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ねぇ、それ、誰の話?  作者: 春風由実


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58.嫁姑戦争?


「夫人こそ嫌ですわ。夫と夫人は何にも似ているところはございませんのよ。夫はこんなにも美しいでしょう?それにとっても優しいわ!夫人とは大違いですのよ!」



 アシェルの頬が、全身が、するすると緩んだ。


 普段アシェルは自分が美しいことなんか、ただ面倒事を増やすだけの呪われた特性だと思っている。

 それでもソフィアが自分の美しさを褒めたときだけは、美貌は長所に変わった。



 ──ウォーラー侯爵領を出る前は、最後くらいは、この顔に生んでくれた両親に、感謝を伝えようかなんて思っていたのにね。



 除籍と結婚の報告の際に、イーガン子爵が一般的な貴族家当主らしく振る舞うように変わっていたら。

 夫人や令息たちについても、今さら家族らしい親しさを見せずとも、通常考えられる程度の大人の付き合いが出来そうだと感じられたなら。


 除籍する意思は変える気がなくも、アシェルは十一歳までの生み育ててくれた礼を伝えたであろうし、場合によっては親密になれずともイーガン子爵家と新しい付き合いをはじめていたかもしれない。


 それはアシェルが七年幸せに過ごした証明であり、生家の者たちを長く忘れてきたからこそ思えたこと。


 ところが頻繁に届く手紙から期待はしていなかったとはいえ、イーガン子爵家の者たちは、この七年で変わらないどころか、態度はかつてより悪くなっていた。

 こうなれば、アシェルの選択肢は縁切り一択。



 ──分からないのは、どうしてこうも俺が嫌いそうなのに、まだ付き合おうとするかなんだよね。



 少し怒らせれば、あとは相手が勝手に縁を切るぞと口走ってくれるものと想定していたアシェルは、先日から子爵家の者たちの振舞いが理解出来ないでいる。



 ──それぞれの手紙に書いてあったことも違っていたし、誰が何を求めているかが見えて来ない。



 ある手紙にアシェルがいかに侯爵家に相応しくないか、だから自主的に帰って来いと書かれていれば、別の者からの手紙にはお前ならもっと高位の貴族家の婿になれるから侯爵家との縁談を断って帰って来いと書かれていた。


 養蜂の研究でアシェルの名が王都まで知られるようになった頃の手紙もそうだ。

 商売をはじめたと聞いた、その金を寄越せ、そのために帰って来いと、もう少し回りくどい表現ではあったがそう書かれているものもあれば、同じ時期には他人の功績で調子に乗るな、子爵家の三男として弁えろ、今後の功績は断り帰って来い、という手紙が届く。



 ──子爵家でも意思の疎通が出来ていないのかもしれないね。



 しかしそれにしては、何故か子爵と同じように、ダニエルはアシェルが平民になるものと信じていた。

 これに関しては、全員が勘違いしていそうな手紙を書いてきていた記憶がアシェルにもある。



 ──平民になるから、俺に対する態度がより尊大になっている?ソフィアまで将来は平民になると思っていたみたいだし、結婚して平民夫婦になればもうウォーラー侯爵家の威光を怖れなくていいものと考えた?



 たとえ彼らの予測通り平民となったとして。

 ソフィアがウォーラー侯爵家当主の娘であることに変わりはなく、次代の当主とてソフィアの従兄で、その庇護下から外れるはずはないのに。



 ──つくづく理解出来ない人たちだよ。本当に俺と血の繋がりはあるんだろうか?



 容姿も似ていないうえに、こうも考え方が違ってくると、自分の出自にまで疑いを持ちはじめたアシェルである。

 けれど昔はよく言われたのだ。



 ──俺が母方の祖母上と似ていて、それが夫人は気に入らなかったはず。



 今回王都に来てから、夫人の態度だけは以前と確実に違っている。

 しかしその理由が、アシェルにはまだ読めていなかったのだ。



 ──しかも夫人は俺と似ているとまで主張した。目にするのも嫌なほど俺の顔は嫌いだったよね?



 どう追い詰めるのが一番効果的か。

 アシェルが思索に耽ていれば、おそらくはこれが最初で最後の嫁姑戦争が激化を見せる。



「んまぁ。随分とはっきりものを仰るご令嬢でしたのね。わたくしの若い頃には考えられないわ」



「えぇ、いつも研究をしているものですから。何事も分かりやすくはっきりと伝えることにしておりますのよ。こちらの言葉を理解してくださらない方には、特にそうしておりますの」




読んでくれてありがとうございます♡

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