魔王と勇者と偽聖女
近年、ペンバートン王国は魔王の脅威に晒されていた。
小さな村々が次々に魔族の襲撃を受け、男は殺され、女子どもは攫われた。王国の辺境から始まった襲撃は少しずつ王国の中心部に近づき、そのことに人びとは震え上がった。
追い詰められた王国は、神々に救いを求めることがした。これはもともと、王国に豊穣を齎す《聖女》が存在していたからできたことである。
そして王国は、一人の青年を勇者として擁立する。
名はカール。母一人子一人で生活しながら郵便屋の配達員として働いていた、学校を卒業したばかりの十八歳の青年である。
ペンバートン王国の第一王女との運命的な出会いによって見いだされた青年は、もともと戦いを知らなかった。魔族どころか、魔物も見たことがないような平和な生活をしていた。
その青年に、王家は神々から与えられたとされる剣を賜った。【退魔の宝剣】という、あらゆる魔のものを殺し尽くす剣である。
カールは魔族に襲撃された村々を視察し、その残虐な行いに魔族に怒りを向けた。そして王家に請われ、何よりも王国の無辜の人びとを守るために、魔王討伐のために立ち上がったのである。
「これで安泰だ」
人びとは口ぐちにそう噂した。儚い容貌の、ひどく美しい第一王女は、心配のため眼に涙を浮かべて出立するカールに言いつのった。
「どうかどうか、ご無事にお帰りくださいませ」
そうしてお披露目の末に、多くの声援を受けて、数人の仲間たちとともにカールは魔王国に向けてカールは旅だったのだった。
カールの仲間には、魔族に故郷の両親を殺された剣士や、恋人を殺された魔法士がいた。そういった者たちは、事あるごとに魔族への憎悪を口にした。
「どうしたって、相容れないものはあります。魔族というのは、生きていることが間違いなのです」
仲間の中で一番優しい、ひどくおっとりとした少女が、このときだけは吐き捨てるような口調で言った。彼女は弟を魔族に殺されているのだ。
「魔族に殺されたひとのご遺体を見たことがありますか? まだ六歳の、本当に小さな男の子ですよ。まるで、力任せに手足を引きちぎられたようでした」
ぬる、と笑う。その場にいるだけで雰囲気を和らげるような、ひどく明るい、柔らかい性格の少女が、このときだけは何もかもを失い果てた老婆に見えた。
「あのような化け物が、まるで人間様のように二足で立って、社会を作って生活している。悍ましいとは思いませんか?」
くすくす、と少女は笑った。それこそ第一王女にも劣らないくらいの飛びきり可愛らしくて美しい少女だったけれど、その笑い方があまりに薄ら寒くて、勇者はぞっと背筋を震わせたのだった。
やがて一行は、魔王国の端にある一つの村に辿り着く。その村を遠目で見やって、仲間が言った。
「女も子どもも関係ない、一人残らず殲滅しよう」
ひどく軽い、当たり前のような口調だった。例えばキッチンで見かけた虫を殺そうとするときに、人間はこういう声を出すのかも知れない。
ちらりとカールが視線を向ければ、剣士がひょいと肩を竦めた。
「あいつらは人間であれば、女子どもも殺すだろ。俺たちが遠慮してやる義理はない」
「それに女を生かしておけば、また殖えるかも知れませんよ」
そう言い放ったのが例の少女だったので、カールは内心でぎょっとした。
けれど、仲間たちの言い分が正しいことも事実だった。魔族というのは人間の国を襲って、女でも子どもでも殺す。
腹を括って、カールはどうにか笑みを浮かべた。
「よし、殺そう。――周囲に炎の結界を張って、逃げられないようにしてから襲撃しよう」
カールは王宮の人びとに見せられた、村々の惨状を思い返した。これ以上、あのような惨劇を繰り返させてはならない。
カールの号令で、仲間たちが一斉に突っ込んだ。何よりもカールが、真っ先に戦陣を切った。
カールが授かった【退魔の宝剣】には、使用量の限界がある。だからカールは、基本的には普通の剣で対応することになる。
カールは王家に見いだされるまで、ただの一度も剣など握ったことがない。
けれどカールには、才能があった。剣を振るうというその一点に限って、神から授かったような、天賦の才能が。
「――行くぞ!」
鬨の声を上げて、カールは村の中心に突っ込んだ。
