92.王都に流れる噂話
オーレリア王女は、ここでの最適解を誠実であることとしたようだ。
「あぁ……まず噂が流れていてな。その噂を信じた愚弟が中心となって、断罪をするのだと息巻いているという報告は聞いていた」
──噂ねぇ。
アシェルの視線がすーっと流れる。その先は、座席の二段目に立つ男。
悔しそうに唇を噛むイーガン子爵家の嫡男は、忌々しいと語る目でアシェルを睨みつけていた。
──イーガン子爵家にそれほどの力があったとも思えない。
最初は長兄が今回の件を誘導し、王子たちを動かしたのかと考えていた。
しかしアシェルはもう気付いている。
王子たちが起こした今回の愚行。その関係者とも言える長兄は、王子たちから側に呼ばれなかった。
彼らとの間に身分差があるとはいえ、アシェルの兄だ。
あの分からない主張に基づき洗脳されたアシェルを正気に戻そうというのなら、王子から「兄も悲しんでいるぞ」の一言があっても良かったはず。
普通に考えれば、その後に長兄に話す機会を与えたことだろう。
しかし長兄は傍観者であり続けた。
──普通……に考えたらいけない相手だとは分かっているんだけれどね。
王子たちの思考は、アシェルに読めるものではない。
それでも王子たちが、長兄と親しい仲にはない、これは事実であろう。
側に立たせなかったのは下位貴族だからというだけの理由か。
存在を認識していないのか。あるいは好かれていないか。
そこはアシェルにも想像はつかないが。
さて、他の元家族はどうだろうか。
──全員社交が得意という人たちではないし。王子王女や高位貴族まで噂が回るか?
父親は相変わらず社交の場には顔を出しているのだろうが。
アシェルが先日会った下位貴族たちにも苦言を呈される人である。
イーガン子爵が仮に訳の分からないことを言っていたとして、それを心から信じ、周りに話す貴族がいるだろうか。
しかもアシェルが引き取られた先はウォーラー侯爵家だ。
下位貴族ならばこそ、何を知っても、重く口を閉ざすものではないか。
──まぁね。あの人みたいに、ウォーラーの名を聞いても、もっと高位の貴族家と縁を繋げという当主もいるから。ウォーラー侯爵家をよく分かっていない下位貴族がいる可能性は十分にある。
さりとて高位貴族で分からない者はないだろう。
下位貴族から拾った噂を、高位貴族まで囁く理由が、アシェルには想定出来なかった。
アシェルは話にならない王子たちではなく、オーレリア王女に真実を問うことにする。
「ではその噂の内容について、まずは確認させてください。少し前に私がそこの王子さまから聞いた話によりますと──」
ウォーラー侯爵家が幼いアシェルを生家から無理やり奪い取ったと思われていること。
ウォーラー侯爵家がアシェルを洗脳したことになっていること。
アシェルの除籍や結婚も洗脳によるところだと考えられていること。
養蜂の研究を、他国の技術を盗用したものと捉えていること。
誘拐だ、監禁だ、大怪我が何だとか、虫への犯罪がどうとか、分からな過ぎたところは省いて、出来るだけ噂としてあり得そうな内容を掻い摘んで、アシェルは噂とはこういうものだろうかとオーレリア王女に問い掛けた。
「養蜂の件は知らない話だが。おおよそその通りだ」
「あぁ、つまり養蜂は……分かりました」
──やっぱりこいつらが論文を読もうと試みて、少し読めたところを勝手に曲解しただけの話か。
アシェルがちらりと視線を流せば、王子は「ひっ!」と小さく叫んで、尻は動かず、背だけを後ろに倒れるようにして少しでもアシェルから距離を取ろうとしていた。
この王子はまだ立てないのだろうか。
──王子さまはまた後でね?
心を込めて、声には出さず、「あ、と、で」と口だけ動かしたあとに、アシェルがにっこりと微笑めば。
王子はまた「ひぃい」と歯の隙間から変な声を漏らしている。
アシェルはそんな王子を無視して、再びオーレリア王女へと問い掛けた。
「噂の出所についても、調べは付いていますか?」
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