52.麗しき美貌の青年?
イーガン子爵家の次男ダニエルが、拳でテーブルを叩いたのだ。
そのせいで、ダニエルの前に置かれていた、まだ手付かずのカップから紅茶が溢れたのに。
ダニエルはもう一度手を振り上げると、拳で力強くテーブルを叩いてしまった。
おかげで彼の前のカップの中身は半分になっている。
──ソフィアが濡れなくて良かったよ。
アシェルはそれだけが気掛かりだった。
二人の前のカップは席に着いた後の沈黙の間にかなり量を減らしていたので、ガチャンと音を立てただけで零れずに済んでいる。
「調子に乗るなよ、貴様。この間からいい気になりやがって。侯爵の娘を手に入れて、偉くなったつもりでいるんだろう」
──この人は変わらないね。邸と外で使い分けも出来ないでいるなら、すぐに動くだろう。
アシェルは改めて周囲を見渡した。
出来れば誰にも迷惑を掛けないようにしたかったからだ。
「まぁ、私と結婚して、どうして夫は偉くなりますの?教えてくださいます?」
響いた可憐な声に、この場で一番ぎょっとしたのがアシェルだ。
ソフィアがやる気に満ちていることは知っていたが、すぐに口を挟むとは思っていなかったのである。
それはダニエルも同じだったようで。
一瞬は面を食らったように呆けた顔を見せたダニエルだったが、すぐに気を取り戻して、はんっと鼻を鳴らすと言った。
「これがお前を囲う女か。ふぅん」
見定めるような不躾な視線から隠したくなって、ソフィアの前に手を掲げたアシェルだったが。
その手はソフィアの両手に押さえられ、すぐに下ろすことになった。
ソフィアはつんと顎を上げて、堂々とダニエルを見返している。
「こら、やめなさい、ダニエル。侯爵家のご令嬢よ。失礼はいけないわ」
イーガン子爵夫人に窘められて、ダニエルの挑発的な視線がアシェルへと戻った。
「はっ。その顔が高く売れたようで羨ましいと思っていたが。そうでもなかったな」
「高く売れたですって?どういう意味ですの?それも教えてくださいます?」
ソフィアは甲高い声で聞いたが、ダニエルはもうソフィアを見ようとはしなかった。
にやにやと嫌な笑い方をして、アシェルに告げる。
「事実だろうよ。ふんっ。女でその見てくれじゃあな。それも偉そうに男の会話に割り込んで来るような生意気な女だ。しかも次期当主にもなれねぇんだろう?金を出さなきゃ、相手が見付からなかったことも分かるぜ。お前もせっかく綺麗に生まれて、相手を選べずに可哀想にな」
「あ゛?お前今何を言った?」
時が止まったような静寂が庭園を包み込んでいた。
不思議と風まで止まっている。
二人を除いて、皆が同じ疑問を抱いた。
今の声は、誰のもの?
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