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第一話 後編

 私は新しい世界に降り立ったのよ!と浮かれて騒いでいたユーシアも小一時間もした頃には落ち着いてきた。


「――あれ?なんか景色が随分変わったような」


『気、気のせいだろ』


 あまりの浮かれ騒ぎっぷりにこいつ変なもんでも食ったのかなと心配していた竜はホッとしながらギクッとするという器用なことをしながら白を切った。


「そうかな、そうかも。まあどっちでもいいし。ねぇねぇ武器ちょうだい」


『げ、結局戻るんかよ。嫌だったら嫌だね』


「ええ、女の一人旅ってブッソウなのに」


『いや、お前なら絶対に大丈夫。――つか、同族を殺されそうでやだ』


「殺さないよ――向こうが悪いことしてなかったら、ね。私は勇者として世直しの旅に出ることにしたの!」


『世直しじゃなくてむしろ世界破壊の旅なんじゃ?……いででで!』


 ユーシアは頬を膨らませて竜の鼻の横から鯰のように長く伸びた髭を引っ張る。


「何か言った?」


『何にも……』


「そりゃよかった。でね、世直しの旅の第一歩として」


 にこにこしてそう言うユーシアに竜はなんだか嫌な予感がした。そういえばこいつ、俺が若い女を食うとか誤解してなかったっけ?

 案の定、だった。


「まずは黒竜、あなたからよ!」


『やめろよなー。だからそれは俺じゃないっつの』


「じゃ、誰なのよ。自分で自分だって言ったんじゃない」


『そうだけど。正確には俺の死んだじいさんだ、っつったの』


 ユーシアは首を傾げる。


「どういうこと?」


 やっと聞いてくれる気になったかと安堵した竜はユーシアの白く華奢な――しかししっかり筋肉のついた手に握られたままの自分の髭に気づいた。


『説明するから降りろよ。いい加減鼻の上からどけ』


「嫌だよ。私、見上げて話すの嫌い」


『じゃ、俺が人間の姿に変化するから』


「えー、面倒」


『……おい。どけってば。落とすぞ』


「だってさ、あ、あ、と、とと……」


 竜が振り落とそうと頭を振り、竜の鼻の上でバランスを保ちながら立っていたユーシアは――


「う、わわわ、ふぎゃーーっ!?」


――ドボン、とかなり高い水柱をあげて湖に落ちた。



 全身を襲う衝撃。痛みは後からくるものだと知っている。ぎゃあ、と叫ぼうとした口にゴボリ、水が入り込んできた。


 重い水の中、いくらもがいても重力に捕まった体は落ち続ける。


ゴボリ……


 貯まった呼気を逃がす。


「………?」


 諦めずにもがき続けるユーシアの目に光がうつった。黄金色の輝き。


ゴボリ……


もうどちらが上でどちらが下かもわからない。吸い寄せられるように、ユーシアはその光に近づいた。



『……おーい』


 すぐに上がってくると思った人間の姿は待っても待っても現れない。水面の波紋が収まってもまだ現れない。代わりに、時折ゴボリ……と泡が浮かんでくる。ふと、竜は衝撃の事実に気づいた。


