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ねぇ、それ、誰の話?  作者: 春風由実


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81.否定された論文


 ──これが本当に王子なら。発言とは裏腹に王位に就く気がないように思えるな。



 次の王は、王が選定し、これを議会が承認してはじめて決まるものだ。

 議会の参加者は、王族や貴族たちとなる。


 たとえ王子でも、たとえ内々には決定していたとして。

 正式な発表を前に次の王を名乗ることは許されない。



 ──最初から言動は役者らしいし。偽者でも本人でも、ここまですべてが演技で偽りだったなら、尊敬するよね。



 もちろん偽者だろうと本人だろうと偽りだろうと演技だろうと。

 アシェルの報復の予定には変更はないのだけれど。


 どうか演技であってくれとアシェルは願った。

 分からない人間を前にして、現実逃避をしたくなったのだろう。



「私にはすべてお見通しなのだよ!美の女神の愛し子であるアシェルに書かせたあの論文は、異国の書物を翻訳して書かれたもの!そうであるな?」



 この発言で、アシェルは王子の勘違いの起因だけは理解した。



 ──論文の序論を少し読んで……理解を諦めたね?



 養蜂技術の研究のはじまりに触れた部分を、王子は曲解したのだろう。

 そしてそこから自分勝手に想像を膨らませていった。



「異国の真似事をして、これを自分の手柄とするなど、言語道断。我が治世に、他者の功績を奪うような恥じ知らずな貴族は置かぬと心得よ!」



 ──その治世は来ないから安心して欲しいよね。だけど真似事か。



 アシェルはこれまでの楽しくも苦労を重ねた日々を思い出していた。



 ──そのまま模倣が出来るなら、俺たちだってそうしたかったよ。



 異国に養蜂という技術がある。

 という情報は、ソフィアがある旅行者の手記から見付けた話だ。


 世界中の蜜蜂の話を求めて、分野を問わず様々な書物に手を出すところは、ソフィアのウォーラーらしい性質と言えるだろう。


 手記の記載を見付けたあと、ソフィアはすぐにローワンを介しその国の商人数名から話を聞くことが出来ていた。

 けれども養蜂を知る人はいなかったのだ。それが誠かどうかは別として。


 手記でも養蜂に触れた部分は僅かで、旅人である筆者が田舎の小さな村を訪れたときの話として書かれたものだった。

 しかしその村は、同じ名称では現代に存在しないことが判明している。


 手記は事実か創作か。


 養蜂箱がこんなものだったという手記の内容をたよりに、最初の養蜂箱が作成された。

 こんな変わった服を着て作業をしていたという内容からは、最初の防護服が。

 道具などもそうしてウォーラー侯爵領にいる職人らの協力を仰ぎ、ソフィアが創り出したのだ。


 そこに幼少期から蜜蜂を観察し続けてきたソフィアの知識が組み合わされて、実験が始まった。

 失敗を繰り返して、検証に改良を重ねて、ようやく養蜂箱を巣と認めた蜜蜂が、中に蜜を集めるようになったのである。


 しかしそれははじまりで、そこからがまた大変だった。成功は続かなかったからだ。

 集めた蜜をどう効率よく採取するかという新たな研究も必要だった。


 アシェルが参加する頃には、技術としてある程度確立は出来ていたものの、まだまだ改良点も不明点も多く。

 それから二人で研究をはじめると、急速に問題点が改善していって。

 そしてこのたび、産業に出来る技術となったところで、採れた蜂蜜はウォーラー侯爵領から国内に出荷され、書き溜めてきた論文が国に発表されるに至ったのである。



 ──功績を奪った……と言われるなら俺だね。



 アシェルが僅かに視線を下げれば、その愁いを帯びた美貌に、この場に集う多くの若者が魅せられた。

 アシェルはまったく彼らの視線を気にしてはいなかったけれど。

 ソフィアは威嚇するように周りを睨み付けねばならず忙しかった。






読んでくれてありがとうございます♡

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