83.断罪劇の終了
「次代の王として、誘拐や洗脳で結んだ縁を認めるわけにはいかない。まずはウォーラー侯爵家の長女ソフィアと、イーガン子爵家の三男アシェルの婚姻は無効であることをここに宣言する。また、アシェルのイーガン子爵家からの除籍についても同様に無効だ!」
──へぇ?王にもないのに、ただの王子にそんな権限があるんだ。
王とて貴族の縁戚関係に、おいそれと口を挟むことは出来ない。
あらゆることが議会を通して決められるこの国は、王の独裁政治を認めてはいないのである。
そしてアシェルたちの結婚も、アシェルの除籍も、王城にて正規の手続きを行ったうえで認められたものだった。
手続き完了を知らせる書類には、この決定を王と議会が承認したという旨の記載もある。
そしてそもそもの話となるが。
悪事を働いた貴族を裁くこともまた、議会を通し実行されることだった。
つまり今まで行われてきた正義に酔いしれる王子からの断罪劇は、王国の現政治体制を否定したことと同義。
こんな王子を、議会に参加する貴族の誰が次の王と認めるだろうか。
自ら輝かしい未来を潰していることに気付けない王子は、なおも意気揚々と語る。
「さらにウォーラー侯爵家の長女ソフィアは、今このときより、生家の籍を剥奪する!」
──もうすでにない籍をどう剥奪する気だろうね?
この国の王子がこの国についてまるで知らないという信じがたい現実を、アシェルはさすがに受容した。
──あの王女のために愚かに育てたのかな?
王位を巡って要らぬ争いが起こらぬようにしたのではなかろうか。
アシェルは考えた。
王国の歴史上、女王はいるものの、基本的には男性の王が推奨されてきた。
王子がいるならそちらにと主張が出ることは分かる。
あの現王の側で甘い汁を吸ってきたような者たちも、次代にはこっちの王子がいいと望むだろう。
むしろ現王の再来を望む者たちが、王子を愚かに育てたという線も残っている。
いずれにせよ、すんなり王太女になれない王女は、大分苦労しているのではないか。
普段王都にいないアシェルでも、それは簡単に予測出来ることだった。
──だからと言って、王位争いに巻き込まれる謂れも、国政への責任も、ウォーラーにはない話だ。そこは分からせないとね?
一瞬浮かべたアシェルの不穏な笑みを、このときは誰も見ていなかった。
皆が処罰を告げられるソフィアに夢中だったからだ。
ずっとアシェルを見ていたイーガン子爵家の嫡男でさえ、今はソフィアを見ている。
早く泣き出せ、暴れろと、期待する目は、まったく嫌らしいもので。
アシェルはすんと表情を失って、改めて妻を見る皆の顔を脳に刻むのだった。
「家名のないソフィアは、王都永久追放処分とし、今後一切のアシェルとの接触を禁じる!」
──ふぅん。追放処分ね。言われなくても王都には二度と来ようと思わない。
「なお、ウォーラー侯爵家全体の処遇に関しては、議会を通すため、追って沙汰を出す。ただのソフィアよ!父親に縋るつもりかもしれないが、ウォーラー侯爵家当主もまた、甘い処分にはならないことを覚悟せよ!」
アシェルはまだ驚かされることがあったかと、驚愕して王子を見ていた。
──議会の存在は知っていたんだ。
アシェルの脳裏にまたセイブルが思い出された。
これはセイブルが王都を気に入るわけだ。
──こいつらが生きていたら、セイブルが好きにしたらいいと思うけどね。
恐ろしいことを平然と考えて、さすがにこれで終わりかとアシェルが思ったときだ。
王子は酷く嘘くさい微笑を浮かべたかと思えば、今度はアシェルを見て言った。
「これで君は自由の身だ、アシェル。急なことで不安もあろうが、何も心配は要らない。しばらくは王城で君の身柄を預かろう。長い間、悪事に巻き込まれ傷付いた心身を癒してくれ」
──癒すどころか、一晩でも王城で過ごしたら気が狂うだろうね。
「そしてゆくゆくは、君には我が妹ベリンダと婚姻し、側近としてこのジェイクと共に、私の治世を支えて欲しいと願っている」
王女がねっとりと絡みつくような視線を寄越してきたが、アシェルは目を合わせなかった。
──ソフィアと別れて?ソフィアと離れて?そこの王女と結婚して?その男と共に?六度もソフィアの名を呼んで、一度そこの女、十三度その女と呼んだお前を支えろだ?
ソフィアをちらと見やれば。
「十分なのよ、アシェル。理解は無理だと分かったもの」
以心伝心で、アシェルが何も言う前にソフィアは答えてくれた。
そのソフィアもすっかり覚悟を決めた顔をしている。
──ソフィアが可愛い。うん、そうだね。
アシェルは一度だけにこりと微笑んだ。
その美しい微笑に、王子は何か勘違いをしたようだが、妻の許可を得たアシェルにはもうどうでもいいことだった。
──処理の前に。同じ言葉を口にする気が起きないよう、よーく分からせないとね?
アシェルは心の声音まで、随分と低くなっていた。
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