閑話 侯爵令嬢ソフィアの憂いと決意①
「アシェルがここを出ていく?」
従兄のセイブルは昔から意地悪なのよ。
精神の研究なんかしているから、私が嫌がると分かっていることをわざわざ言ってくるの。
それで私の反応を観察するんだわ。
なんて嫌な従兄なのかしら?
だから出来るだけ顔を合わせないようにしてきたのよ。
でも私たち権利を持つ子どもは、一律で次期当主に必要なことを学ぶでしょう?
一つしか歳が違わないせいで、セイブルとは一緒に授業を受けることが多かったの。
嫌でも顔を合わせたんだわ。
本当は、アシェルを紹介したくなかった。
だってセイブルが気に入ると分かったもの。
ほら、今も。
私にはアシェルの話ばかりして。
それも私が嫌なことばかり言うのよ。
私とアシェルを引き離そうという戦略ね。
そうはいかないんだから!
え?けっこん?
「余所で好きな女性を見付けて結婚……アシェルが結婚!」
セイブルの話から、懐かしいことを思い出したわ。
アシェルは人を狂わせる力があるの。
それは侯爵領に連れて来てから分かったこと。
最初はアシェルのお世話をお願いした侍女の一人からだった。
彼女は深夜、寝ているアシェルの部屋に忍び込んだと言うのよ。
あのときまだアシェルは11歳。
信じられないでしょう?
アシェルが気付かなくて本当に良かったわ。
他の侍女が気が付いて、すみやかに対処されたそうよ。
その侍女もアシェルの側仕えでなければ問題を起こす人ではなかったから。
離れた館に移動することになったわ。大叔母様のところよ。
その後も似たようなことは、たびたび起きたわ。
アシェルが気付いてしまうこともあったのね。
でもアシェルは慣れた様子で謝ったの。
私とお父さまによ?
どうしてアシェルが謝るのか、私には意味が分からなかった。
アシェルは子爵家では、夜は部屋の扉に鍵を掛けて眠っていたんですって。
窓もしっかり施錠していたと言っていたわ。
アシェルのお家の話よ?
最初は私もアシェルが何を話しているのか分からなかったの。
ここに来て気を抜いたから、自分が悪いと思ったんですって。
信じられなかったし、とても悲しくなったわ。
アシェルは何も悪くないのに。
そんなアシェルも対応に困っていたのは、領民たちのことね。
私たちは外で研究をしているから、どうしたって領民たちがアシェルと会うのよ。
そうしたらね?
アシェルの前で地面に膝を付いて座るでしょう?
それで手を組んで、神さまに祈るみたいに拝む人たちが現れたのよ。
もう私、びっくりしちゃって。
美し過ぎるアシェルに、神の力を感じてしまうのですって。
意味が分からないでしょう?
でもそれは一人、二人の話ではないの。
お父さまもさすがに困っていらしたわ。
確かにアシェルは綺麗よ。
青く澄んだ瞳は青空を閉じ込めたみたいに美しいし、鼻はすーっと綺麗な線を描いているの。
淡く色付いた唇も形がとても綺麗だと思うわ。
それに肌も、私と一緒に陽射しの中で過ごしているのに、いつも白く陶器みたいに輝いている。
背もすらっと高く伸びちゃって。
あれは三年経った頃だったわ。
急にぐんぐん伸びて、アシェルの顔を見るのに、私はうんと見上げないといけなくなったの。
それでアシェルは、いつも膝を折って話し掛けてくれるようになった。
私の首が痛くないようにって。優しいでしょう?
それにアシェルはいい声なのよ。
前の通る声も好きだったけれど、声変わりしてからが特に素敵なの。
落ち着いた音が耳に柔らかく届いて、いつまでも聴いていたくなってしまうんだわ。
そうよ、アシェルが美しくて優しくて素敵なことは、私が一番よく知っているんだから!
でもね、だからって拝むのはどうかと思うわ。
アシェルは人間なのよ?
みんな、分かっているのかしら?
しかもね、アシェルの前でおかしくなるのは、女性だけではないのですって。
男性でもそうなる人がいると知ったときは、もうアシェルを私の部屋に閉じ込めておこうと思ったわ。
でもね、一緒に研究したいからそれは無理なのよ。
あぁ、どうして私は室内で出来る研究を選ばなかったのかしら?
でもそうしたら、アシェルと出会えていたか分からないわよね。
そうよ、これで良かったのよ。
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