76.まだ前座だった
この国の真面な貴族は、腹の内には色々抱えていても、ウォーラー侯爵家と表立っては敵対しようと考えない。
あらゆる分野の研究を行い、新しい産業を次々と生み出して、既存の事業は発展へと導く、そんなウォーラー侯爵家の機嫌を損ね、困るのは貴族たちの方であることは分かり切っていた。
だからこの場には少数しか集まらなかった。そう考える方が自然だ。
率先して参加しているか、断れなかったか、圧力があったのかは知らないが、この場に参加しているとても真面とは思えない者たちも、ウォーラー侯爵家の者に直接危害を加えるという無謀な勇気までは持てなかったのではなかろうか。
多くが座席の二列目に並んでいることもその証明。
アシェルの長兄がいまだに声を掛けて来ないこともそれが理由と思われた。
──そうだ。あの王の前でも、この人が悪く言っていたのは、当主のことだけだった。
イーガン子爵家の嫡男は、当主よりは頭が回るようである。
だからといって、この場所にいる時点で、程度が知れたものだが。
──だから王子と……侯爵家より上、おそらくは公爵家の令息を動かした。
イーガン子爵家嫡男が指令を出して動かしたとは思っていないし、どう転じてこんな愚行に至ったかまでを察することは難しいアシェルにも、この場のことは見えてきた。
王子とそこの令息のみが直接身体に触れることにして。
王女と、おそらくは公爵家あるいはウォーラーと同位の侯爵家の令嬢たちが、批判の声を上げていた。
彼らが入念に計画を練って役割を分担し実行に移した、とはアシェルも信じていない。
そのように事前に計画が立てられる人間であるならば、きっとこんな愚行はしないし、お付きの者たちが止めていいたことだろう。
──つまり今日のことはどの家も感知していない?王家も同じか?
そこですぐにアシェルの脳裏に浮かんできたのが、名乗らなかった王女、オーレリア殿下の姿。
──そういうこと?
アシェルは目まぐるしく頭を回転させて、今の状況を分析する冷静さを取り戻していた。
だがしかし、やはり普段の冷静な精神状態には程遠く。
──つまり、王子とこの男、それからそっちの王女と女たち。それだけ消せば、うちで処理出来ると。
「アシェル。声が出ているのよ」
「また出てた?でも別に……困らないよね?」
アシェルは美しい笑顔のままそう言った。
王子と隣の男は顔を引き攣らせていたし、王女たちも広げた扇で顔を隠している。
やがて王子は、わざとらしくはぁっと音を出して息を吐くと、大袈裟に肩を落として言った。
「ここまで言ってもまだ洗脳が解けないとは。罪深き者とはいえ、年若い婦人に酷なことはするまいと、城に連行してからと思っていたが」
「バージル様に左様なことはさせられません。ここは私が──」
「いいんだ、ジェイク。彼のため、私は覚悟を決めたよ」
「しかしバージル様!」
「この先も民を救うため、非道な王にならねばならないときは、必ずやって来る。ここはその練習が出来たと思えばいい」
「あぁ、バージル様。素晴らしき尊きお考えです」
「ジェイク。君はここで未来の王として成長する私を見届けてくれ」
「もちろんです、バージル様。いつまでもあなたのお側に」
「アシェル、君もこれで目が覚めるだろう。よく聞いていて欲しい。これよりその女の罪を明らかにする!」
アシェルから笑顔が消えた。
王子はこれを見ていたのに認識出来なかった。
自らの芝居に酔いしれながら、その目は何を映していたのだろうか。
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