95.あくまで趣味の楽しみで
「見せるのが早いが、あいにく持ち歩いてはいなくてだな。こういうところが、私が関係者として認められぬ所以なのだろう」
──何を言っているのか、本当に分からない。王女さままでこの通りで、この国は本当に大丈夫だろうか?
──やっぱり王族の首は……。
オーレリア王女は自身に関わる不穏な気配には、気付けなかったようだ。
「私の手元にある絵姿もな、アシェル卿とは似ても似つかな……うむ、どうだろうな?面影はあるような……?」
──ますます分からないんだけど?それは本当に俺の絵姿なの?
「内輪の趣味を打ち明けてそれなりの人数で集まるようになってから、婦人たちは大分盛り上がってしまったようだ。あぁ、今は婦人に限らないのだったか」
──今は婦人に限らない?かつては婦人だけだったと?
「茶会のたびに創作が進んだことは聞いている。絵姿もそのたびに進化していったと言っていた」
「「はい?」」
ここではアシェルとソフィアの声が重なった。
──似ても似つかない?多少似ているかもしれない?俺の絵姿が進化していった?もう、それ、俺の絵姿じゃないよね?
「全員があくまで趣味の範疇だったと証言した。噂を流す意図は本当になかったし、噂として流す許可をした覚えもないそうだ。しかし実際には噂が広まり、愚弟たちが知るまでになった」
──趣味の範疇で?何がどうしたら俺がウォーラー家に無理やり奪われて、洗脳された噂話が広まるんだ?
「集まる者たちにも責任を取らせる気でいるが……。愚弟たちがこんなことをするとは想定出来た者もないだろうからな。どの程度の責任を追及するか、前例のないことでもあるから、今後のためにもよく考えて決めねばならぬとは思っている。無論被害者であるアシェル卿たちの意見を何より重視することは約束しよう。あぁ、噂を放置した責任については、私にもあると当然思っている。言い訳ではないが、私には婦人たちとお喋りをするような時間はなくてだな。気付くことが遅れたことも悪かった。私自身の処分とは別に、今後は社交の場にも目が届く体制を整えていく」
──うん、責任の前にね。話が分からないんだよ。
「まず確認しますが、こいつらはその集まりの参加者ではなかったと?」
「入れて貰えぬだろう。私でも駄目なのだから」
──王子や王女の参加を断る趣味の集まりって何?
「では次にもっと具体的に集まりのことを聞かせてください。どういった方々が、何を目的に集まり、何をされているのか。趣味とのことで、何かを楽しむ集まりなのだろうとは予測出来ますが。その何かというのが、絵姿なのでしょうか?」
絵画を楽しむ会は、ウォーラー侯爵領にもある。
そういう集まりだというなら、アシェルたちにも理解出来なくはない。
しかし……。
──美の女神の愛し子?と称して俺を崇める集まりだとも言っていた。本当に意味が分からない。
「どうして俺の名が出て来たか、そこは分かりませんし。絵姿ははじめから妄想で描かれていたかもしれないとのこと。何故そんなことをする必要があったのか、それについても説明していただきたい」
アシェルが真直ぐに問い掛けると、オーレリア王女は指で頬を掻きながら、一度天井を見上げ、そしてまたすぐにアシェルに視線を戻した。
「すまない。私も理解が及ばないことで、回りくどい話し方をしてしまった。つまりだ」
アシェルもソフィアも身構える。
「アシェル卿は主人公なんだ」
「え?」「主人公?」
予想していない言葉に、アシェルとソフィアに緊張が走った。
「当初は婦人たちだけで密かに楽しむ物語を創作していたらしい。らしいというのは、私は読ませて貰えていないからだ。趣味仲間にしか見せられないと断られてしまってな。その趣味仲間が増えた今、出来上がった物語は都度製本されて、仲間たちに配られるようになっていると。絵姿も物語の挿絵のように楽しんでいるそうだ。そうした現物から内容が関係者以外に漏れて、流れる噂に繋がったものと私は見ている。頼んでもどうにもならず、噂の内容と照合したいから一部ずつ寄越せと命じもしたが、なかなか手を出せない相手ばかりで……。このたびやっと、実際のアシェル卿に会って感想を聞かせてくれるならばという条件付きで絵姿を一枚手に入れたわけだが……。すまない。私の権力が足りぬばかりに」
アシェルの身体から力が抜けた。
もっと陰謀めいた何かが蠢いている話かと思いきや。
創作?趣味?物語に絵姿?
なんだそれは。
──馬鹿馬鹿しくなってくるね。
しかし気を抜いたアシェルは気付く。
──ねぇ、それってつまり……。
──ソフィアを悪く描く物語があるってこと?
──絶対に許さない。
あらぬ方向へと怒りを向けはじめたアシェルに気付き、オーレリア王女がまずいと慌てたところに。
「創作された物語ですって?嘘よ!」
甲高い声がした。もう一人の王女の声だ。
ソフィアが胸元でぎゅっと拳を握り締めていたが、アシェルはこれに気付けなかった。
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