71.開幕
王子の足が止まった。続くアシェルたちも立ち止まった。
向きを変えた王子の前には、細かい彫刻を施された木製の大きな扉がある。
その彫刻に、アシェルは見覚えがあった。
──あの樹だ。幹の質感や葉の先まで細かく彫られている。これは凄いな。
色艶にも年月を感じられる木製の扉から、やはりこの建物の前で見た大木を象徴としてここにアカデミーが建造されたのだろうと、アシェルは自身の推論を強化した。
王子がこつんと木彫りの表面を叩くと、内側からゆっくりと扉が開いていく。
分厚い扉と壁の隙間が広がれば、廊下から内部へと風が抜けた。
扉の向こうは廊下と変わらず明るく、すぐに内側の全貌が見えてくる。
──良かった。講堂だ。
王子が自分たちを違う場所へと連れていくのではないかと、少々疑っていたアシェルは、王子に対して申し訳ない気持ちを少しは抱え、緊張感を解いていた。
これも良くなかったと、アシェルは後から反省している。
その扉は、講堂の前方側の入り口だった。
右手には一段高くなった舞台。
左手には舞台に向かって一列に座席が並び、それらの後ろにも階段状にして少しずつ高さを変えた座席が無数に並ぶ。
「早く入れ。時間がない」
これが王子の二度目の発言だった。
すぐに講演を始めることは聞いていたので、アシェルたちは何の疑いもなく、講堂内に足を踏み入れた。
王族の前ということもあり、アシェルたちは今日はずっと夫が妻をエスコートする姿勢を保っている。
城で当初はそうしていたようにだ。
──これは凄いや。
外から見ても壮大な建物であったが。
階を設けず屋上の高さに天井を設置した内部の解放感は、人から言葉を奪うほどの威力を持っていた。
外では建物よりも樹に魅せられていたアシェルとソフィアも、この講堂の内部構造には圧倒されて、同時に息を吐く。
互いの息が重なったことがおかしかったのか、すぐに目を見合わせると、二人は微笑んだ。
その目は互いに「凄いのよ」「凄いね」と語り合っている。
やはりこの二人、研究気質はいつでも切り離せないようだ。
解放感に圧倒されていた時間は短く終わり、二人の視線はあちこちに向かって飛んだ。
大きな柱もなく落ちて来ない天井の造りが気になって仕方がないようだ。
そこで周囲への注意が少々逸れてしまったこと、これもアシェルが悔いる点である。
あれが気になる、これも気になると、見付けたものを共有したくて。
うずうずしてきたアシェルは、そろそろ会話は許されるだろうかとソフィアを見詰めた。
まだソフィアは天井を見上げていて、アシェルがその横顔に見惚れていたら、二人の後ろで重々しく扉が閉まった。
──こんなに広いのに、狭い密室に入れられた気分だ。これだけ窓もあるのに、どうしてだろう?
空気の流れが止まったせいか。
アシェルは急に息苦しさを感じていた。
──念のため、扉の位置は確認しておこう。
すべての扉を把握しておこうとアシェルが再び視線を遠くへ動かしたとき。
それははじまった。
「きゃっ!」
「ソフィア!」
アシェルの大きな叫び声は、講堂中に響き渡った。
声の通りはこれで確認出来た……などと考える余裕は、このときのアシェルにはない。
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