闇堕ちしたのはあなたのほうです
「公女ステルヴィア、お前との婚約は今日をもって破棄させてもらう!」
多くの貴族が列席する式典の場で、婚約者のルドルク王子が声高に叫ぶ。
彼の腕の中には商人の娘、アフィリアがいる。
私が突き飛ばしたことになっている女性だ。
実態は彼女が私にぶつかってきて、わざと転んだのだ。
「これからは、俺はこの聖女アフィリアとともに生きていく。仮に庶民と結婚する者に王位は継がせられないと王に言われても構わない。俺はこの愛を信じる!」
そんな威勢のいい言葉をルドルク王子が叫んでいる間、アフィリアが私を見下す笑みを見せた。
ええ、彼女の本性も正体もよくわかっている。
「わかりました。私は荷物をまとめ、領地である片田舎に逼塞することにいたします。これまでのご厚誼、まことに感謝いたします」
私が丁重に礼を述べると、少しルドルク王子はきまり悪そうな顔をしていた。
「今更、貞淑ぶっても無駄だ。王都から出ていってくれ!」
もちろん、そのつもりだ。
私が婚約破棄されることは長いプロローグに過ぎないのだから。
◇
私が王都を離れる準備をしている時に、アフィリアが一人でやってきた。
もちろんゲーム内では描かれないシーンだ。そんなシーンがあれば話がぶれる。
屋敷が引っ越し準備でほこりっぽいので、私は彼女と庭園で話すことにした。
「ステルヴィアさん、あなた、本当に郷里へ引っ込む気なの? もしかして原作の記憶があいまいになってる?」
最初は少しは同情してくれるのかと思ったが、彼女の表情を見て、ああ、同情のふりをしてバカにするのが目的だなとわかった。
「あら、それはどういうことかしら?」
「このゲームでは、郷里に戻った悪役令嬢は魔王と呼ばれる角の生えた王にさらわれるのよ。そして、生死不明だとか、闇堕ちした存在になるとかいった噂だけが断片的に流れるの。何か理由をつけて王都に留まれば、そのリスクは回避できるかもしれないのに」
「それは知ってるわ。だから戻るのよ」
アフィリアは不思議な顔をした。
私もアフィリアもこの世界が乙女ゲームの世界で、自分がゲーム内のキャラだと認識している。
私は悪役令嬢の立場、アフィリアは主人公の庶民の娘の立場。ただし、ただの庶民だと貴族ばかりの学園に入学できないから、奇跡を起こす聖女という設定だ。
アフィリアは物語どおりになれば主人公として幸せになれると信じて行動した。その点では意外と私も同じだった。
「どういうこと? 原作設定どおりに闇堕ちするのが自分の幸せだって言うの? ゲーム内のキャラを演じられればそれで幸せだとでも?」
アフィリアはわけがわからないという顔をしている。
「アフィリア、ところで、あなた、このゲーム、どこまで知ってるの?」
「えっ? 何の話? 全部やってるわよ。すべてのルートのエンディングを見ているし、スチルもすべて集めてる。あなたが実は幸せな一生を送ったなんてエンディングはなかったはずだわ」
「ええ、ゲーム内ではそうね」
「変なこと言わないでよ。ゲーム内以外のエンディングなんてないわ。私は庶民ながら、聖女ということで王子の妻として幸せに暮らすの」
「どうぞ、あなたの幸せを邪魔するつもりはないわ」
その幸せを邪魔したという扱いで婚約破棄されたわけだし。
「まあ、悪役令嬢のあなたが王都に残りたくないというのもわかるけどね。たしかに王都にいたら、これまでみたいに私に悪事の罪をなすりつけられるかもしれないしね」
にやりと聖女とは思えない意地の悪い笑みをアフィリアは浮かべた。
そう、私が悪役令嬢として破滅しないように気を付けたところで、主人公の聖女役のアフィリアが私は悪者だという情報を王子に吹き込んでいた。
敵がいたのでは私だけの努力ではどうにもならない。
そして、私はゲームの設定の通り、婚約破棄された。
「田舎の領地に戻って、そこで悪魔みたいなのに捕まって、闇堕ちするのもいいかもしれないわね」
「……一応聞くけど、聖女のあなたはこの世界にそんな悪魔がいると本当に信じてるの?」
「知らないわ。ゲーム内にはそんな悪魔が出てくる展開はないもの」
やっぱり、ゲームのことしか、この聖女は知らないんだな。
「ところで、ゲーム通りだとすると、この世界、微妙に設定が違うとは思わなかった?」
「多少のズレはあったわね。けど、それが何? あなたは何が言いたいの? 悪役令嬢じゃなくてバカ令嬢ってこと?」
私としてはこの世界がゲーム通りじゃないと確認できただけで十分だ。
◇
私は郷里に戻ると、国境に近い荒野のほうに向かった。
そこで出会いがあるからだ。
その場所には傷を負った男性が倒れている。
確かに頭に角があるほかは人間と異なるところは何もない若き隣国の王。彼は私たちの国から飛んできた狩猟の矢を鷹狩り中に受けて負傷する。
そんな彼を助けるのが私だとノベライズにははっきり書いてあった。
