78.可哀想な子どもは誰か
アシェルの内からはじまった計画は刻々と具体化していく。
そして王子も刻々と自分で自分を追い込んでいった。
愚行を止める者が一人も側に置けない双子の王子と王女。
その可哀想な現状を憂いてくれるような優しい大人が、ここに存在しないこともまた悲劇だった。
「愛し合う家族を脅し、嫌だと泣く幼い子どもを強奪する卑劣な行い。権威と金を使い、適切な手順を踏んだとウォーラーは言うだろう。しかし私はこれを誘拐と断ずる!」
それが妻の願いだからと。
アシェルは黙り、王子の発言を一語一句覚えながら、計画と同時進行で王子の発言の論証もはじめようとした。
しかし論証以前に……。
──ここに関係者がいて、聞き取り調査もせずに、証拠の提示もなく、七年も前のことを犯罪と決め付けた。王族は皆がこうなのか?
アシェルはますます国を出る考えを強化した。
王はあれで、王子も王女もこれだ。あの王女だって……とアシェルは思い出しては、この国に未来はないと考える。
それから王子の主張を分析していった。
──権威と金ね。侯爵家という権威は確かに使っていた。俺の養育費用もすべて支払ってくださった。
社交をしないウォーラー家だって、他家について調べることはある。
他家から令息を預かろうとするならば、それは必然。
ローワンがソフィアを連れてアシェルに会いに来たあの日の時点で、ウォーラー家はイーガン子爵家についての調べを終えていた。
そのうえで、アシェル本人が望むなら、親元から離して良しという判断が下っていたのだ。
あとはどう正規の手続きを踏んで、預かるかというところだが。
相手がイーガン子爵家当主となれば、これは簡単なことだった。
ウォーラー侯爵家との親密な付き合いと、金銭的な援助について囁いて。
ウォーラー家がどれだけの高位貴族家と付き合いがあるかを知らせ。
王家との付き合いも匂わせて。
最後の一押しで「婚約?将来そういうこともあるかもしれないね」と告げてやれば。
イーガン子爵家当主はよく読みもせず契約書にサインして、ほいほいとアシェルを差し出したのだ。
親密な付き合いも、金銭的な援助も、アシェルだけに与えられるものとも知らず。
アシェルが望めば将来除籍になることまで記載されたあの契約書を、きっと彼はまだ読めていない。
──あれを騙したと言う人はいるかもしれない。だけど脅しはなかった。
騙したと騒いだところで、あのときローワンは一言だって偽りを述べてはいないのだから。
契約書もあれば、これを問題にすることは出来ないだろう。
事実が明るみになれば、勝手に勘違いをしたイーガン子爵家当主に、貴族家当主の資格がないと思われるだけ。
そして誘拐というには……。
──嫌だと泣く子が誰かは知らないけれど。ソフィアは真っ先に俺の意思を聞いてくれた。ローワン様も改めて俺に意思を確認してくれた。今はどうあれイーガン子爵も当時は喜んで俺を送り出していた。これのどこに誘拐の要素があるって?
全否定したい気持ちをぐっと堪えて、アシェルは王子の話の続きを聞くことにする。
「そうしてアシェルを領地に連れ去ったその女は、家に帰りたくと泣くアシェルをウォーラー侯爵家の邸内に閉じ込めた。ウォーラーはこれについても預かった子どもを大事に守っていただけだと答えるであろうが、私はこれも子どもの監禁としてここに断じる!」
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