39.子爵夫人の抵抗
女性の眉がつり上がった。
それでも夫とは違い、この場の状況を理解出来ているのだろう。
女性は頬に手を添えると、笑顔を作り直してこう言った。
「嫌だわ。照れちゃって。この子ったら。おほほ。お母さまからのお手紙を大事に取っていたことを知られるなんて。もう恥ずかしい歳だったわね。でも嘘を言ってお母さまを困らせてはいけないわよ。成人については、送った手紙にきちんと書いてあったでしょう?あなたったら、それなのに返事も寄越さないで。そちらで成人の祝いを済ませてしまうんだから。それも恥ずかしかったせいかしら?長く会わないと駄目ね」
なんとか場を収めようとしている女性にアシェルも追撃するつもりだったが、ローワンもこれぞ攻め時と見極めていたようだ。
「手紙がすべて義息の手元にある以上、あなたの言い分には無理がありますよ、夫人。成人について書いた手紙だけ紛失か隠蔽されたと騒ぐおつもりかもしれませんが。我が家も届いた書簡について記録しておりますし、配達記録と照会すれば、それが嘘であることは容易に暴かれる。ですからその辺りでやめておくことをおすすめしましょう」
「嘘だなんて。おほほ。嫌ですわ、侯爵様。照会だなんて、そんな大袈裟な話になさらないでくださいませ。わたくしはただ、息子には素直に正しいことを言って欲しかっただけですわ」
「義息を使って、この場を収めようとするのは諦めて頂きたい。あなたは先ほどは結婚の常識なるものを、ご高説しておりましたが。我がウォーラー一族とて、そのくらいの常識は持っていましてね?子の成人を祝うという常識も遂行出来ない子爵家の方々に、どんな礼も必要ないと判断したわけですよ。今度も義息が望まぬ限りは、そちらに関わらせる気はありません。これはウォーラー家の総意と思って頂いていい」
「まぁ、なんてことを仰るのかしら?娘さんと結婚されたのでしたら、わたくしたちは親族となりますのに。そうですわ、お互いの非礼を忘れ、今日このときから良好な関係を築きましょう?親同士仲良くしていた方が、子どもたちも喜ぶはずですわ」
「いいえ、喜びません」「いいえ、喜びませんわ」
今度はアシェルとソフィアの声が重なった。
二人は顔を見合わせると、照れたように微笑する。
それはまるでどちらかが鏡の前に立っているようだった。
「んまぁ、なんて……お母さま悲しくてよ?あまり虐めないで欲しいわ」
──先を言わないでくれて良かったよ。人目があれば自制出来る人なのかな?
幼いアシェルを殴ったあの日も、誰もいない物置部屋へとアシェルを連れ込んでから手を上げていた。
使用人にも見られたくなかったということだ。
──食事を共にしない理由が俺にあるよう言ったことも、周りの目を気にしたせいかもしれない。
推測すれば、アシェルは思い至る。
──この人を追い詰めることは簡単に出来そうだね。また失言をするなら容赦しないけれど……出来ればそれはソフィアのいない場所がいい。
アシェルが女性の出方を待つより先に、王が飽きていた。
「もうよい、もうよい。この話は終わりだ。そなたらはもう下がれ」
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