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ねぇ、それ、誰の話?  作者: 春風由実


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1.望まれなかった子ども


 アシェル・イーガンの苦悩を理解してくれる大人は、幼少期の彼の側になかった。


 見目美しいことで、勝手に大人たちはアシェルが愛されて育っている子どもだと信じてくる。

 彼が家族について何か少し訴えたところで、誰もそれを信じなかった。


 だが実際アシェルは、家族から愛されていたとはとても言えない状況で育っている。



「また男か」


 これはアシェルが生まれた瞬間に父親が発した言葉だ。


「なんだ弟か」「つまらないな」


 これはアシェルが生まれた直後に二人の兄が発した言葉。


「私だって女の子が良かったわよ」


 これはアシェルが生まれてしばらく、ようやく末の息子を抱いた母親が発した言葉だった。




 生まれたてはしわくちゃだったアシェルも、月を重ねるほどにその美貌が顕わとなる。

 すると家族たちは言った。


「女なら良かったものを」


「男には無駄だな」「綺麗な妹が欲しかった」


「私だって可愛い女の子が欲しかったわ」


 

 アシェルは記憶にない頃の話だが、覚えていれば彼はまだこの頃は良かったと思うことだろう。


 アシェルが歩き出す頃には、家族たちは反応を変えていた。



「お前が女ならな。まぁいい。生みの母にはなれずとも孫が当主になるに変わりない。お前はその美貌で高位貴族家に婿入りし我が家のためになれ。いいな?」


「三男とは気楽でいいものだ」「顔だけで生きていけて羨ましいね」


「男のくせに……気持ち悪いわ」



 母親が嫌悪感を示しはじめたところから、徐々に兄たちの反応も変わっていった。



「女々しいお前に家庭教師なんて要らないだろう?」「俺が男らしく鍛えてやる」



 何かと理由を付けては、長兄からは勉学の機会を奪われ、次兄からは鍛錬と称し身体を傷付けられた。



 それでもアシェルは、いつまでも幸福な子として見られた。

 身体に常に痣があろうとも、顔だけは美しいままだったからだ。


 次兄が顔を傷付けなかった理由は、父親の言いつけを守っていたためだろう。

 おかげでアシェルは早くに他家の大人から助けられる機会を失った。


 虐げられる子どもとして、助けを求める機会だけは誰より多く与えられていたというのに。


 アシェルはよく母や兄たちについて尋ねられた。

 社交界にアシェルを連れ回していたのが、いつも父だったからだ。


「母のことはよく知らない」「兄たちは怖い」


 そんなアシェルの声を真面に聞いてくれる大人はなかった。

 いつでもアシェルが照れているのだと捉えられた。


 どの大人も、アシェルが大層家族に愛されていると信じたから。


「はは。恵まれましたことに、この子は顔だけはこうして美しく生まれてきましてね。いやぁ、これが家の役に立つとよろしいのですが」


 父親はいつも言っていた。


 皆にはそれが愛情を持って息子を誉める言葉に聴こえていたのだろうか。

 アシェルは今も疑問に思う。


 成長するにつれ、次兄の言うところの鍛錬は厳しくなった。

 長兄までも、気に入らないと腹を殴るようなことをしてきた。


 母親がアシェルの顔を見たくないと言ったから、食事もアシェルだけが別で取るようになった。

 父親に伝わる話は、アシェルが我がままを言って自室に食事を運ばせているという内容に変わっていた。


 あの父親が事実を知ったところで何が変わったかというと疑問だが。

 あれだけ嫌悪感を露わにしてきたのだから、母親が今さら嘘を吐く必要があっただろうかとアシェルは考える。


 母親だけではない。

 貴族夫人の心情を量ること。

 これは今のアシェルにとってもとても難しいことだ。


 だから今でもアシェルは、社交界が得意ではない。


 それでもあの頃に父親が連れ回してくれていたおかげで、早くに知ったこともある。

 だから結果としてすべてが良かった、今はアシェルにもそう思えた。


 たとえば母親が自分を嫌う理由──これを理解したおかげでアシェルはその後の生き方を変えられたのだ。


 だからやはり結果として良かったと思えるし、すべてが今に繋がっていることを知る今ならば、もう何も気にするものもない。

 正直なところ、アシェルは辛かったあの頃のことなんかすっかり忘れて生きていた。


 けれど……放置したものは片付けなければならないこと。

 アシェルは今さらにこれを学ぶ。







読んでくれてありがとうございます♡

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