15.怒れる侯爵令嬢
数時間後、アシェルは次期ウォーラー侯爵となるセイブルの執務室の前にいた。
「あぁ、アシェル。ちょうど良かった。手を借りたいと思っていたところでね。この辺の書類なんだけどさ」
廊下から部屋に入ると、ツカツカツカと真直ぐにセイブルの元に向かったアシェルは、彼の前の机にバンッと両手を置くと問い掛けた。
「ねぇ、セイブル。ソフィアに何をしたの?」
「いいねぇ、アシェル。思った通りの反応だよ」
「そういうの、今はいいから。俺の質問に答えて?」
「今はいいって言われてもね。俺はいつもこうだからさ」
「セ・イ・ブ・ル?」
持っていた机に書類を置くと、セイブルは両の手のひらをアシェルに向けて、降参の意を示した。
「さすがはアシェル。ソフィアに関することには隙がないね。どこで分かった?」
「いつものソフィアなら言わないことを言ったからだよ」
アシェルは顔を近付けしばらく睨んでいたが、セイブルに悪びれる様子は見られない。
それどころか、にやつきながらセイブルは言った。
「でも結果、良かっただろう?」
アシェルは答えず、「手伝って欲しいのはどの書類?」と問い掛けた。
セイブルは「そう来なくっちゃ」と嬉しそうに言うと、机に積んだ書類からいくつかの束をアシェルに手渡す。
アシェルがセイブルから離れ窓辺のソファーに落ち着けば、やはり控えていた侍女はお茶を用意して、アシェルは彼女に礼を伝えた。
アシェルとセイブルが互いに手にした書類へと視線を落とすと、執務室には同室しているセイブルの側近たちが各自の机でカリカリと紙に何かを書き記す音だけがしばらく続いた。
けれどその静かな時間も、長くは続かない。
書類に視線を落としたままのセイブルが、アシェルに話し掛けたからだ。
「進展があったようで良かったよ。どうせアシェルからは言わないことは分かっていたからさ。そうだよな、アシェル?」
「いいから仕事をしなよ」
「そんなこと言って。俺の話を聞きたくて来たんだろう?」
アシェルははぁっとわざとらしく大きなため息を零すと、気怠そうに右手で前髪をかき上げた。
ソフィアの前ではアシェルは絶対にこんな仕草を見せない。
「泣かしていないだろうな?」
「まさか。ちょっと教えてあげただけだよ。成人したらアシェルはもう自由だから、ここに留まらないかもしれないねってさ」
「それだけじゃないよね?」
顔を上げたセイブルはにやにや笑いながら、アシェルを見詰めた。
アシェルは不機嫌そうに眉を顰めて、離れたソファーからセイブルを睨む。
「アシェルは顔がいいから。成人したらモテてモテて、どこぞの貴族令嬢に結婚を迫られちゃうかもしれないなって言っただけだよ。そうしたらうちからも出て行ってしまうね、残念だねぇっていう仮想の話を少しね」
きつく睨んだって喜ぶ男だと分かっていながら、アシェルはやっぱり睨んだ。
思った通りセイブルは嬉しそうに笑って、アシェルを観察してくる。
「セイブル。俺たちで実験するのはやめてといつも──」
そこでドンドンドンと過激に扉をノックする音が聞こえた。
返事も待たず、すぐにバンッと大きな音を立て扉が開く。
「アシェル、やっぱりここに居たのね!」
ずんずんずんと部屋に入って来たソフィアは、先ほどアシェルがしたように、セイブルの机の前で立ち止まった。
「セイブルったら、またアシェルを使っているのね!駄目よ、駄目!もう許さないんだから!アシェルは……アシェルは、私の、お……、お……、お、夫なのよ!セイブルにはあげないわ!」
怒れるソフィアをいつまでも見ていたかったけれど。
アシェルは書類を脇に置くと、両手で顔を覆い俯いた。
こんなにも顔に熱が集まることがあるなんて。
アシェルは今まで知らなかった。
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