60.演じるもの
ここでイーガン子爵夫人は、ぐるりと庭園を見渡した。
招待客の夫人たちを味方に引き入れようと考えたのだろう。
ところが子爵夫人の思惑は外れていく。
『結婚するのに一度もご挨拶がないなんて』
『常識的にあり得ないことね』
ここまではイーガン子爵夫人の気分も晴れやかだった。
しかしその顔色にはすぐに陰りが見えて。
『でもそれってつまり……』
『えぇそうに決まっているわ』
『ウォーラー侯爵家に挨拶をする必要がない家と判断されたのね』
イーガン子爵夫人は眉を顰め、悔しそうに唇を噛んでいた。
『こんな方々ですもの。わたくしが同じ立場でもそうしますわ』
『確かアシェル様のお兄さまたちは、お相手がまだ決まっていらっしゃらなかったような』
『未婚のご令嬢がいる家の方々に、気を付けるよう伝えた方が良さそうね』
羞恥だろうか。
スカートの途中でぎゅっと握りしめられたイーガン子爵夫人の拳が、小刻みに震えていた。
これにとどめを刺すよう、ソフィアは笑顔で声を掛ける。
「まぁ、ご心配には及びませんわ。先日陛下の御前でお伝えしました通り、私たちウォーラー侯爵家は、今後イーガン子爵家の皆さまとお付き合いするつもりがございませんの。それに夫は結婚前にそちらの家からの除籍が済んでおりますもの。夫人は私たちに何の責任を負う必要はございませんわ。ねぇ、アシェル?」
「そうだね。元々夫人とは一度も会うつもりはなかったし、お会いするのは前回で最後のはずだった。だけど今日はせっかく来てくださったから。今後付き合うつもりがなく、かつ今日が最後だということを、今度こそ理解してお帰りいただくことにしよう」
笑みを深めて見詰め合う夫婦の前で、イーガン子爵夫人は大袈裟に手を動かして、両手で顔を覆った。
「どうして……どうしてお母さまにそんな酷いことを言うの?わたくしが何をしたって言いますの?そんなに冷たくされたら、お母さま悲しわ。ねぇ、どうしてなの?」
イーガン子爵夫人は、手で顔を覆ったまま、さらに肩を振わせる。
するとソフィアは小声で囁いた。
「ねぇ、アシェル。もう投げ飛ばしちゃ駄目かしら?」
「ソフィアがするなら俺がやるよ」
「まぁ、それでアシェルが悪く言われたら嫌よ?」
「ソフィアが悪く言われる方が嫌だよ。それに俺はもう一人投げ飛ばしたからね。一人も二人も変わらない」
泣けば優しくされると思っていたのだろうか。
イーガン子爵夫人はいつまでも放置されることに耐えかねて、「ちょっと!あなたたち!」と叫んでいた。
演技も台無し。愚か者の極みである。
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