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第一話 前編

 世界というものは数え切れないくらい、存在する。創造主が何を考えてそんなにたくさんの世界を作ったのかはわからない。わかるのは、そのたくさんの世界の世話に追われて――間違いなく、一部の世界には創造主の目が行き届かなくなった、ということだった。


 ほんの一部でも、数え切れないうちの一部は同じく数え切れない。そうしてその『数え切れない一部の世界』は魔王の気まぐれやらなんやらで滅亡の危機にさらされているのだ。


 自前で勇者やら救世主を用意できる世界はいい。できない世界は、余所の世界から有用な人材を掻っ払うという荒業に出た。すなわち、召喚である。


 しかし、用意もろくに出来ていないのに召喚されても困る。素質はあっても開花する時間がなければそこらの通行人と同じスペックでしかない。


――そこで、間の村が、できた。


〜〜


 ここは、数多ある世界の狭間にある村。世界の切れ端を集めて作られた村は救世主・勇者・聖人・聖女・賢者その他諸々を育成する場所である。住人は全員、元救世主伝説の魔法使いエトセトラ。そして、例えば救世主同士の間に生まれた子に元救世主がそのノウハウを生まれた時から叩き込み、英才教育の末にどこに出してもはずかしくない救世主を作り上げる。そして見事、訓練が終了したと認められた曉に、世界からの救難信号を受けて世界を救いに旅立つのだ。無事に村に戻って初めて一人前と認められる。


「――なんだって私よりマリアのが先に認められるのよ」


 その間の村の端、狭間にできた不自然なモノを飲み込もうと打ち寄せるチカラの波のすれすれを十五、六歳の少女が跳ねるように歩いていた。


 ポニーテールにした髪は光り輝く黄金の色で、瞳は金と赤のオッドアイ。豪華な配色に負けない整った顔を子供のように膨らませ、可愛らしい口はひん曲がっている。


「ねんこーじょれつ、っていうの?とにかく、こういうのは姉さんが先なもんでしょ。なんで私を差し置いてマリアが……キー!く、や、し、いー!」


 ザブン、と押し寄せる、蛍光色がとりどりに混ざったように見える目がチカチカしそうな波を軽く避ける。


「いっそのこと、割り込んでマリアの仕事を横取りしちゃおうか……」


「ば、馬鹿言うな!てか、馬鹿するな!」


「……ルーク」


 うんざりして少女は声のした方向――村の方へと顔を向けた。


 十メートルほど離れた場所に、黒髪に紫銀の瞳の優しげに整った風貌の少年が蒼白な顔で立っている。


「その波に触れたら消滅しちゃうんだって分かってる?分かってる?分かってないよな、だからンな危険なことが出来るんだ!」


「馬っ鹿じゃないの、分かってるに決まってるでしょ。キーキーうるさいな」


 先程まで自分がキーキー喚いていたことを棚に上げ、少女は白けた顔でルークを見た。


「何の用よ」


「君が馬鹿なことしないように見に来たんだよ!」


「ばかなことォ?」


 馬鹿にしたように語尾を伸ばし、フンッと鼻を鳴らす。そんな少女の姿にもめげず、ルークはいたって真剣に頷いた。


「そうだよ!君がマリアの出発を邪魔したりマリアに取って代わったり、しないようにね!」


 くっきり、少女の眉間に深い溝が刻まれる。


「何よ、ルークは悔しくないわけ?年下の子に先取りされてさ。これでマリアが仕事を終えて帰ってきたら、あの子が私より先に大人ってことになるのよ……許せん!」


「あのねぇ、力は十二分にあるのに自分が選ばれないのはその性格にも原因があるんだっていい加減、気づけば?」


「何よ、何か言った?」


「いいえ、なんにも」


 そう、と少女は光の乱舞する村の外に目を向けた。


「あー、もう、私も外行きたいここ出たい!ここは飽きた!」


「ハア……そう思うなら少しは真面目に勉強したら?」


「イ、ヤ!」


 即答にルークは無駄と知りつつがっくり肩を落としてぼやく。


「力だけなら村が始まって以来一番だっていうのに……」


「ぶつぶつ言うだけならうるさいからどっか行ってよ」


「はいはい……とにかく、マリアの仕事横取りして自分が行っちゃおうとか、考えんなよ……」


「出来る訳無いでしょ。転移の術編んでる最中に邪魔されるわよ」


「何言ってんの?むこうから召喚の術を送ってんだから、こっちはそれにのっかるだけ……」


「――へえ」


 ニヤリ、まるで獲物を見つけた肉食獣のような笑みに、ルークは失言を悟って青ざめた。


「だったら、楽でいいんだけどな!転移の術編むのって面倒だもんな、アハ、アハハ……」


「そうだよね、フフフフ………フ、ハハハハ!頭を洗って待っていなさいマリア!」


 キラリとオッドアイが輝く。


 初めての出発の時には色々と儀式があるからマリアはまだ行っていないはず。――物心ついてから初めて、やたら時間を食う儀式に感謝して。少女は、高笑いしながら人間と思えないような速度で走り去った。






〜〜


 竜は、ぼんやり瞬いた。自分は湖の底で眠っていたはずなのに、なぜだかぽっかり浮いている。


――まあ、いいか。


 ふわぁ、と大きく欠伸して――その拍子に辺りに突風が渦巻き、湖の周りの木が何本か折れた――竜は気にしないことに決めた。


 竜というのは、太古の英知を受け継ぐ存在である。つまり、先祖代々の記憶を受け継いでいるのだ。父の記憶も母の記憶も、そのまた父母のも、そのまたまた父母のものも……。だから時折、寝ぼけた時には、記憶に操られるようにおかしな行動をとることがある。


