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ねぇ、それ、誰の話?  作者: 春風由実


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53.昔よりも


 この場でソフィアだけは、うっとりとした目でアシェルを見詰めた。


 ソフィアの前ではいつも優しいアシェルだけれど、ソフィアが悪く言われたときだけは違う。

 その場ですぐさま今のように低い声を出して相手に言い返してきた。


 ウォーラー侯爵領でも、研究のため二人は各地を飛び回ってきたせいで、当主の娘と気付かずにソフィアを悪く言う者はたびたび現れたのだ。


 それらの多くは女性からで、美しいアシェルの隣にいられることへの嫉妬であり、またその場所を奪いたいという浅慮な願望から発言されたものであったが。

 アシェルは相手が女性だろうと時に幼い少女だろうと容赦なく怒りをぶつけ、相手を黙らせてきた。



 しかし、そんな二人の過去を知る者が王都の貴族たちの中にいるはずはなく。


 誰もがまだその声の主を信じられないようだ。

 他の席で見守る夫人たち、そしてその夫たちも、アシェルを驚愕の目で見詰めている。

 

 そしてそれは、イーガン子爵夫人、その人もであった。



 一方でイーガン子爵家次男のダニエルは、最初は驚いていたものの、驚きよりも怒りが(まさ)って、収まらなくなったようだ。



「貴様。何だその態度は?」



「お前こそ、今何を言ったと聞いたんだよ。なぁ、妻がなんだって?もう一度言ってみろよ。同じことは言えないようにしてやるからな」



 二度目に低い声を聴いたとき、周囲は本当にその声がアシェルから出ているものだとようやく信じた。



 冷静に追い詰める予定だったのに、もうアシェルは怒りの中。


 しかしどこかに冷静さは残していたのだろう。

 アシェルは改めて周囲を眺め、問題ない方角をしかと頭に入れ直している。



 ──こんな奴のために花を折るのも嫌だからね。こいつのためには何も要らない。



「や、やめなさい二人とも。昔のように仲良くしてちょうだい!」



 止めるのはイーガン子爵夫人ばかり。


 ソフィアはぎゅっと両手を握り合わせていたものの口を挟まないし、他の者たちは固唾を飲んでアシェルたちを見守っている。



「貴様にお似合いの、可愛げのない女に買われて良かったなと言ったんだよ!文句があるか!」



「昔から頭が弱いと思っていたけれど、あなたは変わらないね?妻のこの可愛さも分からないなんて。いつまでも可哀想にな」



「あぁ?俺を可哀想だと言ったのか?」



「前からずっと可哀想だと思っていたよ。幼い弟を痛めつけて強さを誇示でもしなきゃ、自分を保てなかったんだろう?本当に可哀想にね。妻の可愛さも分からないわけだよ」



「このっ!平民に落ちた分際で偉そうに!金があっても、お前たちは平民夫婦だろうよ!それを何だ!貴族の俺に歯向かう気か!どうなっても知らねぇぜ!」



 周囲が戸惑っている。

 それはそうだと、アシェルも思った。



「平民?それ、誰のこと?」



「貴様らに決まってんだろうが!さっきからふざけやがって!そこの女も、まだ当主の娘か知らねぇが。平民になったときは、覚えていろよ!」



「相変わらず、何を言っているか分からないな」



「この野郎!もう我慢ならねぇ!躾け直してやる!」



 ダニエルとアシェル、立ち上がったのはほとんど同時だ。

 ダニエルの椅子だけが後ろ向きに倒れて大きな音を立てていた。


 皆がその音に気を取られ横になった椅子を見て、二人の若い男たちに視線を戻せば。

 勢いのままアシェルの方に向かっていたはずのダニエルが、テーブルから離れた石畳の上で寝そべり空を見ている。



「がはっ。ごほっ。ごほっ。……は?」






読んでくれてありがとうございます♡

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