75.謎の寸劇
「君、不敬だぞ!この御方が誰か分かっているのか?」
一番先に我に返った男が言った。
先ほどソフィアの腕を引き背中を押した男だった。
いつの間にか王子の隣に立っている。
「いいんだ、ジェイク。ここは私に任せてくれ」
声を掛けられ正気に戻った王子は、やはり芝居がかった様子でアシェルに優しく微笑むと、さらに言った。
「アシェル、私の言うことが信じられないのは無理もない話だ。しかしこれは事実でね。君は長い間ウォーラー家に洗脳されてきた」
「そんなことより。さっき俺の妻をなんと呼んだか答えてくれるかな?」
「私に対するその態度だよ。それこそが君が洗脳されているという証だ、アシェル。今の君は正気ではない」
正気ではないのはお前たちだろうと、おおよそ正気ではないアシェルも言い返そうとしていたが。
何も喜ぶところはないのに悦に入る王子が一歩、二歩と足を踏み出したから、アシェルは黙して警戒を強めた。
ソフィアを離す気はないが、抱える腕は一本にして、それも添えるだけにしよう。
今度は確実に仕留めてやる、緊急事態だ足も使ってよし、面倒だ気絶させるか、と物騒なことばかり考えていたら、囁き声がした。
「アシェル、離していいわ。私も戦うのよ」
「離したくない」
アシェルは真剣に告げていたが、ソフィアは頬をぽっと赤く染めていた。
それでもソフィアはゆっくりと首を振る。
「お願いなのよ。ね?」
「今度こそ守るからここに居て」
「守られるだけは嫌なのよ。アシェル、お願い」
「今は手を繋げないから」
「分かっているわ「分かってくれたか、アシェル!」「あ゛?」」
アシェルから出てきた低音に、怯んだ王子が三歩も下がった。
王子の隣の男は、王子の動きに連動して立ち位置を変えるようだ。
おかげで彼らから距離は取れたが、アシェルとソフィアは警戒しようと抱き合うことをやめて横に並び立つ。
手は繋がなかったけれど、手の甲で触れ合った。
「バージル様。洗脳されているとはいえ、さすがに彼の不敬は目に余ります」
男が力強い口調で言った。
王子は彼の肩に手を置いて言う。
「アシェルは病に侵されているのと同じだ。大目に見てやろう」
「しかしバージル様。私がバージル様への不敬を見逃せません」
「私を想う君の気持ちは嬉しいよ、ジェイク。だが今は気持ちを静めてくれ。私が少し耐えればいい話だ」
「そんな!バージル様が耐えられるようなことはありません!私が彼を指導します!」
「彼を救うためだよ、ジェイク。しばし共に耐えてくれ」
「バージル様は、なんと寛大な御心をお持ちか。どうかこの身をいつまでもあなたの側に置くことをお許しください」
「もちろんだとも、ジェイク。君はずっと私の側にいてくれ」
──ねぇ、何なの、これ?
何を見せられているのだろうか。
ソフィアも同じ想いを共有し、冷め切った目で眼鏡越しに彼らのやり取りを眺めていた。
少し前に自分たちも夫婦のやり取りを見せ付けていたことも忘れて。
アシェルは取り合っていられないと、観劇の役者より役者らしい二人の男を観察し、推考をはじめる。
──ジェイクとかいう男。高位貴族家の者かもしれない。
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