人間と似たような見た目の、一見すると平穏な村である。突然の襲撃に、村は一瞬でパニックになった。
人間と違うのは、魔族というのは全ての個人が魔法を使えるという点である。人間以外の亜人種というのは強い魔力を受けて生まれた生き物であるので、基本的に全ての個人が魔法を使えるそうだ。
たとえ魔法が使えようとも、女子どもが真っ先に悲鳴を上げて、逃げ出すのは人間と変わらなかった。逃げるときに子どもが転んで、その子どもを助け起こそうと女が逃げた道を戻るのも。
その女の背中を、カールは切り捨てた。
顔に蛇のような鱗の浮いた女だった。見た目が人間と違うのは、人間であるカールにとってはやり易いことだった。
だって彼らは、人間ではない。
剣を突き上げて、カールは叫んだ。
「――我らは王国から遣わされし勇者とその一行である! お前たち魔王国に宣戦布告にきた!」
カールの叫びに呼応して、仲間たちも叫んだ。これによって、人間による魔族の一方的な蹂躙が始まったのだ。
魔法が使えても、男でも、逃げ出すものは逃げ出した。たとえ向かってきても、どれほど魔法が強くても、正式な戦闘訓練を受けたカールたちにとって素人の魔族の男はあまりに弱かった。
逃げる魔族も、立ち向かってくる魔族も、カールは残らず切り捨てた。
「……なんだ、こんなものか」
カールは呟いた。戦闘の興奮でひどく声が上擦っていたが、カールはそのことに気づけなかった。
ひどく、ひどく、興奮していた。異常なほど心臓が高鳴って、いっそ吐きそうなほどだった。耳元ではごうごうと血流の音が鳴っていた。
戦闘そのものや、生き物を殺すという行為に対する人間として当たり前の本能的な拒絶反応を、カールは単なる戦闘による過度な興奮だと誤認した。それは明らかに生き物として異常な状態であったが、カールは自分で気づけなかった。
王宮から渡された支援物資の食べ物の中に、麻薬効果の入っているものがあることを、カールもその仲間たちも誰一人として知らなかった。
だからその声にも、気づくのが遅れたのだ。
「何をしているんですかね、あなたがたは」
言葉を認識するよりも早く、あっさりとカールもその仲間も村の外に弾き飛ばされた。
村全体に結界を張り、怪我人たちを残らず治療し、燃えている家屋は鎮火させる。それだけのことが、瞬きの間に行われた。
驚異的な魔法を行使しても顔色一つ変えない男が、緩やかに宙に浮いていた。
「こんにちは、人間の勇者とそのお仲間殿」
そして男は、感情と乖離してゆるりと微笑んだ。
「わたしはエーレンフリート。魔王軍の魔王直下四天王の一人です」
呆然としていたカールとその仲間たちは、眼を見開いた。こんな辺境の村で、出くわすなどとは思っていなかったのだ。
「し、四天王……」
仲間の一人が呻いた。
「どうして、四天王がこんな場所に……」
呪うような問いかけに、エーレンフリートがことりと首を傾げた。
「魔王国の西側はわたしの管轄です。異常な魔力の高まりに気づいたら、それは気にするでしょう」
地面に這いつくばる人間たちを浮き上がったまま見下ろしていたエーレンフリートが、気づいたように地に足を付けた。
「よくもまぁ、罪のないものたちを殺せるものです。彼らを守るものとして、わたしはあなたがたを皆殺しにします。構いませんね」
その言葉を聞いて、カールの頭にかっと血が上った。
歯を食いしばる。それに気づかず、エーレンフリートが魔力を練り上げている。
「どの口が……」
ひどくあっさりとした動作で、エーレンフリートが絶望的な魔法を放つ。
同時に、カールは跳ね起きた。【退魔の宝剣】を抜き、一閃にして魔法を切り裂く。
「人間の女子どもを殺したのはお前たちだろう、どの口が言うんだ!」
その言葉を、エーレンフリートが聞いていたかどうかは判らない。
ただエーレンフリートは、呆然としていた。呆然として、カールの握る【退魔の宝剣】を凝視していた。
そうして何故だかエーレンフリートは、噴き出すようにして笑ったのだった。
「これはまずい」
カールが【退魔の宝剣】を抜いて以降、戦況はカールたちに一方的に有利に動いた。
