23.要らない時間
ほとんど良くない記憶しかないとはいえ、王都はアシェルにとって生まれ育った場所だ。
もう少し懐かしさを覚えるかと思いきや。
アシェルには何もなかった。
──今さら気付いたけれど、あの頃街歩きなんかしたことがなかったものなぁ。
幼いアシェルの外出先は、父親が連れて行く社交の場に限られた。
するとアシェルの王都の記憶も、子爵邸の他、貴族たちの集まる会場に限るものとなる。
王都の街を見ても、アシェルには懐かしく思い出す場所がなければ、七年の間に変わったところも分からない。
──馬車でも大人しく座っていないと怒鳴られていたからね。何も知らないわけだよ。
おかげでアシェルは今回、知らない土地にやって来た旅行者らしい新鮮な気持ちを味わえていた。
それは悪い気のするものではなかったけれど。
──さすがにソフィアの方が王都に詳しいことには驚いたよね。
ソフィアもアシェルとずっと一緒に過ごしていたから、アシェルがウォーラー侯爵領に移ってから一度も王都には足を運んでいないはずだった。
それなのにソフィアはかつて見た場所をよく覚えていて、アシェルに詳しく話して聞かせてくれているのである。
王都についてしばらく、ローワンが諸々の用事を済ませている間。
アシェルはソフィアと共に、護衛を付けて、王都の街を見物して回っていた。
主な目的は、園芸店や輸入品を扱う商店にあったが、よくいる若者たちと同じように貴族たちに流行りの菓子店に行ってみたり、貴族御用達の宝飾店を覗いてみたり。時には庶民に人気の料理店に入って、あるいは庶民に混じって市場で買い物をしたりと、二人で大分楽しんだあとである。
いよいよイーガン子爵に会うという話になっても、アシェルに憂鬱な想いは一切生じていなかった。
時を今に戻して。
それは今まさに、父親を目のまえにして、変わることなく続いている。
今のアシェルの想いは、自分のことでローワンに迷惑を掛けること、この申し訳なさにいっぱいであり、またソフィアのことが気掛かりでもあった。
──ソフィアを待たせているんだ。早く終わらせないとね。
同席したいと強く願ったソフィアは、ローワンに叱られ、アシェルにも優しく諭されて、不満そうな顔をしつつも、部屋で待機しているところである。
せっかく来た王都。
何も感じない人たちのため、これ以上時間を割きたくないとアシェルは強く思っている。
ローワンも同じ気持ちにあったのかもしれない。
「イーガン子爵は、私の話を聞いていなかったようだね。もう一度言おうか」
アシェルが隣をなるべく見ないようにしたのは、前にいる実の父親を睨むためではなかった。
「今日ここに来てもらった理由は、報告のため。イーガン子爵、どうだろうか?お分かりになったかな?」
目に入れずとも隣のローワンがそれはいい顔をして笑っていることが、アシェルには分かった。
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