8.風向きが変わる
「王都の園芸店……そこでトム爺と」
「えぇ、そのお店に異国から種と一緒に土が届くことがあるのよ。この土じゃないと咲かないわという抱き合わせ商法ね。そこでおじいさんが、少量で土だけ買えないかと交渉をしていたの。それが気になっちゃって。声を掛けてしまったわ」
「予算内でどうにかならんかと思いましてね」
「トム爺、俺が変なことを言ったからだよね。ごめんね?」
「いえいえ。私も興味があったんですよ。それでも、学のない私なんぞには、坊ちゃまが持ってくださる種がどの国のものかってことでさえ何べん聞いたって覚えられませんでしたからなぁ」
「国の名前って長いからね。仕方がないよ」
「それで国の名前は袋に書いてとお願いしていたのね?ふふっ。あのとき話し掛けて良かったわ。おかげでこんなに素晴らしいものが見られたもの」
小さな花壇の前。
自身は侯爵家のご令嬢と並びしゃがんで、側には子爵家の庭師が立っていて。
そんなおかしな状況にはじめは戸惑っていたアシェルも、時間が経つうち適応してきた。
そして話し方も、庭師としてきた形に落ち着いている。それでソフィアが喜んだからだ。
アシェルは間隔を空けて並ぶ植物を見詰めながら思った。
──双葉までなら結構な確率で育つんだけどね。そこからが分からない。
芽を出した種の多くは、双葉の後に枯れてしまった。
種から育ち成長出来た若木は二本、それもまだ背丈はアシェルの頭に届かない。
葉はよく生い茂っているけれど、花芽が付かないから、実がなりそうな気配もなかった。
本当にあの干し果物の種から成長したものだろうか?
アシェルは疑い始めている。
知らずに土に埋まっていたこぼれ種か、鳥が運んだ種でも育てているのではないかと思えてきたのだ。
「果樹はね、種から育てると実がなるまでに何年も掛かるそうよ。だからまだ分からないわ」
「凄いなぁ。ソフィアさまは物知りなんだね」
この国で果物と呼ぶもの、それはとても小さなベリーだけ。
しかもそれは山で自然に育つものを採ってくるものだった。
だからこの国に果物を種から育てるという概念が存在しない。
アシェルも暇が出来ていなければ、種を育てようとはしなかっただろう。
そもそも兄たちがいれば、母親がいれば、彼らの目に付く庭に長くいようとも思わなかった。
「物知りなんかじゃないわ。今回調べただけよ。果物を育てようなんて考えたこともなかったもの!それにね私、干した果物に種があることも知らなかったのよ。いつもお皿に小さく切られたものが並んでいたから、はじめからそういうものだと思っていたの」
トム爺と話したあと、侯爵家の邸に戻ったソフィアは急いで厨房に向かって、次に干し果物が手に入ったら、まずはそのままの形を見せて貰うこと、それから食後にはその種を保管するよう伝えたと言う。
──高位貴族は食べ方も違うんだね……あれ?そうだ。下位貴族の夫人たちが食べているところも見ていない。
アシェルが参加した社交の場でも、提供される食事として干し果物が出されたことはなかった。
いつも夫人たちは「内緒よ」と伝えながら、アシェルだけにこっそりと干し果物を渡してくれた。
──本当に高級品だったんだ。
価値を知ると、アシェルのなかに罪悪感が湧いてきた。
誰にも分けず、一人でこっそり食べて、その種を育てあわよくば儲けようとする……そんなだから親にも兄たちにも大切にされないのかなと、アシェルは一瞬だけはそう考えてしまった。
その一瞬の想いを自分で否定する。
──家族はいいや。次があったらトム爺に食べて貰おう。
「でもね、あなたが先に実験しているでしょう?それで今日はあなたのお話を聞きにきたのよ」
──あれ?もしかして今日は婚約の話ではない?
アシェルは父親が壮大な勘違いをしているのではないかと疑い始めた。
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