何しろエーレンフリートが放つ魔法は、どれほど強力であろうとも【退魔の宝剣】に無効化されてしまうのだ。魔族の中でも特にエーレンフリートは魔法頼りの攻撃が中心らしく、【退魔の宝剣】は彼にとって致命的だった。
魔法が効かないとみれば、エーレンフリートは物理による攻撃に切り替えた。空中に岩を喚びだして落とす、砂埃を起こして視界を奪う、川から膨大な水を喚びだして水責めの攻撃もあった。
それら全てを凌ぎきったのは、単純にカールたちが強かったからだ。カールたちはそれだけ才能がある集団だったし、厳しい訓練を受けていた。
いよいよカールが肉薄すれば、そこでようやくエーレンフリートが焦った表情を見せた。なぜかそのタイミングで、ちらりと後ろを振り返る。
よりによって戦闘の途中に、なぜそんなことをしたのかカールには判らない。けれど最終的に、エーレンフリートのその隙が勝敗を分けた。
「死ね、魔族!」
そう叫んだカールの【退魔の宝剣】が、エーレンフリートの腹部を貫いた。
カールは止めを刺そうとして、【退魔の宝剣】を引き抜こうとした。けれどなぜだか、剣が動けない。
「……なに、してる……」
見れば、エーレンフリートががっちりと【退魔の宝剣】を握るカールの腕を握り込んでいた。文字通り命がけの力のように、握られたカールの腕はぴくりとも動かない。
薄らと、エーレンフリートは笑っていた。
組織の二割ほどが魔素である人間に比べて、組織の八割近くが魔素である魔族にとっては、あらゆる魔法を断絶する【退魔の宝剣】による傷は文字通り致命傷のはずだ。だというのに、状況を理解していないかのように、エーレンフリートは笑っているのだ。
唖然とカールが見返せば、エーレンフリートはさらにくつくつと笑った。口の端から血が垂れるのも気にしていないようだ。
「わたしの役目はここまでです。王宮から救援が来ました」
はっとカールが見れば、小さな村に魔王軍が次々と踏み込んでいるところだった。遺体を運び出し、村人たちを安全な奥に誘導しているようだ。
カールがどれほど強力な剣を持っていても、これではどうにもならないだろう。それほど圧倒的な人数だった。
ケホッ、と力なくエーレンフリートが咳き込んだ。それと同時に、【退魔の宝剣】が崩れていく。
「あぁ、ほら。大切な切り札が崩れていきますよ」
愉快げなエーレンフリートに対して、カールは大いに狼狽えた。
「な、お前、何をした!」
「なーんにもしてませんってば。わたしを殺したことで、貯め込んだ【呪い】を使い切ったってだけでしょう」
「……?」
カールには意味が判らなかった。カールが呆然としていることでそれに気づいたのか、エーレンフリートが驚いたように瞬く。
そしてひどく、哀れんだ顔をした。
「どうにも【退魔の宝剣】だなんてご大層な名前で呼ばれているみたいですけれどね。それは単なる呪いの剣ですよ。千人の妖精を殺した呪いでできている」
「よ、妖精……?」
思いがけない種族が上がったので、カール狼狽えた。
ケホッ、ケホッ、と何度かエーレンフリートが咳き込んだ。そして聞き取りづらくなってきた声で問いかける。
「妖精というのは精霊の次に神に近い生き物ですから、人間が殺せば罰を受けて当の人間も死ぬことになります。つまりその一振りの剣を作るために、千人の妖精と千人の人間が犠牲になったわけです」
エーレンフリートはひどく透明な視線で、カールを哀れんだ。ものを知らない子どもに向ける視線だった。
「四天王なんかに押し上げられちゃったから人間には勘違いされてますけれどね、わたしはクー・シーではなくて単なる犬獣人から転化した犬魔族なんです。つまり、魔力や戦闘能力はそれほど強くない。わたし程度を殺すのに剣を一本消費してしまって、魔王国を侵略するのに一体どれほどの妖精と人間を犠牲にするつもりですか」
さら、とエーレンフリートの髪の先と指の先が崩れた。退魔の力を受けて、体が崩れ去ろうとしているのだ。
それよりも早く、【退魔の宝剣】が崩れて消えていく。飲み込んだ命の数など気にしないように、あっさりと、何の価値もないように崩れていく。
カールは剣から手を離した。
同時に、エーレンフリートもカールの腕を離す。あるいは単に、握っている力ももうないのかも知れなかった。
