幕間 前提の崩壊
護衛の騎士たちに囲まれ、オーレリア王女は無駄に長い廊下を急ぎ足で進んでいた。
王女であるがゆえに走り出せないことに苛立ちながら、頭の中では少し前に聞いたローワンの言葉を反芻している。
そのローワンは、急ぐこともなくのんびりと歩み、先を急ぐオーレリア王女たちから大分遅れを取っていた。
『ウォーラーを巻き込もうと計画したこと、これがそもそもの間違いではありますが。よりによって生体の研究者を選んでしまうとは。我々ならば、まず選択肢から外す者たちですよ』
穏やかに語るローワンとは対照的に、あの応接室にいた残りの者たちは時間と共に顔色を悪くしていった。
今やニッセル公爵もアカデミー長も真っ白い顔をして、オーレリア王女に同行している。
アカデミー長に関しては、オーレリア王女もその年齢を考慮して、先に城で休んで良いと伝えたが。
これを断り、自分には責任があるからと自ら講堂へ向かうと言ったのだから、アカデミー長は本気で自分が善行をしていると信じていたのだろう。
それは顔色も悪くなる。
『先日ご紹介した次期当主となる甥を選べばよろしかったですな』
『彼ならば個人として協力していたことでしょう』
『精神の研究者では恐ろしかったですか?』
オーレリア王女は否定が出来なかった。
セイブル・ウォーラーを王家に取り入れてはならぬ男と判断したのは自分だ。
『うちの義息は美しいでしょう、オーレリア殿下?だから皆、読み間違える』
その通り、神の造物のように見目麗しい青年だった。
『イーガン子爵家については調べましたね?蜜蜂が対象と聞き、可愛らしい研究をしていると思いましたかな?二人の仲睦まじい様子も見て、あなたたちの中に心優しい青年が創り出されたのでしょう』
『いえいえ。うちの義息はとても優しい青年ですよ。娘や私たち身内にとってはね』
『生家で苦しんだ義息ならば、あなたの境遇も理解して自ら協力を願い出てくれるだろうと期待しましたか?ならば完全に読み間違いだ』
『冷遇されて育った人間が、他者を冷遇しない。暴力を受け育った人間が、他者に暴力を振るわない。そう信じるに足る根拠はあるでしょうか?』
これを告げたローワンの笑みに、オーレリア王女は心臓を握り潰されたような瞬間的な息苦しさを覚えた。
思い出す今も、胸に痞えを感じる。
『実際どういう青年かですか?私から見た義息しか語れませんが』
『義息は紳士な青年ですよ。頭もいい。しかし身体に根付いたものは、なかなか抜けないようでしてね』
『あの子は賢く、逃れられない暴力から生き残る術を考えては、それをしっかりと身体に覚えさせておりました。義父として、立派だったと認めているところではありますが』
『条件反射なのでしょうね。頭では自分はこの程度で怪我はない、ならば相手もそうだという仮定が成り立たないことを理解していても、身体の方が早く動いてしまうときがありましてね。妻も矯正には大分苦労して、最終的には足を使うなと厳命しておりました』
『驚くことではないでしょう?幼くして預かったからには、私たち夫婦が教育を行いましたよ』
『その件は甥でしょう。まったくうちの子どもたちは、いつまでも幼く困ったものだ。甥のことはうちでもよく叱っておきますよ。それでは甘い?偽証罪?甥は誰にも偽りを伝えていないはずですが?』
『えぇ、そうです。その話は義息がさせた方ですね』
『それは娘夫婦次第ですよ。先に言っておきますが、私は助けませんからね』
読んでくださりありがとうございます♡




