35.不仲なのか
まだアシェルが気遣って嘘を言っているのではないか。
王は少しの疑いを残しているのだろう。
アシェルに対するときとは正反対の厳しい顔をして、王はローワンへと問い掛けた。
ローワンが王に向かい柔らかく微笑むと、その背中しか見ていないのに、アシェルとソフィアは同時に握る手に力を込める。
「義息の話は事実ですよ。いつでも帰って良いと伝えることと合わせて、帰る意志があるかどうか、それは毎年私からも確認をしておりました。一点これに補足しますと、私はイーガン子爵にも同じように言っております」
「同じようにとはなんだ?」
「いつでも義息に会いに来て構わないと伝えておりました。馬車も途中の宿もこちらで手配すること、もちろん我が領にて過ごす期間の暮らしを保証することも、話しておりましたよ。しかし子爵は、一度も我が領に足を運ぶことはございませんでしたな」
「なんと!そなた、ここまでされて、我が子に会いに行かなかったのか?」
やっとここで王からイーガン子爵に声が掛かった。
しかしイーガン子爵には不意のことだったようで。
「え?は、はい。それは……それはですね……私も当主として忙しくありましたので、長期休暇の時間は取れず……とても他家の領地を訪問する時間はなくてですね……えぇ、それでそのように」
見る間に青ざめた子爵は、ぼそぼそと小さな声で王に言い訳を返すのだった。
──本当に顔の色が変わりやすい人だなぁ。訓練したら変わらないように出来るのかな?
アシェルは戻ったら詳しいと思われる人物に相談しようと決めていた。
──戻ってすぐならお相手をしていただけるかもしれないよね?すぐだと引継ぎで忙しいかなぁ?でも逃すとまた長く会えなくなってしまう。
王都に来てから日増しにウォーラー侯爵領に戻ってしたいことが増えていくアシェルである。
「子爵が忙しくとも、夫人や子息が来ても構わないと言ってありましたがね。誰も来ませんでしたな」
ローワンが告げると、今度はイーガン子爵とは別の声がした。
アシェルも思わず声の主を見る。
「私たちは何も聞いておりません」
冷たく言い放ったのは、アシェルの長兄と思われる男だった。
青い顔をしたイーガン子爵が小声で「お前は黙っていろ」と伝えていたから、あまり良好な親子の仲にはないのかもしれない。
──うん、父と兄たちの仲なんか知るわけがなかったね。食事も別だったんだ。
子爵一家が集合した時間を記憶に残していないアシェルには、彼らの関係性を予測することは困難だった。
しかし彼らについて変わらないと分かるものもあった。
険しい顔で睨み付けてくる視線にはずっと気付いていたからだ。
──次兄は相変わらずみたいだ。改めて鍛錬に付き合うのはありかもね?
アシェルはそっと横目で次兄と思わしき男を眺め、薄く笑った。
──昔とは違う。体格差もない今、本当の実力勝負だね。
急に笑ったアシェルの顔を、隣でソフィアが不思議そうに見上げていた。
「聞いておらぬだと?そなた、家族に何も話していなかったのか?」
「そんなことは──「えぇ、何の報告もありませんでした。私たちは当時領地にいたこともありまして、末弟が家を出てウォーラー侯爵家のお世話になっていることさえ、長く知らなかったのです」」
長男に言葉を遮られたイーガン子爵は、青い顔をして口をパクパクと動かしていた。
──え?仲間割れ?ここで?
良好な関係ではなさそうに見えたとはいえ、王の御前だ。
この場で当主を裏切るような発言をするとは、アシェルにはとても理解出来ないことだった。
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