88.国のために
公爵家当主ジャスパー・ニッセルは、今や大臣歴は一番長く、若くは先王の時代からどっぷりと国政に関わってきた人物である。
そのジャスパーも、オーレリア王女と同じく、この講堂に来るまでの間に後悔に苛まれていた。
しかし両者の後悔の中身は違っていたのだ。
ジャスパーがアシェルの次の言葉を聞くまでは──。
「王子さまと同じようにとまでは言いませんが。貴族家の子女の皆さまにも、側仕えの者たちが幾人かはいるはずですね?たとえ嫡子でなくとも、高位貴族家ともなれば、それなりの人数を付けているのではないでしょうか?下位貴族だって、一人で外出するようなことはまずありませんね?」
ローワンの話を聞いても、ジャスパーはまだどこかでアシェルたちを説得できると信じていた。
怒らせてしまったかもしれないが、懇切丁寧に説明すれば、きっとわかり合えるし、協力も得られると。
まだ呑気にそんな未来を描けていたのである。
だからジャスパーの後悔は、自分は順序を間違えた、その一点に絞られていた。
夫妻が王都に長く滞在するようあの王を誘導して王命を出させ、妻も巻き込みゆっくりと親睦を深めたのちに事情を明かし、協力を願ってから王子たちに会わせていれば。
焦るあまり自分の仕事を増やしてしまった。
怒れる相手を鎮めるのは骨が折れるというのに。
ジャスパーが抱いていたのは、そんな後悔だった。
講堂に向かう間に顔色を悪くしていたのは、王子と共に息子も諦めるしかないかと考えてのこと。
人の親として少しは胸が痛かったのだ。
だがそれだって、これで協力を得られるならば、必要な犠牲だと考えていた。
しかしそんな甘い予測をしてきたジャスパー・ニッセルは、愚鈍ではなく。
アシェルの言葉で、説明するまでもなく夫妻が理解して自分にも怒りを向けていることに気が付いた。
つい先ほどまでは、王子たちを野放しにしてきた王女に怒っているだけだから、自分が仲介すればまだ何とかなると思えていたのに。
これは無理だ。罰は自分にも及ぶ。
ジャスパーの老いを感じ始めた身体に、一挙に絶望感が寄せた。
「その全員が役目を放棄して、こちらにいる皆さまの側から離れていたということでしょうか?そしてその報告も、仕える家のご当主さまに上げていなかったと?」
しかしそれでは国政が──。
アシェルの背中を見詰めるジャスパー・ニッセルの表情は固い。
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