アフィリア、あなたはゲーム発売後に出た後日談のノベライズを知らなかったのね。
「あっ……矢を受けてしまって……。深追いしすぎた僕の不注意だ……」
「わかっています。応急処置であれば、この場で行えますから」
私は母国で魔王と呼ばれることになるフリージュの治療を行う。それがきっかけで、フリージュの妻――王妃となるストーリーなのだ。
ノベライズは原作の設定を使っているが、原作通りだと矛盾が生じる箇所もある。
そしてこの世界の設定は微妙にゲーム内とは違うものになっていた。ノベライズとの矛盾をなくすためだ。
だから、私はゲームの部分が終了次第、ノベライズの世界に突入すると判断していた。
いわば、私にとってゲーム部分はプロローグに過ぎなかった。ここからが本番だ。
フリージュを領地の療養施設に連れていき、手厚く看護をした。彼はすぐによくなった。
「ステルヴィア、もしよければ、君を僕の妻に迎えたい」
「ええ、よろしくお願いいたします」
◇
その後、ノベライズの展開のとおり、私の母国とフリージュの国は戦争状態に入った。
なお、ゲーム内ではフリージュの国は化け物だらけの世界のように書かれているが、ノベライズではせいぜい角が生えてるぐらいで、ほかは私の母国と異ならない。
まあ、化け物だらけの国の王妃という設定ではひどいと思われたからかもしれない。この設定も、ゲームしか知らないアフィリアは知識の外側だったわけだ。
私はノベライズのほうが好きだ。悪役令嬢とされたステルヴィアも新天地で新たに生き直そうと努力しているし、彼女の夫であるフリージュもとても冷静でよくできた人だった。
私は途中でルドルク王子との婚約破棄の回避を諦めたけれど、その一番の理由はフリージュと結ばれるほうを選びたかったからだ。
そして、ノベライズでは聖女アフィリアの聖なる力が劣勢の味方に力を授けて、隣国の攻撃を巻き返したところで終わる。危機を脱したからひとまずそれでハッピーエンドという扱いだ。
ゲームのファンも主人公だったアフィリアが不幸になるわけでもないし、とくに荒れることはなかった。無難なエンドだったと思う。
でも、この世界ではそうはならなかった。
アフィリアは聖なる力を発揮できなかったので、フリージュの国に降伏することになった。
縄で縛られたアフィリアと王子から王に昇格したルドルクが私とフリージュの前に引っ立てられる。
「なんで、こんなことになったのよ……。私は主人公なのに! すべて上手くいくはずなのに! 隣国と戦争なんて設定知らないわよ!」
アフィリアが私を睨みつけて言った。
「ええ、あなたの立ち位置は主人公だったわ。けど、それは作中のあなたが心優しいから。だから、いろんな人に助けてもらえたし、奇跡も起きた。その役回りをあなたはまっとうできたと言える?」
私たちの言葉はほかの人には伝わらないだろうけど、まあ、それはいい。
「あなたは私を意図的に陥れるために罪まででっちあげた。そんな悪人に奇跡は起きないわ」
王になったルドルクが青ざめた顔をした。
「アフィリア、君はステルヴィアを騙したということか! ああ、なんてことだ……。俺は大きな失敗をしてしまった……」
「ルドルク王、何を被害者面をしているんですか?」
私は軽蔑した顔でルドルク王を見つめた。
「どういう……ことだ……?」
「私はいくつも無実の罪をなすりつけられました。その都度、自分がやったことではないと、私は何度もあなたにお伝えしました。ですが、アフィリアを愛するあなたは私の言葉に耳を貸さなかった。婚約破棄を宣言した日だって、アフィリアのほうがぶつかってきて、意図的に倒れたところをあなたは目にしたはずです」
すぐに彼が反論できないのが、それが事実だと証明していた。
「あなたも同罪です。婚約者を不幸にしてでも自分が結婚したい相手と結婚する――闇堕ちした王と王妃の国が滅亡するというだけのことですよ」
アフィリアとルドルクが口汚い口論を始めたので、私とフリージュは場を離れた。
「先ほど、君は主人公とか作中とか奇妙なことを言っていたね」
「気づかれていましたか。気になるならすべてお話しいたしますよ。信じていただけるかはわかりませんが」
「いや、もういい。だって、完全に君たちが知っているとおりの筋書きにはなっていないんだろう? つまり未来はいいほうに変えることができるということだ。だったら、いい未来をつかめるようにやるだけのことさ」
「そうですね。予言より自分たちを信じるべきなんです」
もし、アフィリアがゲーム内のように本当に純真無垢な主人公なら私がどうなっていたかはわからない。私は悪役令嬢として弾劾されていた可能性はある。
でも、あまりにも主人公のアフィリアがひどい性格だったので、その影響がこの世界にも出てしまった。
もう、ノベライズの範囲も超えてしまった。
あとは、夫と楽しく幸せに生きていこう。




