68.不愉快な王族たち
──だいたい二度もお願いしたいって。おかしいよね?
あの日アシェルたちは、アカデミー長を名乗った高齢の男性から二度講演して欲しいと頼まれた。
一度目は学生に向けて。これはリハーサルだと思って気楽に望んで欲しいとのこと。
そして二度目。こちらが本番で、このときには学生は二人のサポート役に回ってくれると言う。聴衆はアシェルたちの研究に興味を持つ貴族たちの予定だ。
──リハーサルね。相手に合わせて話す内容が変わるとは思わないのかな?
アカデミーに通う貴族の子女たちに、どの程度の理解があるか。
アシェルが問い掛けても、あの場でアカデミー長は答えられなかった。
二度目に参加する予定の貴族たちは事前に論文を読んでくるものと思っていいとは言っていたが、はたしてそれも真実かどうか。
何せ自分たちの論文を読んでくれたというアカデミー長が、研究内容について何も分かっていない様子だったのだから。
アシェルはあの日僅かな時間話しただけで、アカデミー長を信じるに足る人物ではないと評価した。
その職についてからは長く、すでに王籍は抜けているそうだが、先代王の弟だという老人は、素質など関係なく、ただ王弟ということで空いていた地位を与えられただけではなかろうか。アシェルはそう予測した。
何よりあの王の叔父であり、かつあの王がその地位にあり続けることを認めてきたと思えば、アシェルの中で信用度は各段に下がるというもの。
特殊なウォーラーとはいえ侯爵家相手に何度も頭を下げていたところは、元王族として立派な人物と評せそうでもあるが。
王の叔父である自分が頭を下げれば何でも言うことを聞くだろうという本意が、振舞いの節々から受け取れて、アシェルの中での彼の評価は下がる一方だったのだ。
しかしあの場には、老人を上回り、今後一切付き合いたくないと感じる者がさらにいたおかげで、アシェルはアカデミー長に関してはそう印象に残らずに終わっている。
──あの二人。話す気もないのに、どうして同席していたんだろうね。
アシェルの予想通り、彼らは側妃から生まれた双子の王子王女だった。
──あれは驚いたな。片方が化粧をしていて、はじめは分からなかったけれどね。
男女の差として背丈も体格も異なる身体に、二人は同じ顔を乗せていた。
双子にはじめて会うアシェルは、つい観察するように見てしまったが、それでも先方のようにじろじろと不躾に見る失礼はしていないはず。
──あれは嫌な感じだった。
いつまでも会話には参加せず、王族らしい微笑を浮かべて優雅に紅茶を飲んでいた王子と王女。
けれどその視線は、ずっとアシェルたちに向いていた。あれは優雅とは程遠い無礼な振舞いであろう。
──王族でなければ、ソフィアを見るなと言ってやったのに。
見目の良いアシェルは他者からの視線に慣れている。
自分はいくら見られてもちょっと嫌だなと思うくらいだ。
見定めるように全身を舐めていく二人分の視線を感じても、それが王を思い起こさせたとして、いつもより少し不快だなという程度。
しかしひとたび同じ視線がソフィアへと注がれたなら。
相手から視界を奪ってやりたいほどの強い嫌悪感が湧き起こり、胸中でそれがぐるぐると暴れ回って、アシェルはあの場で自分を律することにも苦労した。
だからもう関わりたくはないのに。
あの二人はアカデミーに在籍中の学生だと聞いてしまった。
──もうあの二人にソフィアを見せたくないし。それに……ウォーラーはアカデミーに関わらない方がいい気がする。
アシェルからのどの問いにも真面に答えられなかったアカデミー長は、最後に参考としてアカデミーの講義で使用しているという教科書を譲ってくれた。
今からでもアカデミーに入学しないかという誘い文句まで付けてだ。
その場で一冊を手に取って開き、ぱらぱらと眺めていたアシェルは固まった。
隣から覗き込んだソフィアが「え?」と小さく声を漏らしていたことも、アシェルはしっかり覚えている。
あの瞬間アシェルが思ったことは「この国大丈夫?」に尽きた。
先にニッセル公爵に会っていなければ、ウォーラー家は国を出た方がいいのではないかと本気でローワンに相談していたかもしれない。
アシェルが一冊の教科書から読み取ったもの。
それは貴族子女への忖度だった。
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