77.迷惑な断罪劇
アシェルが黙って聞いていた理由は簡単だ。
「ねぇ、アシェル。面倒だから最後まで聞いてあげましょう?分からないと対処出来ないのよ」
「ソフィアが面倒に思わないよう、すぐに消すよ?」
「私が知りたいのよ。お願い、アシェル」
それが妻のお願いだから。
セイブルがここに居たら。
ソフィアも酷なことをするね、と言ったことだろう。
語る前に倒されていた方がまだ王子の未来は明るかった。
アシェルたちを引き離そうと腕を引いたあの瞬間に、もう手遅れであったとしてもだ。
王子の演説は次の言葉からはじまった。
「ウォーラー侯爵家の長女ソフィア!」
最悪だと思ったのはソフィアだ。
よく知らぬ男から名を呼ばれて不快だということもあるが、それは大した問題ではない。
せっかく宥めたところなのに、どうしてくれる?
ソフィアも夫と同じように、うっかり王子を睨みつけていた。
すぐに届いた「まぁ怖い」「噂通り野蛮な方ね」という声も、聞かなかったことにしたいとソフィアは強く思った。
王子とその隣の男の様子からしばらくは危険がないと見たソフィアは、アシェルの腕を両手でぱしっと掴むと。
背伸びをしてもう一度「お願い」と囁いた。
そうでもしなければ、アシェルは飛び出し、王子はその辺に転がっていたと思われる。
ソフィアが何度か見てきたように。
──ソフィアが可愛い。呼び捨てたこと、絶対に許さない。ソフィアの願いは叶える。
心をぐちゃぐちゃに乱しながら、アシェルは美しい瞳の奥にめらめらと怒りの炎を燃やしていく。
ソフィアは王子に「もっとしっかり夫を見て!」と叫びたい気持ちでいっぱいだった。
当の王子の視線は、今や高い天井までのどこかを彷徨い。
ソフィアの名を呼んでおきながら、その姿は虚空へと語り掛けているよう。
手を大きく広げた姿もまた滑稽であり。
ソフィアは王子に視線や態度で訴え掛けることを早々に諦めた。
アシェルがいつまで耐えられるか分からないが、そのときは連座で罰せられようと覚悟を決めたのだ。
私は妻ですもの、と胸を張って。
この堂々とした態度が王女には気に入らなかったのだろう。
王族に責められてひれ伏さない者は、まずいないのだから。
頬に手を添えた王女は、「あの方、噂通り暴れるのではないかしら?わたくし、とても怖いわ」と囁いて、周りの令嬢たちに励まされていた。
覚悟を決めながらも、女性はまずいかしら?と考えてソフィアの心が揺れ動く。
ちらと夫の顔を見上げてみた。
あぁ、駄目だと、ソフィアは思った。
──あいつらも許さない。絶対に許さない。ソフィアが可愛い。
ソフィアは考えた。
王子と王女を倒したら、罰など待たず、そのまま国を出た方がいいのではないかと。
無事に逃げるためではない。王家まで無くなってはまずいように感じたから。
折りしも妻に腕を掴まれたアシェルも、似たようなことを考えていた。
ただし思考はもっと飛躍している。
──こいつらを倒したら……面倒なことにはなるよね。そうだ、国を出よう。
──ソフィアが絶対に悲しまない最適解は……。
愚かな王子がなお油をくべた。
「あろうことか、その女は美の女神の愛し子であるアシェルを気に入ったというただそれだけの理由で、ウォーラー侯爵家の権威と金を使い、イーガン子爵家から脅すようにしてアシェルを奪い取った」
ソフィアは国を出ようと決意した。
アシェルの思考は、妻よりずっと先へと向かった。
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