『ひょっとして人間って……この湖じゃ足がたたねぇんじゃ!?』


 いやいや、でも地面を一蹴りで竜の鼻先に乗った人間が泳げないわけがない。竜の中の記憶がそう判断する。だがやっぱり浮かんでくるのは泡だけ。


『……くそ、なんて面倒で厄介なやつなんだ!』


 竜は忌ま忌ましげに呟いて、湖の中に頭を突っ込んだ。





ドンッ


「うぇっ……ゲホゲホッ」


 胸を強く叩かれ、ユーシアは冷たいものをしっかり両腕で抱えたまま水を吐き出した。


「ふあ。うぅ、ひどいめにあった」


「悪い……まさか泳げないとは思わなかった」


 初めて聞く声に顔を上げると見知らぬ少年がユーシアを覗き込んでいた。


 面食らって辺りを見回す。さっきと同じ湖の傍で、ただ湖から生えていた竜とやらの代わりにユーシアの隣の少年が現れていた。


「えっと……あんた誰?」


 やたら整った容貌の少年だった。黒い髪に黒ずくめの格好、瑠璃色の瞳と白い肌。歳はユーシアと同じくらい、つまりは十六歳くらいに見える。


「竜だよ竜。もう忘れたんじゃないだろうな。いや待てよ。さっきの衝撃で記憶が飛んだのか……?人間はヤワだからそんなこともあるってじいさんが……」


「竜ーー!?五十にしちゃ若作りしすぎなんじゃないの?」


「違う!竜はこのくらいが普通の成長速度なんだ。決して俺がガキっぽいとかそんなんじゃない!」


「ふうん?」


「信じてないな!?」


「いや、どっちでもいいし」


 ユーシアは詰め寄ってきた竜の顔をぐいと押し退けた。


「―――っ!!」


 声になっていない呻きのようなものを上げて竜が地面にうずくまるのをユーシアはギョッとして見る。


「――、痛いだろ!」


「え、そんなこと言われても。押しただけなんだけど」


「鱗に覆われてなくて繊細なんだからな!触るのにも細心の注意を払ってもらおう!」


「鱗?」


「そうだ!お前ら人間ってよくそんなに鱗がないところを曝しといて無事だな。毎日脱皮するのもご苦労だけど」


「わけわかんないこと言わないでよ。人間は脱皮なんかしません!」


「なんかってなんだよなんかって……!脱皮は重要なんだぞ、脱皮しないと大きくなれないだろ!」


「人間を蛇かなんかみたいに言わないでよ!」


「爬虫類の何が悪い!」


 ハチュウルイ……?言葉の意味が分からないユーシアは目の前の少年を睨みつける。


「難しい言葉を使うなんて卑怯だよ!」


「お前、めっちゃ阿呆………って、ああ!何持ってるんだ!」


 瑠璃色の瞳が見開かれている。その視線を追うと、両手の中の黄金に輝く剣。


「これ?いっつも使ってるのに比べたらまだまだだけど、中々いいよね」


「それは……!俺の曾祖父さんの従兄弟の嫁さんの甥っ子の祖父さんの弟の孫を殺した竜殺しの剣!さっさと返せよ」


「いや。この剣も私のこと気に入ったみたいだし……」


 その言葉に同意するように剣はブウンと低い音を立てた。


「もう湖の底で錆の心配をするのは嫌なんだってさ」


「うっ……仕方ないだろ、竜は武器使わないんだから。しかも狂ったとはいえ同族やった剣なんか不吉すぎるっての」


「うん。だから私が貰ってってあげる」


「そりゃどうも……じゃない!」


 頷きかけて竜は首をブンブン横に振る。馬鹿だ馬鹿だと思って油断していた……!


「まあまあ、とりあえず武器も手に入ったことだし、いざジンジョーに勝負勝負!」


「その武器もとは俺のだろ、どんだけ節操ないんだよ。俺は悪い竜じゃないってば。話聞けよ」


「えー、勝負の方が手っ取り早……」


「茶と菓子だすから」


「仕方ないなぁ、聞いてあげるわ」


 途端にユーシアはいそいそと腰を下ろした。




「――――(略)――――だから、竜ってのは成人してからじゃないとちゃんと記憶を制御下に置けなくてな、寝ぼけたりしてるときに体が勝手に記憶通りに動いたり――――(略)――――で、その祖父さんってのがまた下手物食いでな?人肉が好きだったんだ。特に若い女。信じられんよな――――(略)――――で、俺は寝ぼけてじいさんの記憶のまんまに行動しただけだ。正気なら絶対そんなことしないね。人間なんか見るからに美味しくなさそうだろ――――(略)――――と、いうわけで、悪いのは俺じゃない。わかったか?おい?」


 ユーシアは膝の間に立てた剣の柄に額をつけるようにして俯きがちに黙り込んでいた。途中までは茶々を入れながら聞いていたのだが――。


「おーい」


「………すぴー……」


「………」


 寝ている。竜はムッとして靴を履いた足でユーシアを小突いた。


「んむにゅう……何、もちろん、まだまだお腹は減ってるわ……ハッ!」


 ユーシアはパッと顔を上げた。瑠璃の双眸と、金と赤、色違いの瞳がぶつかる。


「俺の話、聞いてた?」



「話?――も、もちろんじゃない!あんたが悪くないってことはよぅっくわかった。うん」


 ユーシアは目を泳がせ、額に汗をかきつつ頷いた。

「じゃ、もう俺と戦おうとか思わないな?」


「思わない思わない」


 ユーシアはこくこく頷く。


「そりゃあよかった」


 端正な顔に浮かぶ笑みをユーシアは恐る恐る覗き込んだ。


「じゃあさ、試し切りしてみてもいい?勝負できないし…」


「まあ、俺に向かって振り回さないなら」


 やった、とユーシアは目を輝かせた。照準はいつの間にか暮れかけている太陽の方向だ。ここで目覚めた時には林があったような気がしたのだが、今その姿はなく、代わりに水浸しになって焼け焦げた匂いが充満している。


