47.懐かしさを知る
アシェルたちが結婚してはじめて貴族相手の社交をする日がやって来た。
王都にいくつかある庭園のひとつを貸し切ったガーデンパーティーである。
王都の貴族たちはこうして広く場所を独占し集まっては、平民との違いを高らかに誇示してきた。
それは今日のような、下位貴族の集まりにおいても変わらない。
──昔は何は思わなかったけれど。いい庭園だね。枯れた花ひとつなく、隅々まで管理が行き届いている。
周囲を見渡しながら門から歩みを進めれば、待ち構えていた男爵夫妻がアシェルたちを迎えてくれた。
「お久しぶりです、ケストナー男爵、夫人。本日はご招待ありがとうございます。アシェル・ウォーラーと妻のソフィアです」
アシェルにとっては、男爵は研究においてお世話になり続けている人であり、男爵夫人は幼い頃にお世話をしてくれた人だ。
と言っても、男爵家とのやり取りには人を介しており、男爵本人に会うのは、王都を立ってから七年の間に二度だけ。
男爵夫人に関しては王都を出てから一度も会ったことはなく、七年振りの再会である。
「こちらこそ、よく来てくれました。もう二年振りでしょうか。お二人にはお会いしたかったのですよ」
「私もお会い出来て嬉しいです、ケストナー男爵。いつもお世話になっているというのに、今日のことでは色々と無理なお願いを聞いていただきまして──」
感嘆の声を聴いたのは、ケストナー男爵とアシェルが形式的な挨拶を続けたあとだった。
「まぁまぁまぁ」
言葉が続かない様子のケストナー男爵夫人の瞳が潤みはじめていることは、アシェルたちからも見て取れた。
──王都にも会いたいと思える人たちはいたんだ。
思い至れば、アシェルの胸もぐっと詰まる。
それはアシェルが王都に戻ってからはじめて感じる懐かしさだった。
「こんなに大きくなられて……ますます素敵になられて……まぁまぁまぁ、本当に立派になられているわ。あぁ、どうしましょう。もうあの頃のようにはとても呼べないわね。これからは、どのようにお呼びすればよろしいかしら?」
このケストナー男爵夫人が、かつて社交界に連れ回されていた幼いアシェルに、時々干し果物を与えてくれた女性である。
アシェルたちが研究のために貿易に従事するケストナー男爵と通じるようになったことも、かつてこの夫人がアシェルをよく気遣ってくれていたおかげだった。
そしてまた、二人にとっては出会いのきっかけを与えてくれた恩人とも言える。
「ウォーラー家の慣例がありますので、私のことは名でお呼びいただいて構いません。妻のこともソフィアと」
──練習しておいて良かったよね。
顔が熱くならずに本日二度も妻と言えた自信が、今日のアシェルをより輝かせて見せた。
すでに庭園に集まっていた貴族たちの視線が、束になってアシェルに注ぐ。
しかしアシェルも、そしてソフィアも気付かずに、アシェルの腕に手を置くソフィアは微笑んで挨拶をはじめていた。
「アシェルの妻のソフィアですわ。ケストナー男爵夫人には、以前は夫が大変お世話になりました。夫から、夫人のおかげで無事に幼少期を過ごせたこと、伝え聞いておりますわ。本当にありがとうございます」
読んでくれてありがとうございます♡