支えを失ったエーレンフリートはよろ、とよろめいて、疲れたように膝をついた。手を地につこうとして、すでに腕の半ばまで失っているのに気づく。
最後に魔王軍に守られた村の人びとを見やってから、ちょっと微笑んで、エーレンフリートはカールに振り返った。
「君は本当に、我らが王国の人間たちを襲っているとでも思っているのですか」
はぁ、とエーレンフリートは大きく嘆息した。もう話しているのも難しいのだ。
「先日断罪された、あなたの王国の偽《聖女》に訊きなさい。彼女があの国の誰よりも、王国の現状を憂えているでしょう。……今となっては、愛想が尽きているかも知れませんが」
最後にカールに対して、ものを知らない子どもにそうするように教えて、ずるりずるりと、エーレンフリートは倒れ込んだ。すでに腕も足も失っていた。
胴体が崩れ始めて、最後の一欠片が崩れ落ちる最後まで、エーレンフリートは穏やかな表情を崩さなかった。
それを、カールは呆然と眺めていた。
憎き魔王軍の四天王の一角を倒した喜びもなかった。ただ、砂を噛むように舌のうえにざらりと飲み込めないものを転がしていた。
仲間たちがカールに駆け寄ってくる。強大な敵の一角を倒したカールを、仲間たちは言葉を尽くして称えた。
ちらりと、カールは視線を動かした。いつの間にか魔王軍の中に、一際強大な気配がある。
それでも精一杯抑えているのだろうが、まるで夜そのもののように、冴えて強大な気配だった。
ひどく、ひどく、ひどく美しい男は、ひどく醒めた視線でカールたちを眺めていた。
憎しみすら籠もっていなかった。ただ、捨てるべきゴミを忘れていたことに気づいた視線だった。
ぞっ、とカールは背筋を震わせた。
殺されると思った。今までずっと平和な生活を送ってきて、それからはいきなり勇者様と称えられていたカールが初めて感じる、それは腹の底が冷えるような恐怖だった。
自分が些細な虫けらであるような、何の価値もない存在であることを魂に刻みつけられるような視線だった。
仲間たちがその男に気づく前に、カールは慌てて仲間たちを促した。
「四天王の一人を倒したのは大きな成果だ。国王様たちにご報告に行こう」
適当なことを言って、カールはただその場から離れたかったのだ。
仲間たちもカールに同意した。カールの【退魔の宝剣】を失ったいま、魔王軍の軍勢と戦うのは愚策であると考えたのだった。
そうしてカールたち勇者一行は、四天王の一人を倒したことで王国の人びとに称えられながら凱旋することになる。
国王は勇者一行を褒め称え、第一王女は涙ぐんでカールたちの無事を喜んだ。
素直に褒め言葉を受け入れる仲間たちに比べて、カールは混乱していた。魔族に襲われる村々を憂い、これほど善良な顔をしている王家の彼らが、人びとを犠牲にするような武器を作るだろうかと思ったのだ。
特に第一王女は、カールと縁が深かった。カールの母が馬車の事故で死にかけたときに、たまたま通りがかった第一王女が特別な魔法士を手配して母の命を救ってくれたのだ。
ひれ伏して感謝するカールに、第一王女は『ひとの命よりも大切なものはない』と言った。慈悲深い第一王女に感銘を受けて、カールは王国のために戦うことにした。
そしていま、以前までの《聖女》が偽物であったと断罪されて、第一王女が《聖女》として人びとに慕われている。《聖女》というのは神や精霊たちに愛される存在であるので、人びとを犠牲にするような行いを良しとするわけがないのだ。
国王から一通り労られて、勇者一行はホテルに向かった。仲間の一人が弾んだ声でカールに声をかける。
「時間はかかるそうだが、【退魔の宝剣】はまた神から賜れるそうじゃないか。やはり、神々も魔族の殲滅を望んでいるに違いない」
「……」
「どうした、カール?」
カールは上手く笑えずに、ひどく乾いた笑みを浮かべた。立ち止まって、仲間たちから距離を取る。
「悪い、忘れ物を思い出した。先に行っていてくれ」
不思議そうな仲間たちを送り出して、カールは人知れず王宮に戻った。
王宮の城壁も、張られた結界も、勇者であるカールにとっては何の障害にもならない。
拍子抜けするほどあっさりと、カールは王宮に侵入することになった。城壁さえ抜けてしまえば、あとは勇者であるカールは当たり前のような顔をして王宮の廊下を歩いていれば良い。
