82.罪と罰
実はアシェル、まだソフィアの共同研究者として論文に名が載ることについて、心から納得出来ないでいる。
確かにアシェルは研究に大きく貢献してきたが。
養蜂をはじめたのも、最初に成功させたのも、ある程度まで技術を確立したのも、ソフィアなのだ。
だからアシェルは、イーガン子爵家からの手紙で功績を辞退しろという内容を読んだとき、珍しくこれに同意した。
そんな面倒事に発展しそうな返信はしなかったけれど。
ソフィアが悲しむのでもう言わないことにはしていても、心に引っ掛かるものはいつまでも残っていて。
するとアシェルは自分を奮い立たせるのである。
今後の論文は全部二人で研究しましたと胸を張って言えるよう、もっともっとさらに貢献するよう頑張ろうと。
ウォーラー家が論文を共著と認めた段階で、堂々と胸を張る資格を得ているというのに。
何ともこの生きにくい性分は、その特異な育ちから形成されたものなのか、それとも生まれ持ったものか。
そんなことなのに、アシェルは果樹の研究に関しては、自分のものなんて意識をまるで持たず。
ソフィアもまた同じ気持ちにあることに、アシェルはまだ気付けていなかった。
さりとてアシェルはそう長く落ち込む性質にはないので。
──まぁ、そういう事情だけれど。
切り替えは早かった。
すんと表情を消して、王子を見詰める。
──この王子には何の説明も要らないよね?
妻の願いだからと話は聞いた。
妻の願いはそこまでだった。
だからアシェルには、その内容を一から全部否定したうえ、親切丁寧に真実を教えてやるという無駄な労力を割く気はほとほとない。
そろそろこの無駄な演説が終わるだろう。
アシェルが予測したまさにちょうどそのとき。
王子は雄々しく叫んだのだ。
「ウォーラー侯爵家の長女ソフィアに対する罪状は以上だ!」
──もういいよね?もう十分だよね?ねぇ、ソフィア?
アシェルが確認のため、隣の妻へと視線を移したその瞬間。
「これよりその女への処罰を発表する!」
まだ威厳に満ちた声がアシェルに届いた。
アシェルは信じられない想いで王子を見るしかない。
研究中にもアシェルたちが予想もしなかった事象はたびたび起こってきたが……未知との遭遇は、アシェルたちにとっては喜びのはずだったのに。
こういう迷惑な未知なる人間に喜べる者は、きっとセイブルくらいだろうと、アシェルは思った。
──何の証拠もなく個人を断じた上に、処罰まで下す気か?
アシェルは周りを見渡してみたが、誰もおかしいという顔をしていなかった。
それどころ彼らは皆一様に、王子には尊敬の眼差しを、ソフィアに向けては嫌な視線を投げ付けているように見えたのである。
約一名は、相変わらずアシェルに勝ち誇った目を向けていたが。
アシェルは思った。
──あとでここにいる全員の名前を確認しよう。
今回は巻き込まれただけの者がいるとして。
王子相手に声を上げることが難しいとはいえ。
何の疑問も持たず、このおかしな断罪劇に参加しているような連中との付き合いは、今後避けなければ。
その他大勢と認識してきた者たちの顔を、アシェルはしかと記憶した。
たった今、多くの家が危機に瀕したことを、彼らの家族である当主たちは当然知らない。
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