 ユーシアは躊躇いなく剣を振り下ろした。


―――ザンッ


「うん、こんなもんかな」


 地面に刻まれた一本の深く長い溝を見てまあまあね、と呟くユーシアの隣で少年姿の竜は青ざめていた。


 洒落でなく竜を真っ二つにできる腕前だ。この性格と戦闘能力ははた迷惑以外の何物でもない。


――こんな危険人物を放置しておいていいのか!?でもこんなやつにはもう関わりたくない……いや、黒竜次期族長としてそれはだめだろう!でもなぁ……


 竜が崇高な犠牲精神と自己保存の本能の間で葛藤しているまさにその時、二人の人間離れした――片方は人間でないが――耳に人の声が入ってきた。


『ええい、恐れるな!竜とて生き物、念願の贄を見つけたら油断するはず……そこを叩くのだ!』


『将軍……でもさっき妙な光が…』


『あんなもんは雷だ、恐れるな!』


『でも今日は快晴……』


『あれは、か・み・な・り・だ!』


『はいぃっ!』


 聞こえてきたドスの聞いた声に竜と自称勇者は震え上がる。竜は族長を思い出していた。長い髭を揺らし尻尾を鞭のようにしならせながら言う。『自然破壊はするな!』ユーシアの脳裏にはしかめっつらの父の顔が浮かんでいた。その顔が怒声を発する。『剣を振るう暇があるなら勉強しろ!』二人は顔を見合わせ、周囲をグルリ、見渡した。焼け焦げた林。地面に刻まれた溝。


「「……」」


 今この時ばかりは二人は言葉がなくても通じ合った。

すなわち。

怒られる前に逃げよう。



「さ、さあっ、私はそろそろ世直しの旅にでかけるわ!」


「待て、俺も一緒に行ってやる!」





補足説明です。



#一番始めに出てきただけのマリアとルークについて


実は二人が召喚されたのはユーシアと同じ世界です。なので、このままお話が進んだら会う予定です。村の長老が同じ世界からの術を見つけて、片方が贄を求める術だったのでマリア召喚時についでに元の世界に送り返そうと思って長老の傍にあった、というお話だったんです。書けなかったけど。


ルークは(わかりづらかったと思うんですが)マリアに巻き込まれて一緒に召喚されちゃいました。彼は本来実力があるからとっくに仕事しててもいいはずなんですけど、ユーシアのお守り役と認識されているために村から離れられませんでした。





#黒竜がわりと何もしていない(ように見える)のに討伐隊が送られたことについて


本人(本竜)に自覚はないけど、やってます。ちょっと散歩に出掛けて家を踏み潰したりとか、げっぷのついでに出た火玉が湖の先の山まで飛んで山火事を起こしたりとか。竜がそこにいると自然と豊作になるから本来有り難がられる存在なんですが、それより被害が大きくて討伐する運びになりました。討伐隊より前にも立ち退き勧告の人がきてるんですけど、ちょうど寝ぼけていたり、昼寝中だったり。ちなみに湖の周りに林があるのは、何度焼けても竜が傍にいるので自然の成長速度が異常に速いためです。




#竜が湖で寝てる理由について



竜という種族は半分くらいが人間が立ち入れないある場所に住んでいます。特に成竜になっていない子竜は。成竜になるのはだいたい三十〜六十歳くらいでお話の黒竜はわりと遅い方です。本竜も気にしてますが。竜の住み処で、あんまりにも“ついうっかり”自然破壊を繰り返すので、外で修業してこい!と祖父でもある族長に放り出されました。もちろんこの祖父は若い女を欲しがるのとは違う方です。寝てばかりなのはそういう時期です。成長期なので。でもこの所頻繁に目覚めるようになり(そのおかげで自然破壊は増大してますが)成竜になるのももうすぐです。





#竜の記憶について



自分の父母、そのまた父母、そのまた父母……と受け継ぎます。例えば伯父の記憶なんかは受け継ぎません。記憶の継承者がいなくなるのは竜にとっては大変痛ましいことです。でもって、遠い関係の人(昔の人)の記憶ほど思い出すのが容易になります。例えば父親の記憶も、成竜になっていれば思い出そうとして思い出せないことはありませんが、それは父親が生きている場合共有に近く、自我が損なわれる恐れがあります。なので滅多なことではやりません。亡くなっていればあまり問題はありませんが、あまり近しい人の記憶を思い出さないようにする(覗かない)傾向にあります。




#ユーシアが魔術を使えない理由について



勉強していないからです。村は世界の狭間に無理矢理作られたものなので普通の世界に比べて魔力を捕らえにくいんです。村で魔力を使う方が難しいので、扱い方が違うと知っていれば問題ありません。知っていれば。







最後に、このお話の竜は西洋のドラゴン風じゃなくて東洋の蛇に羽ついたみたいな長いやつの方です。舞台はもろに西洋風ですが。


ここまで読んでくださってありがとうございます。続きもお楽しみください。

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