72.止められなかった愚行
アシェルは左腕を曲げて。
ソフィアはその曲げた腕に右手を添えて。
二人が保ち続けたエスコートの姿勢。
これがどれほど襲撃に向かない体勢であるかを、アシェルはこのときに嫌というほど学んだ。
おかげで王都では二度と正式なエスコートの形を取らなかったくらいだ。
姿勢を変えずとも、襲撃者が前に一人、二人、時に三人でも、あるいは周りを囲われていたとして、アシェルには対処出来ただろう。
しかし、襲撃があるとはまったく想定しない状況で。
ソフィアの左腕を引く者。
アシェルの右腕を引く者。
これが同時に現れたとき、アシェルは身動きが取れなかった。
曲げた左腕は自由であっても、曲げているせいで反応に遅れが生じ。
何よりも問題は、右から引かれたソフィアを、左から強く引っ張ることは出来なかったのだ。
その優しい迷いが、ソフィアを倒れさせてしまう。
腕を引いた男に背中を押され倒れたソフィアは、きゃっと小さな声を上げて床に両手を付いた。
妻の名を叫び、飛び出そうとするアシェルの腕は、まだ強く掴まれている。
「離せ!触るな!」
叫んだあとに、アシェルは腕を掴む者が王子であることに気が付いた。
それでもアシェルは怯まずさらに告げた。
「離せ」
一度目のあとに何か言おうと口を開き掛けていた王子は、二度目の低い声には恐れをなしたか、掴んだ手の力を緩める。
アシェルは勢い王子の手を弾くようにして腕を引くと、ソフィアの元へと駆け寄った。
その反動で王子の身体はぐらついたが、なんとか足で踏ん張り耐えたらしい。
しかし悔しかったのか、驚いたのか、怖かったのかは分からないが、その後もぎゅっと顔を顰めて酷い顔を見せていた。
もちろん、アシェルには見えていない。
近付いてくるアシェルの迫力に、ソフィアの腕を引き、背中を押した男が、一歩、二歩、三歩と、少しずつ後ろに下がっていったのは本能からだろうか。
「ソフィア。あぁ、ソフィア。俺がいたのにごめんね」
アシェルが駆け寄ったとき、ソフィアは両手を押して身体を起しているところだった。
アシェルはソフィアが両膝を立てたところで、ソフィアの両手を取り上げる。
「どこが痛い?少しでも痛いところがあれば言って?」
アシェルは目視で妻の手に傷がないかと確認していく。
ソフィアは眉を下げ首を振った。
「平気なのよ、アシェル。手は付いただけ。どこも痛くないわ。受け身も取れたもの」
言われてもまだ安心出来なくて。
ドレスで隠れる足は無事かと尋ね、立ち上がり問題なく動いたソフィアを見てやっと安堵出来たところで、アシェルはソフィアを優しく抱き締めた。
「大丈夫なのよ、アシェル。安心して。ピカピカに磨かれた床で良かったわ。ドレスも汚れていないでしょう?」
切なそうに目を細めて妻を抱き締める麗しいアシェルの姿には、王子やソフィアを襲った男までもが目を奪われていたのだが。
「聞きまして。どこも痛くもないそうよ」
ひとりの発言で、それぞれ我に返ったようだ。
アシェルたちに届く声でのお喋りが始まった。
「まぁ、お強いこと」
「わたくしたちなら自力で起き上がれませんわね」
「受け身がどうとか言っておりましたわ。噂通り野蛮な方なのよ」
「淑女でないお母さまに育てられた方は恐ろしいわ」
「素行が酷く当主になれないという話も本当でしたわね」
「いくらお母さまがそうでなくても、侯爵のご長女よ?淑女教育を受けていらっしゃらないのかしら?」
「嫌だと泣いたのでしょう。当主が甘やかしているそうだもの」
女性たちのお喋りは長く続かなかった。
「は?俺の妻がなんだって?」
アシェルが一段と低い声で唸るように聞いたからだ。
まだアシェルの腕の中にあったソフィアも、もぞもぞと動いてなんとか横目でお喋りしていた方角にいる女性たちを確認する。
すぐに慌てたようにアシェルの背中を撫でて囁いた。
「アシェル。お喋りしている人の中に、この間の王女さまがいらっしゃるわ」
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