20.受け入れた変化
セイブルの執務室を出たアシェルとソフィアは、並んで長い廊下を歩いた。
窓からは夕陽が差し込み、何もかもを赤く染めている。
二人とも疲れ切った顔をしているのは、仕事を手伝ったせいではない。
セイブルのせいだった。
「俺のせいでごめんね、ソフィア」
「アシェルは悪くないのよ!セイブルがお喋りなのよ!」
アシェルが王都の話を聞いたが最後、セイブルは喜びに満ちた顔で恍惚と語っていった。
いかに素晴らしい場所だったかということをだ。
それはあくまでセイブルにとっての話。
──あんなことだから、王都行き禁止令が出ちゃうんだよなぁ。
あのセイブルもローワンの言うことだけは素直に聞く男だった。
「長くなって疲れたよね?大丈夫?」
「平気よ!アシェルこそ大丈夫?」
「俺も平気だよ。そういえば本の話を聞いていなかったね。どんな本を見付けたの?」
「へ!え?あっ!」
──あれ?どうしたんだろう?
「あのあとローワン様に没収されちゃったかな?」
「そそそ、そうなのよ!そうなのよ!お父さまったら酷いの!」
挙動不審なソフィアには首を捻ってしまうが、ソフィアのことは決して疑わないアシェルだった。
それより今はどうしても気になることがある。
──セイブル、余計なことをしてきたんじゃないか?それでローワン様に叱られた。
『そうそう、アシェル。家族が要らなくなったら、俺にくれよな!』
それはセイブルがひとしきり語ったあとに、急にぽんっと放った言葉。
──イーガン子爵家に接触した?でもセイブルは認めなかった。ローワン様も会わなかったと言っていた。
アシェルの家族とかつて結んだ契約終了の話をするのは、二人の成人後になるとローワンもアシェルたちに話していたのだ。
──とっても嫌な予感がするんだよなぁ。
アシェルは懐かしくも、薄れ掛けた記憶を引っ張り出して考える。
──それは王都は、セイブルには楽しい実験場だよね。富や権力、人の容姿に溺れる人たちが、あれだけ集まっているんだから。両親や兄たちなんかも、セイブルにとってはおもちゃみたいなものだろう。セイブルの研究を知った今なら、俺も違ったように振る舞えるかな?
「あのね、アシェル。あのね……その……」
親しい声にはっとして、アシェルは慌てて足を止めると少しだけ膝を折った。
「ソフィアは俺に何でも言っていいんだよ?」
同じく足を止めたソフィアの瞳が、眼鏡のレンズを通し、アシェルを真直ぐに見据えた。
「アシェルは本当に嫌ではなかった?」
「え?」
「結婚のことよ」
カーっと急激に顔が熱くなって、アシェルは慌ててすっと膝を立てた。
それでソフィアは早口になる。
「いいのよ、アシェル。嫌なら言って。まだ何も決まっていないんだから」
「違うんだよ、ソフィア。ちょっと……その……こんなのどうしたらいいんだろう?」
「え?あ……」
アシェルが見下ろせば、ソフィアの顔は見る間に赤く染まっていった。
「ごめんね、ソフィア。こんなことになって」
「うぅん、私もごめんね。アシェルと同じみたい」
なんだか恥ずかしくなって、二人は前を向いて歩き出した。
赤い顔を夕陽のせいにして、アシェルは前を向いたまま言う。
「ソフィア。聞いて」
「うん」
「嫌じゃないし、嬉しかったよ。本当にありがとう」
「うん、私も嬉しかったの。ありがとう、アシェル」
──王都では絶対にソフィアを守ろう。
急速な変化を受け入れながら、アシェルは固く決意した。
──あの頃の幼い俺じゃないんだから。もう受け身でいたら駄目だよね?
読んでくれてありがとうございます♡




