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ねぇ、それ、誰の話?  作者: 春風由実


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65.幸せは気付くこと


「アシェル様が王都を出られてから、わたくしたちは対応を間違えのかもしれないと、ずっと気にしておりましたの」


「あの頃のお父さま……イーガン子爵の行動がおかしいように感じていて。それなのにわたくしたちは、アシェル様から家族のお話をお聞きしても、真剣に取り合わなかったでしょう?」


「もっとよくお話をお聞きすれば良かったと、後悔しておりましたのよ」


「私もイーガン子爵とは長い付き合いだがね。幼い子どもをこういう場に連れて来るものではないと、何度も忠言していたのだよ」


「私からも言っていたのですよ。それでもいつまでも変わらない彼の様子から、アシェル様があまりよくない環境におられるのではないかと妻とも話しておりましてね。なのに大人として何も出来ず、申し訳なかった」


「他家のこととはいえ。私たちは皆で声を上げ、アシェル様を救うべきだった」


「わたくしたちは大人でしたのに。何も出来なくてごめんなさい、アシェル様」



 ──あの頃の俺を見てくれていた人たちがいた。



 この日は胸が熱くなって言葉の出なくなったアシェルの代わりに、ソフィアが彼らにお礼を伝えてくれた。

 それでさらにアシェルの胸には大きく寄せるものがあって、しばらくは無言で頭を下げるばかりとなってしまった。



 ──はじめは嫌々だったけれど。王都に来て良かった。




 アシェルとソフィアは、あの日の参加者に、改めてお詫びの品と共にお礼と謝罪の手紙を送っている。

 ウォーラー侯爵家の当主としてローワンからもお詫びとお礼、そして今後も娘夫婦をよろしくという連絡を入れているから、あのパーティーに関してはウォーラー家の者として十分過ぎる対応をしたと言えるだろう。



 しかしアシェルたちの対応は、王都の貴族対策としては足りなかった。


 アシェルたちはあの日の最後に、「お好きにどうぞお話しください」と一言伝えておくべきだったのだ。



 あの場にいたのが気遣いの出来る貴族たちばかりだったこと。

 これが悪い方に転じて、あのガーデンパーティーで起きたことについて、噂が出回ることはなかった。


 皆がイーガン子爵家に思うところはあっても、元とはいえアシェルの家族。

 しかもウォーラー侯爵家も関与している話を、下位貴族として吹聴することは出来ないと考えられてのこと。


 彼らはあらぬ噂がその耳に聴こえたときには否定してくれたものの、否定する噂を流すまでには至らなかったので。


 アシェルたちが高位貴族からの招待を悉く断っていたこともその一因となり。


 さらにはアシェルが、次兄の治療費を請求されたら私費で払おうとだけ考え、イーガン子爵家に対し何も求めなかったこともあって。


 治療費については考えが甘いとアシェルを叱っていたローワンもまた、イーガン子爵家の動きを待とうと、しばし放置した形になったことも悪いように働いて。



 最後のお片付けと呼べるそのときは、刻々と近付いていた。



 しかし未来を知らないアシェルは。



 ──俺って幸せだった。今はもっと幸せだ。



 ──幸せは気付くことかもしれない。ねぇ、セイブル。



 紅茶を含み、呑気に幸せを噛み締めて。

 美しく微笑んだその顔で、今朝も妻の心を奪っている。





読んでくれてありがとうございます♡

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