59.魅了するもの
「ほほほ。言葉を理解されていないのはどちらかしらね?殿方のように研究をしている珍しいご令嬢とはお聞きしておりましたけれど。そのご年齢で淑女として社交に必要なものが、まったく身に付いていらっしゃらないようだわ。これはわたくしが教えて差し上げなければ駄目ね」
──社交?王の御前でもあれで、今日だって招待状もなく押し掛けたのに?
王の前での振舞いについては誰もが知らない話であっても、アシェルと庭園にいる者たちの想いは、完全に一致していた。
しかしイーガン子爵夫人は、周囲から一様に注がれる呆れた視線が分からなかったようだ。
「急ぎお勉強の時間を取りましょう。二人には我が家に通っていただきますわ。いいえ、しばらく我が家で過ごすといいわね。実家ですもの」
「いいえ、結構ですわ。私には夫人から教わることは何一つございませんのよ」
「そういうところが足りないと言っているのですよ。あなたには我が家の嫁として、わたくしからよく学んでいただきますわ。よろしいわね?」
「よろしくありませんのよ!お断りですわ!」
「まぁ、まだ断るなんて。わたくしがその子の母と知ってのことかしら?」
「えぇ、存じておりますわ。夫人が夫を生んでくれたことには、感謝しておりますのよ」
アシェルが言うかと考えていたことを、ソフィアがあっさりと伝えたとき、アシェルの思索も止まっていた。
するとアシェルはしみじみと感じ入る。
──今日のソフィアは、いつも以上に可愛い。
普段ならソフィアが誰かと言い合いにでもなれば、即座にソフィアの代わりに戦うアシェルであったが。
今日はどうしたことか、自分のために怒れる妻が可愛く見えて仕方がなくて、アシェルはどうしたって頬が緩んで、おかげで戦う気力まで失われていく。
アシェルは今気を抜けば、一人笑い出しそうな気分だった。
──いつも難しい理論を説いてくれるけど。幸せってこういうことだと思うな、セイブル。
急に恥ずかしくなったアシェルは、思い出した友人には心で語り掛け、気持ちを落ち着かせようと試みた。
しかしそれでは足りないと、アシェルは腕に絡まるソフィアの手をそっと解くようにして導き、握り締める。
その動きにアシェルを見上げたソフィアが、何故かここで頬を染めて。
不思議に思ったアシェルが少し首を傾げれば。
それぞれの席で胸や口元を押さえ、夫人たちが固まった。
また王都に新たなる信者が増えてしまった瞬間である。
アシェルだけは何も気付けずに。
いや、イーガン子爵夫人もまたこれに気付かず──。
「ほほほ。あなたにお礼を言われるいわれはなくってよ。だけどそのお話も、あまりに遅いのではないかしらね?息子と結婚するというのに、一度もご挨拶に来てくださらないんですもの。いいですか?わたくしはあなたたちを心配しておりますのよ?二人とも研究ばかりして、まったく常識を身に着けていないでしょう?もう成人したと聞きましたのに。遅くなりましたけれど、これからはわたくしが責任を持って二人を教育いたしますからね」
とことん機というものが読めない、社交に不慣れな憐れな夫人であった。
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