エーレンフリートに会うまでのカールであれば、このようなことはしなかっただろう。ただカールは、自分の信じた国王や第一王女たちを信じたかったのだ。
夜のとばりが下りる頃に、カールは北の塔に侵入した。いまは処刑の刻限まで、偽《聖女》であるタミーが幽閉されている塔である。
驚くほどにあっさりと、カールは侵入できた。
異様なほど見張りの人間が少なかったのだ。出入り口以外ではほとんど人を見かけない有様だった。
そうしてカールは、偽《聖女》と対峙する。
カールの知る限り、偽《聖女》は美しい少女だった。可憐な花のような、儚くも溌溂とした少女だった。
断罪されたタミーは、昔の美しさは見る影もなかった。
ひどく痛めつけられたのか、ぼろぼろになった手足を投げ出している。枯れ木のような、老婆のような手足がほんの少し前までのタミーと結びつかなくて、カールはぞっとした。
カールの気配を感じたのか、タミーはだらりと手足を投げ出して座り込んだまま、顔だけを上げた。
タミーの顔は美しかった。これほどぼろぼろにされても、タミーは確かに美しい少女だったのだ。
ただしその瞳には、以前までの明るさは一つもなかった。
何本か折られたのか、間の空いた歯を見せてタミーは笑った。
「あら、勇者様じゃないの」
その声だけが不自然に明るく、その頓狂な様子が不気味さを増していた。思わず一歩退きかける勇者を気にせず、タミーがけたけたと笑う。
「国王様たちの可愛いお人形が、わたしにいったい何の用?」
問いかけられても、カールは言葉を失っていた。言葉が返ってこないことに、タミーが飽きたように視線を逸らした。
「なーんてね。妖精たちに聞いて知ってるわ。あなた、【退魔の宝剣】を使ったのね」
正しく訊こうと思っていた内容に触れられて、カールがびくりと肩を揺らす。カールの知る限り、ほんの数週間前までは善良で美しかった少女が、いまは呪いを煮詰めたような眼でカールを睥睨している。
「あれは千人の妖精を殺して、その魔力で作り上げた呪いの剣よ」
「そ、そんな……」
思わずというように、カールは反論した。
「国王陛下も、王女殿下も、国民のことを心から思いやるお優しいお方だぞ。罪のない妖精を殺すだなんて、そんなことをするわけがない」
「やるのよ、あの王家なら。わたしの言葉なんて、なーんにも通じなかったわ」
呆れたように、タミーが鼻を鳴らした。
「この王国は罪のない人びとを虐殺した挙げ句に魔族に罪をなすりつけて魔族への憎悪を煽り、強大な魔力を持つ魔族を殺すために千人もの妖精たちを殺して呪いの剣を作り上げた」
ふふ、とタミーが笑う。思わずというような笑いだった。
「あぁ、でも、あの呪いの剣はもう崩れてしまったのね。じゃあ、また同じものを作ろうと思ったら、千人の妖精と千人の人間の犠牲が必要ね」
カールは顔を上げた。
タミーは二週間ほど前に偽《聖女》と断罪されて、この北の塔に入れられたはずだ。一般の民衆にも知られていない【退魔の宝剣】が崩れ去ったことを、彼女が知るはずがない。
「なんで、そんなことを知ってるんだ」
「言ったでしょう、妖精たちが教えてくれたのよ」
それは、おかしい。もともと単なる平民だったカールにだって、それくらい判る。
だってタミーは、力を持たない偽《聖女》として断罪されたのだから。
「あんたは、《聖女》様の偽物なんだろう。王家や国民を騙した罪で塔に入れられたと聞いたぞ」
「本物だとか偽物だとか知らないけれど、いまだに妖精たちはわたしの友だちよ。妖精たちが食べ物を持ってきてくれなくちゃ、わたしはとっくに死んでたでしょうね」
「それは、それじゃあ、――あんたが本物ってことになるじゃないか!」
声を上げたカールに、タミーが面倒くさげな顔をした。
「だから、本物だとか偽物だとか知らないわよ。わたしは昔から、ずっと、妖精たちのお友だちってだけ」
「けど、あんたの豊穣の力は偽物だったと聞いたぞ! 今年の作物の生産量は、例年の六割を切ると言われている。だからいま、本物の《聖女》である第一王女殿下が必死に祈りを捧げてるんだ!」
ふぅん、とタミーは本当に興味なさげに言った。
