86.謝罪
オーレリア王女の決断は早かった。
講堂に来る前に反省の機会を十分に取れていたからだろう。
聞き取りも不十分な段階でそうしたのも、これ以上遅きに失し、全てを失うわけにはいかないと考えた結果だった。
「愚弟たちはそれだけのことをソフィア卿にしたのだな。私からも謝ろう。此度は愚弟たちがアシェル卿、ソフィア卿に迷惑を掛けて、すまなかった」
謝罪を口にしたオーレリア王女が腰を折って頭を下げたとき、講堂の空気はざわりと揺れた。
護衛たちが「殿下、いけません!」と口々に言ったが、それもオーレリア王女は手で制して黙らせると、頭を下げたまま、なお謝罪を口にした。
「本当に申し訳なかった」
アシェルはまだ頭だけ振り返って王女を見ていた。
アシェルの隣に立つソフィアは、身体ごとオーレリア王女に向き直っている。
しかし二人から反応はない。
護衛たちは敵意を滲ませはじめていたが、それでも王女に従い、何も言わなかった。
「愚弟たちには私が責任を持って処罰を与えよう。後のことは、私に預けてくれないだろうか。この通りだ」
アシェルはやっと身体も振り返ると、ふーっと息を吐き出した。
オーレリア王女は、重たい空気が肩に乗ったように感じる。
「こいつらだけを処罰して、それで終わらせるつもりですか?」
麗しい顔に似合わない言葉遣いと低い声に違和を覚えながら、誰もが頭を下げる王女の前でよく言えたものだと思っていた。
護衛たちのその想いは、周囲よりずっと強く。
あまりに分かりやすく彼らから睨まれて、アシェルは順に騎士たちの顔を眺めていく。
──王女さまの行く先は、常に広範囲でよく警備されているはずだから。こいつらはお飾りの兵士なんだろう。
失礼なことを考えられているとも知らず。
護衛たちはアシェルが目を合わせると、途端に敵意を消失していく。
その微笑が美し過ぎたからであったが、こんなことで不測の事態に王族を守ることが出来るだろうか。
彼らが精神的な策からも王族の弱点になりそうだと、アシェルは感じ取った。
「関与した全員を裁くことを約束しよう。どうかこの件は私に預けて欲しい」
麗しいその口からふぅっと先より短い息が吐かれた。
オーレリア王女は、まだ頭を上げるには早いと判断する。
「関与も何も。事前に止められる人間は、沢山いましたね?違いますか?」
「いや……それは違う。愚弟たちは少々甘やかされて育ったせいで、我がままを言うことがあってな。此度の件も分かる者を側に置かず、勝手をしたようだ」
「つまり王子さまを筆頭に、こいつらは全員が個人の意思だけで勝手なことをしていたと。それは大変だ。これから多くの人を裁かなければなりませんね」
アシェルは首を傾げ微笑むと、さらに語った。
「王族ともなれば、身の回りの世話をする者は当然ながら、予定を管理する者、取次を行う者、公務を助ける者等、私には想像も出来ないほどに沢山のお役目を持った人たちが側に付いていらっしゃると思っていたのですが。今日のような問題が起きないようお守りするためにも、教育係や、お目付け役となられる方もいらっしゃるでしょうし、きっと本当ならば護衛の騎士もついているのでしょう?」
しんと静まる講堂に、アシェルの声はよく通った。
天使ほど麗しい顔から落ちる悪魔の囁きは、一貫して傍観者にあった者たちの心臓も掴み始めた。
だがまだ彼らのほとんどは、自分がただ観ているだけの者と信じた。
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