子様に見初められてということで、僕は幼馴染への淡い恋心を自覚したとともに失恋したわけである。
その幼馴染が帰ってきた。結婚もなしにして。異常事態ではある。
「どうしたん? 話聞こか?」
ということになる。傷心に漬け込んでやる気は満々だ。
「大した話ではない。
私は私の知を求められて選ばれたと思った。しかし、蓋を開けてみれば美しい髪の手入れが最重要とされ、麗しく着飾って微笑み、余計な口出しをしない、ということを求められた」
……。
思ったより、最悪だった。一番向いてないチョイス。
「このツラと髪が目的かぁっ! と思って、目の前で髪を切ってやったわ」
そう言ってふははははと笑う。
蛮族だ。
相手の王子が卒倒しそうだ。おそらくそっちのほうが繊細だ。百倍くらい。まあ、それはさておき。
「髪を切ったのは旅費のためじゃなかったのかい?」
「あ、やべっ。切ったあとはちゃんと回収して売っぱらったのは間違いない」
「なんで、頭いいのに頭悪いの」
「知るか」
ああ、蛮族。知識で殴り合う世界で生きてるから……。一般常識、追加仕様だから。最初っから僕もついていけば良かったんだろうか。完璧美少女をプロデュースできる自信はある。それが幸せかは不明だけど。
「不敬罪とかで連れて行かれない?」
気を取り直して確認する。僕は一応領主ということになっており、なにか問い合わせがあったら応じなければならない。若い僕が老獪な相手をどうにかするのは難しいのだけど。
ま、面倒になったら隠居した両親と祖父母も駆り出すけどね。悠々自適に遊んでんだからこういうときに役に立ってほしい。
「ああ、そこはほら、王政が残っているが、法治国家として運営されているから大丈夫だろう。
王族の前で自傷行為に至ったからと言って捕まるようじゃなぁ」
そう言ってふうやれやれと首を横に振る。
大丈夫な気があまりしない。ギリギリのところを煽り倒して帰ってきた気がする……。高度な学術嫌味とか駆使して相手が理解しないことを幸いに。
「人の知性を認めたくせに、ツラがいいというからと美しく保てさらに結果は出せというのはありえん。破談と話をしたが応じないなら、狂人を装うしかないじゃないか」
「いや、まぁね?」
普通はそこは妥協して微笑み係するもんじゃなかろうか。王族に並ぶなら。と思うがお前やれといわれたら逃げようと覚悟するので、言える話でもない。
というか、生きて帰ってきたの奇跡なんじゃなかろうか。無理強いするなら、巻き添え多数で死ぬまで抵抗するタイプだ。
考古学というもののヤバさを考えると王族全滅させてきてもおかしくない。
あれは滅んだ文明の真髄を再現するためにある学問だ。この地に眠るのは神宿りし星都。異界よりやってきたという女王がいた。
この世の理とは別に動いているところはある。国もそれは把握しているが、幼馴染がそれにどこまで関わっているかなんて知りようもない。
「でも、戻ってこいと言われたらどうするんだい?」
「そこは大丈夫!」
にやつく幼馴染。なにか嫌な予感。
「王立学院は良かったよ。本当にね。禁呪とかゴロゴロ落ちていて誰も見向きもしない。古臭い呪いだってよ。愚か、愚かっ!」
「あ、僕、おうちかえる」
「そろそろ、全部くれるよな?」
視線がマジだった。なぜか動かない体。アレ? もしや薬盛られた!? 最初のお茶怪しかった?
「いーやーだーっ!」
やや呂律が怪しいが声が出た。良かった。最悪、叫びまくって誰か呼ぶ。来なくても抵抗はする。
「ほらこの体を自由に」
揺らす胸に思わず視線がっ! 見ない間に育って……。
「僕の品性と純情を貶めないで! だいたい、なんだって君はできるよっ!」
「できなかった。できなかったんだよ」
「じゃあ、できるまで、一緒にいるからっ!」
体入れ替えて、僕を王子に捧げようとしないでよっ! なんでだよ! 好きな子に生贄にされるの!
ちっと舌打ちされた。
「その言葉、ほんとうだね?」
「君がいらないと言うまでね」
「それはない」
仏頂面で彼女は言う。
「君は、一度、いなくなったからね」
「金に目がくらんだ。反省している。本当に金払いが良かった」
「クズの発言だ。王子が可哀想だ」
詐欺である。おそらく、本代に化けたお金は返還していないだろう。
「顔だけというのもクズでは」
「それはそう」
お互いに相性が最悪だっただけである。
僕と彼女の相性はどうなのだろうか。最悪ではないだけマシ程度かもしれない。
ほんと、体ぶんどられそうになるのになんで好きなんだ。理不尽だ。
でも、古代の話を語る彼女の横顔はとてもキラキラしていて、なによりも美しかったんだ。それが蔑ろにされるがの許せないと思えるほどに。
「では、ひとまず婚約から」
「気が早くない?」
「再度婚約言われたら嫌だから」
「まあ、そういうことなら」
かくして、僕は好きだった幼馴染と婚約することになったのである。
その後といえば、王子が押しかけてきたり、僕の名前で数々の発表をされたりと色々あるのだが余談である。