「そういうことになってんのね。じゃあ良いんじゃないの、その王女様が《聖女》でも」
「だけど今の話じゃ、まるであんたが本物みたいだ」
同じ話を繰り返すカールに、いよいよタミーが顔を歪めて嘲った。
「だから何度も言ってるじゃない、わたしは本物でも偽物でもないって。ただわたしは、妖精たちのお友だちってだけ」
「じゃあどうして、食べ物が採れなくなってるんだよ!」
怒鳴り声を上げるカールに、タミーが億劫げに視線を向ける。
気づけば、タミーは指で空中を撫でつけていた。まるでカールには見えない何かを愛でているようだ。
「あなた、本当におめでたいのね。仲間を千人も殺された妖精たちが、そのままこの王国に留まったままでいると思う?」
くぁ、とタミーは大きく欠伸をした。もうカールには興味がないように。
「そもそも妖精たちがいなくちゃ、わたしのお願いの声だって聞こえないわ。そしてわたしも、こんな王国に留まってくれだなんてお願いするつもりもない」
つい、とタミーが重い腕を上げる。枯れ木のような腕と指で、天井を示す。
示しているのは天井ではない、空だ。
「もうすぐ天上の尊いお方が、わたしを妖精として迎え入れてくれるんですって。わたしは随分と魂が傷ついて、汚れてしまったから、しばらく地上で汚れを落としてからじゃないと妖精郷には入れないけれど」
「……は?」
エーレンフリートやタミーの言葉が本当か嘘かなど、カールには確かめる術がない。けれどタミーが、何か致命的なことを口にしたことは、カールにも理解できた。
「こ、この国を見捨てるのか?」
「はぁっ?」
怒りのあまりか、タミーがだらりとしていた身を起こした。そしてすぐに疲れたように脱力して、引きつるように笑う。
ひどくくだらないことを聞かされたような調子だった。
「先にわたしを邪魔者扱いして、見捨てたのは国のほうじゃないの。何度も色々なことを止めたほうが良いって言ったのに、聞かなかったのはそちらでしょう」
ふぅー、と今度こそ、タミーは長い息を吐いた。黄色く濁った眼でカールを眺めやって、それから興味を失ったように視線を逸らして、そっと眼を伏せた。
薄く笑う。いつか来る何かを待ち望んでいるように。
「エーレンフリートは随分と世話焼きで、慕われていたそうよ。魔王も気に入ってよく近くに置いていたみたい」
ぼんやりと、どうでも良いことのように。
「魔王軍が来るわ。今までのような嘘っぱちじゃなくて、本当にね。そのときに、この小さな国は、生き残っていられるかしら?」
そしてそれきりタミーは眠ってしまったように、あるいは死んだかのように、何を話しかけても何も答えなくなってしまったのだった。
カールは途方に暮れた。慈悲深い国王や慈愛の女神のようだと慕っていた第一王女を、信じ続けて良いのか判らなくなったのだ。
もしもカールに時間が残されていたら、エーレンフリートやタミーの言葉が本当か嘘かを確認することもできただろう。時間さえあれば、何かしらの情報を掴むこともできたかも知れない。
けれどカールには最後まで、事実を知る機会は与えられなかった。なぜならばほどなくして魔王国の辺境の村の人びとやエーレンフリートの敵討ちであるとして、魔王軍が王都に攻め入ってきたからだ。
魔王軍が攻め入ってからほんの二週間も経たずに、王国は完全に陥落することになる。首を落とされたカールが最後に見たのは、まるでカールに興味がない様子でゴミでも捨てるようにカールの首を刎ねる、怖気が走るほど美しい男の姿だった。
タイトルを思いついてから『魔王ほとんど出てこねー!』って気づいたのですがこのままいきます。このタイトルが響きが良い気がするので
そもそも『妖精を殺したら人間は死んでしまう』というネタだけが頭に浮かびまして、どうにか形にしようとしてこねくり回したものがこちらになります。なので魔王も勇者も偽聖女もみーんなネタのオマケです。こういうネタは形にしておかないとどんどん忘れちゃうからね
そのうち同じネタを別の形で使うかも知れないし、使わないかも知れない。そういう可能性の一つを残しておく気持ちで書きました。お暇潰しにどうぞ^^
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