54.似たもの夫婦
記憶なく打った背中の痛みに咽ていたダニエルは、呼吸が整うと茫然と空を見た。
青空にはぽこぽこと浮かぶいくつかの小さな丸い雲。それらが置物のように動かない。
夢か現か。
ダニエルにも分からなくなっていたのではないか。
これは周りも同様である。
パーティー参加者の貴族たちはしばらくは呆気に取られていたが、そのうち状況を確認するため、互いにひそひそと声を掛け合った。
その驚きは庭園の使用人たちにも波及して。
これまでは無表情に徹していた彼らも、アシェルとダニエルを交互に見詰め、何度か目を瞬いては、とても信じられないこの状況を受け入れようと各々努力しているようだった。
こうして庭園に異様な空気が流れるなか、アシェルだけは呑気なもので。
──今のは支点にいい位置を取れたと思うな。だけど力点の位置はもっと改善出来そうだった。帰ったら報告と共にお礼をしないとね。うん、やっぱり訓練を見ていただきたい。慣れ以外に顔色を変えない訓練の方法がないかも聞きたいし。時間を作って頂けるかな。
身体を動かした分、こころはすっきり晴れて、アシェルはいつもの研究思考に戻っていた。
立ち上がって駆け寄ってきたソフィアもまた、そんなアシェルの腕を取ると、完全にいつもの調子で声を掛ける。
「美しい動きだったわ、アシェル。綺麗にひっくり返せていたわよ!だけどそれは私がしたかったのよ!」
「こいつは駄目だよ、ソフィア。訓練は俺を相手のときだけにしてと約束したよね?」
「アシェルを固い石の上には投げられないわ!でもそれは別よ!」
アシェルだってこいつ呼ばわりだったのに、ソフィアのそれ扱いにはアシェルも苦笑した。
「アシェルは優し過ぎるのよ。私だったら、それを高く遠くに投げてあげたわ。今からでもしていいかしら?」
「ありがとう、ソフィア。だけどこれは俺にやり返させて。ほら、まだそこにも一人いるから。ね?」
物騒極まりない発言をしてにっこり微笑んだアシェルは、ソフィアにそっと手を離すよう促して。
まだ寝そべるダニエルへと歩み寄ると、その顔の側で膝を曲げて右足を上げた。
かと思えば、それを力いっぱい振り下ろす。
いい音を鳴らして、アシェルの靴底が着地したのは、ダニエルの顔の真横だった。
「──っ!」
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