84.劇ではない、本当の裁きのお時間です
「分かってくれたのだね、アシェル!洗脳が解けて本当に良かった!君のことで私たちはずっと胸を痛めていてね。なぁ、皆?」
王子がほっとした顔を見せれば、何故かアシェル抜きでのお喋りがはじまった。
「バージル様。見事なお裁きにございました」
「ジェイクがよく調べてくれたおかげだ。今後はアシェルが将来私の側近となれるよう支えてやってくれ」
「このジェイク、必ずや美の女神の愛し子をバージル様の御代にお役に立てる男にしてみせましょう」
「うむ。ベリンダもよくよく頼むぞ。長く辛い想いをしてきた青年だから優しくな?」
「まぁ、お兄さま。言われなくても、わたくしが傷付いたアシェルを癒し、幸せにしてみせますわよ」
「「「「わたくしたちもお支え致しますわ」」」」
ダンっと、強い音が響いた。
それは突然だった。
発生源を見ていた者はまばらで、お喋りに興じる者たちのなかにはいなかった。
「きゃあ!」
「なんだ、どうした?」
「すぐに確認を。おい、君たち。至急この講堂に危険がないか見回ってくれ!」
家で大事に大事に育てられてきた者たちばかりだ。
王女たち女性陣は震え上がり手を取り合って。
王子は焦った顔できょろきょろと忙しく辺りを見渡している。
ジェイクと呼ばれていた男は驚いて飛び上がっていたくせに、自分はここで一番冷静ですよという顔をして、後方で立ち続ける若者たちに向かい声を張り上げた。
戸惑いながらも声を掛けられた者たちが、身体の向きを変えたり、片足を出したりと、指示された通り動き出そうとしたときだ。
ダンっとまた強い音が響いた。
床板と靴裏の相性がとても良かったようで、二度目も心臓を揺らすような激しい音が出た。
今度こそ全員がアシェルを見ていたが、多くは自分の目の方を疑った。
「長い話を黙って聞いてやったんだ。次は譲ってくれてもいいと思うんだけど?少しは黙れないの?」
聴こえてきた低い声に、皆は自分の耳も疑うことになる。
確かに見たもの、聞いたものの受け入れを拒絶した脳は、思考という仕事を放棄した。
そこに同じ人間の救世主が現れる。
「王子さまに聞きたいことがありまして」
突然見られた美し過ぎる笑顔が、それぞれが拒絶したものをすべてなかったことにした。
「……あぁ、アシェル。私には何でも聞いてくれ」
思考が動き出した王子が答えた直後。
笑えるくらいに瞬く速さでアシェルの表情が消え去った。
何度もそう思考は止まらない。
王子はこれを長く話した自分が疲れているせいで見た幻覚だと考えた。
そう思った途端、背中に不快な汗が伝うことに気付く。
これはいけない、自分はよほど疲れている。
そう信じて、王子は答えを待たずに提案したのだが──。
「そうだ、アシェル。君も疲れただろう?話ならば、城に戻ってからゆっく──」
王子は最後まで言うことは出来なかった。
「先からうんざりするほど長く面白いお話をされておりましたけれど」
本人は気付かずまま、王子の呼吸がひゅっと止まる。
「──ねぇ、それ、誰の話?」
はくはくと不自然に息を吸い込みながら、王子は信じられないというように目を見開いた。
同じく他の者たちも、地を這うその低い声が何度聞いても美貌の青年から出たものとは信じない。
静寂を破ろうと、無慈悲に届く声もまた低く恐ろしく。
口調もまた、美しい彼が言ったとはとても信じられないもので。
「だ、か、ら。長々と今まであなたが誰の話をしていたのかと聞いているんだけど?」
拒絶を続けたそれぞれの脳は、その場に放心をすることを選択した。
こんなにも綺麗なのに。
いや、こんなにも美しいからこそ。
悍ましさが親和する。
表情を失くしたアシェルの顔は、泣きたくなるほどに綺麗で、目を背けたくなるほどに恐ろしいものだった。
しばらくの静寂。
これだけ広い講堂で、風もなく、音もなく。
息が出来ているかも分からない。
多くは生きているかも分からなくなってきた。
自分たちは女神様の逆鱗に触れたのではないか。
思い至った者も幾人か。
「全否定してやったのに、何も言わないか。最期の親切で、あえて言ってあげたんだけどね?」
アシェルはすっと一歩前に出た。
ひっと声を上げた王子は一歩下がる。
まだ隣の男は固まったまま。
「次の質問に答えないことは許さない」
アシェルがまた一歩前に出た。
脳からは逃げるよう警告を告げられているのに、王子の身体は固まって動かなかった。
隣の男がここで一歩下がり、王子と並んだ。
「最初に妻を押し倒した件について、説明してくれないか。ねぇ、王子さま?それからそこのお兄さん?」
読んでくれてありがとうございます♡




