3.きっかけは暇潰し
実はイーガン子爵家にいる間のアシェルにとって、過ごしやすい時期もあった。
長兄が次期当主となる学習の一環として、しばらく領地で過ごすことに決まったのだ。
将来は家に残って長兄を支える予定の次兄が共に行くと宣言すれば、母親までも一緒に行くと言い出した。
父親に止める理由はなかったのだろう。
三人が旅立つと、王都のイーガン子爵家邸は静けさに満ちた。
兄たちが元々多くいない使用人を幾人も連れて行ったからだ。
アシェルははじめて邸で寛げるようになった。
外に出掛けるとき以外、父親はアシェルに無関心だ。
のびのびと読書でもしようと考えたアシェルは、しかしもう書庫のすべての本を読み終えていたことに気付く。
兄たちがいなければ、捨てられた本を拾うことも出来ない。
だからアシェルがそれらの種を土に埋めたこと、それは単なる暇潰しであり、ちょっとした好奇心を満たそうと思い立っただけ。
「これはね、異国の果物なのよ」
元は大きな実であることを想像させるその干し果物は、ある男爵夫人からの頂き物だ。
こうした干し果物はこの国では高級品で、貴族であっても口にする機会は少なく、下位貴族にいたってはその味を知らず生涯を終える者もいた。
アシェルが幸福な子どもと見られていたのは、こういった珍しい品物をよく受け取っていたせいもあるだろう。
干し果物には大抵大きな種が入っていて、これは固く食べられないものだった。
領地運営のために過去の当主の誰かが揃えたのだろう。
農業に関連する本を一通り読み終えていたアシェルは、皆が捨てるこの種に興味を持った。
乾いた果物の中から出て来たこの種も、土に植えれば育つのだろうか。
もし育つなら……平民になってもこれで儲けられる、なんて思いもあって。
アシェルは小さな庭の一角に集めた種を並べて植えた。
意外にも庭師の協力も得られた。
王都の子爵邸には、庭師が一人しかおらず、この老人は家族から愛されないアシェルの境遇をずっと不憫に思ってきたのである。だからアシェルには特に優しかった。
一部の種が芽吹き、それぞれ違う形の双葉となる。
驚いたアシェルは安心して新品のノートを開いた。
そして種の成長を記録していった。
庭師とは結果について議論した。
これが運命を変えることになると、アシェル本人だって予想したことはない。
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