――今度は、鼠が食べたいとかじゃなければいいんだが。


 ある日突然、目の前に鼠の死骸の山が出来ていたときのことを思い出してそう願いながら、竜はまた眠りの淵へと落ちていった。






〜〜


「申し訳ございません……」


 荘厳な広間。高くしつらえた豪華な椅子、そこに座る王冠を戴く男。謁見の間と呼ばれるそこの中央で、ミイラのように包帯だらけの男が消沈していた。


「い、いや。相手は竜――しかも最も獰猛かつ狡猾な黒竜なのだ。気にすることはない」


 見るも無残な姿は、温情を期待して敢えてそのまま出てきたというなら、その目論見は成功していた。しかし包帯男はそんなことのためにみすぼらしい姿のまま御前に立ったわけではない。命令に添えなかったというのに報告まで他人に任せられないと、体に鞭打ってきたのである。


「して、竜とはどのようなものであったのだ?」


「はい、とてつもなく巨大で我らでは全貌を見ることも叶いませんでした。口から火を噴き、一息ごとに暴風が吹き荒れ、鱗は剣も弓矢も防ぎ、魔術は効かず、身じろぎだけで大波ができます」


「なんと……!」


「我らは手も足も出ず、玩具のように弄ばれ……くっ」


 蘇ってきた屈辱感に包帯男は言葉を途切れさせた。

「……そして、最後にやつはこう言ったのです。『人の王に伝えよ。次の満月の晩に乙女を一人捧げよ。金銀宝石のような乙女を我が贄とするのだ』と」


「金銀宝石のような……?とは、どういう乙女なのだ」


 王はぐるりと見下ろして問うた。


「皆はどう思う」


 聞かれた一堂はうむむ……と考えこむ。


 現在は花の名を呼び名とするのが流行っていて、美姫と謳われる姫は薔薇百合芙蓉に水仙と、皆花に例えられている。金銀に姫をなぞらえるのが流行ったのは一昔前のこと。


「銀の姫は……どうでしょう」


「馬鹿か、あのお方は陛下の伯母君だぞ。今年で七十におなりだ」


「しかし、結婚されてはおりませんし乙女ではありましょう」


「ではそなた、もし竜が怒ったら責任を取れるのか」


「それは……」


 言い出した官吏はすごすご引き下がった。


「金銀宝石のような、というのだから光り物ではないか?よく言われるだろう。黒竜の先祖は貪欲カラス、と」


 髭に霜を置いた官吏の言葉に王が成る程と頷く。


「一理あるな」


「珍しいもの、という意味もありませんか?カラスや黒竜には収拾癖がありますから」


「うむ、もっともだ」


「では、リルガルドの水仙の姫……?」


 美しい銀の髪と明晰な頭脳、珍しい紫の瞳で有名な乙女の名に、皆の視線がいっせいに一人の男に集まる。リルガルド公爵。水仙姫の父であった。


 渋い顔で黙り込む公爵。周囲を包む沈黙を包帯男が破る。


「恐れながら申し上げます。あやつめが言うには、愚かな娘が良いそうで……」


「なに……」


「と、いうことは水仙姫もだめですな」


「金銀宝石のように光り輝いて珍しく、愚かな乙女……国中に触れを出せ。一人くらいはいるだろう」


 王の言葉に宰相が控え目にしかし、と声を出した。


「次の満月の晩は三日後。時間がございませんし、黒竜に捧げると知って娘を差し出すものがどれくらいいるか――」


「そうだな」


 しかし他に方法はないだろう、という。


「陛下、魔術を使われてはいかがでしょう。条件に合う娘を召喚するのです」


「成る程、それは良さそうだ」


 魔術師長の言葉に王はポンと膝を打った。


「では早速、召喚せよ」


「はっ」


 短く答えて魔術師長は頭を下げる。この時はまだ誰も知らなかった。


――召喚の範囲を設定し間違え、国中から探す、どころか全ての世界から探してしまうことなんて。





〜〜


「フハハハハ!覚悟しなさい、マリア!」


 哄笑を響かせながら、少女は儀式に乱入した。


「おい待て!てか、頭を洗うじゃなくて首を洗うだろ――待てってば!」


 追いかけてくる幼なじみに気づいているのかいないのか、少女はちょうど召喚に応えようとしている妹を押し退ける。


「ちょっとお姉ちゃん、やめてよ!」


「なによ、姉を差し置くあんたが悪いの!」


 乱暴に答えながら探すように動いていた金と赤の瞳が一点に止まる。


――見つけた。


「それはお姉ちゃんが九々も満足にできないからでしょっ!」


「失礼な、私だって九々くらいできる!」


「じゃ、三かける三は?」


「八よ!――よし、捕まえた!我が名はユーシア、今その召喚に応えんとするものなり!」


 自信満々に答えると同時に、眩しい光が目を焼く。つむっていた目を開けた時、少女の姿はすでにどこにもなかった。


 あと一歩で止め損ねたルークと、ギリギリで召喚を横取りされたマリアの視線が合う。――その瞬間、またもや眩しい光が目を焼き、ルークとマリアまでもが消え去っていた。


 取り残された村の住人達と、怒りで真っ赤になったユーシアとマリアの父、今にも消え入りそうな母。事の全貌を把握しているのは、マリアが召喚に応える手助けをしていた長老だけだった。


――結論から言うと、マリアは予定通りの世界に行き、ユーシアの目論見は外れた。しかし、村の外へ出たいという願いの方は叶ったのだ。――ユーシアが応えた召喚術は、長老が元の世界に送り返すつもりのものだった。なぜならそれは、世界を救う者を求める召喚ではなかったのだ。


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