73.元凶
「王女がいるから何?……ごめん、ソフィア。ソフィアに悪い言い方をしたみたいになった」
低い声が出たことに自分で気付いて、アシェルはすぐにソフィアに謝った。
大丈夫よ、と言って背中を撫でる手は、アシェルの荒れ狂う心をほんの一時抑えてくれる。
「アシェルが誰に怒っているかは分かっているわ。だけど、アシェル。ここでいつも通りにしてはまずいと思うのよ。落ち着いて考えましょう?」
ソフィアのおかげで、アシェルは少しばかり冷静になって……はいなかった。
──落ち着いて……そうだね。落ち着いて王子も王女も抹殺して、何もなかったことにすればいい。ここにいる貴族連中だって同じようにして……。
「アシェル、アシェル、声が出ていたわ」
背中をトントンと叩かれたが、アシェルは妻のように慌てなかった。
「え?出てた?だけど問題ないよね?」
「問題はあると思うのよ。落ち着いて、アシェル。私は本当に平気なのよ。あの程度の力で怪我なんてしないわ」
まったく冷静でない夫の背中を、落ち着かせようと妻が懸命に撫でているというのに。
またしても要らぬお喋りが届いて、アシェルの心は荒れ狂った。
「お話に聞いていた通りだわ」
「えぇ、洗脳されているのね」
「お可哀想に」
「怖い家だわ。取り潰されて当然よ」
「ねぇ、お兄さま。早く救って差し上げて?」
アシェルは「はぁ?」と低い声で唸ったし、ソフィアさえ「どういうことなの?」と呟いたが。
「皆。気持ちは分かるが、この国の未来を担う君たちに被害があってはならない。この場は私に預けてくれ」
芝居がかった大きな声は、アシェルたちの声を掻き消してしまった。
良くも悪くも、人の声がよく響く講堂である。
──皆?
アシェルはソフィアを胸に抱きしめたまま、講堂に集まる人間を観察していった。
──皆というには少ない。俺たちははじめからこのために呼ばれたか。
これだけ席があるのに、座る者は前列に数人のみ。
二列目にはちらほらと立つ者はいるが、空席ばかりだ。
三列目以降に人の姿はない。
講堂に入ったアシェルたちが人間を気にしなかったのも、多くの気配を感じなかったせいだろう。
前列には見たことのある顔があった。王女だ。
その左右にどこぞの令嬢と思われる女性が四名。
先から届くお喋りの発生源もこの五名と思われた。
他の者たちが座らないのは、王子が立っているからだろう。
発言を控えているのも王族の前だからではなかろうか。
しかし皆が一様にアシェルたちに嫌な視線を寄越していて……アシェルはやっと気が付いた。
──そういうこと。
アシェルの脳裏に王と謁見した日のことが呼び戻される。
──王との繋がりはアカデミーからだった。だけど分からないな。すでに子爵の仕事をしていると言っていた。
二列目の中央よりも扉に近い位置に見付かったイーガン子爵家の嫡男は、嫌な目をしてアシェルを見詰め、口角を上げていた。
読んでくれてありがとうございます♡




